58人目 山本時嗣さん:株式会社ダーナ/商業出版実現会主宰

山本時嗣さん
会社名 株式会社ダーナ/商業出版実現会主宰
URL http://ameblo.jp/wwbc/
公開日 2010年10月15日

今回の旅は、商業出版実現会主宰:山本時嗣さんです!

お仕事の内容を教えてください。

「ワクワクブックコンサルタント」と銘打って、
商業出版実現会主宰として、
著書を出版したい人の商業出版を実現させて、
それを世に広めるお手伝いをしています。

現在のお仕事を始めたきっかけは?

僕は自己啓発マニアで、
10年ほど前から様々なセミナーに参加してきました。
参加したセミナーで隣に座った人と友達になったりするじゃないですか。
その人たちが数年経つとセミナーの効果なのか、
本を出版したりする。
友達だから
「おめでとう!出版記念パーティをやってあげるよ」
と応援をするわけですよ。
僕の師匠が竹田和平さんという人なんですが、
和平さんが本を出版されたんです。
弟子入りさせていただいたので、見本誌を頂くと、
「時嗣(ときおみ)さん、アマゾンで1位にしてください」
と書かれたんですよ。
師匠にそう言われれば、やるしかないじゃないですか!
友人にマツダミヒロがいて、
彼にアマゾンでのキャンペーンのノウハウを教えてもらって、
見様見真似でやってみた。
そうしたら、みごと1位を取れたんですよ!
つまり本のプロモーションを、友達や師匠のために、
ボランティアでやっていた経験があった。
師匠の本をプロモーションしたことがきっかけに仕事として依頼が増えて、
アマゾンで1位を取らせる専門家になっちゃったんですよ。

自然な流れで現在の仕事を始めたんですね。

ただ、仕事にするようになったら、
会ったことのない人からも依頼が来るわけ。
本の内容がわかってないのにプロモーションしている時期がありました。
あまり質が良くない本をプロモーションしてしまうと、社会悪になるわけです。
僕は師匠の和平さんに
「徳のあることをしなさい」
とずっと言われているのでそれではダメだと気づいて、
本の中身作りに入っていったんです。
信頼できる著者に役に立つコンテンツを書いてもらう。
自分なりにいいと思えること広めていくことに特化することにしました。

20代の頃はどういったお仕事をされていたのですか?

環境系のベンチャー企業でサラリーマンをしていました。
インターンから入社して約6年勤めて、
営業企画の幹部になりました。
大学時代から30歳までには起業したいと思っていて、
28歳の時に念願が叶って独立をしたんですよ。

インタビューのテーマが「29歳」なんですけど、
29歳の頃はズバリどういったことをしていましたか?

29歳は独立して2年目で一番大変な時期でしたね。
今、やっているビジネスとはまったく違うんですけど、
当時は営業代行の仕事をしていました。
法人さんから「うちのこの商品を売ってくれ」と頼まれて、
営業担当者の代理をするビジネスだったんですよ。
決して好きな仕事ではなくて、
食っていくために仕方なくやっていた仕事でした。
サラリーマン時代から営業には自信があったので、
極めてみたくなった。
独立して複数の会社の商品を同時に売ることをやってみようと思ったんです。
ある意味、頭の切り替え力はすごく身に付きましたね。
名刺も複数持って、電話でアポイントを取ることから始めるんです。
そして、大企業に営業に行って提案をする仕事をやっていました。

いろいろな職業があると思うんですけど、
なぜ営業の仕事に着目されたんですか?

「世の中、営業をしていないとわからないから」
ということが発端でした。
最初はいろいろな企画開発をして、
「自分のアイディアで世の中に発信していきたい」
と思っていました。だけど、新卒で入社した時に
「おまえ、社会のことを何もわかっていないのに企画なんかできるか。
社会を知るために営業をすることが第一だ!」
と社長に言われて、渋々営業を始めたんですよ。

営業という仕事。
好きからではなく、渋々だったんですね。

営業だけは絶対にやりたくなかった。
人に会って媚びを売るイメージがあったので嫌だった。
最初の1年は営業で全然売れなかったんです。
だけど、奮起していろいろ改善して、
2年目から売れるようになったんですよ。
そうなると1件1件売れる度にめちゃめちゃうれしい。
最初は企画をできるようになりたかったんですけど、
営業で成果を上げることが好きになっちゃって。
完全にはまってしまいましたね。
次第に、営業企画をするようになりました。
お客さんのニーズを聞いて企画提案書を作成して持っていくようになった。
企画を気に入ってもらって注文が入ると本当に嬉しかった。

サラリーマン時代はどういったものを販売されていたんですか?

環境報告書です。
大手上場企業さんがIRと一緒に出す社会貢献などを報告するレポートです。
ニッチな商品の営業をやっていたんです。
ライバルは印刷会社さんしかいなかったのですが、
僕らの会社はマーケティングをしていたので、
企画力とコンテンツ力があった。
だから印刷会社が作る環境報告書とうちのとは、
クオリティが全然違うわけですよ。
だから、松下電器さん(現・パナソニック)に提案して、
奇跡的に受注できて、それが環境大臣賞を取ったんです。
そうしたら、次から次へと注文が来るようになって、
一気にその分野で日本一になった。
会社もどんどん成長して、
僕が入社した時は6人しかいなかったのに
6年で60人になりましたね。

28歳の絶好調な時に独立されたわけですよね。
辞める決心はなかなかつかないんじゃないんですか?

当時、会社が急成長したこともあって、
社内ではゴタゴタが起きて人間関係が悪化していったんです。
ハードワーキングに不満を募らせる社員もいたり。
僕はトップセールスだから社長には気に入られていたけど、
他の社員からは、余計な仕事を取ってきて、と嫌がられたり(笑)
当時の彼女にも
「あんた、仕事ばかりして!」
と言われてね。
心は幸せではなかったですね。
ちょうどその頃、「幸せに成功する」ことを提案する本が出始めていて、
それを本屋で見つけたんですね。
すべてをいい状態で成功できるやり方があるんだ、と。
そこから本田健さんの追っかけになるわけですよ。
3年くらい追っかけをして、すべてのセミナーに行ったり教材を買ったり。
それ以外のセミナーにも行っていったんですけど、
特に本田健さんにハマっていましたね。
本やセミナーで学んだことを活かして、
社内のゴタゴタを解決していったんですよ。
部下の愚痴や不平を聞いて社内カウンセラーのようなことをしつつ、
社長は社長で意見があるから、
中庸的に物事を判断しようと思い、
本音大会を主催したり、
CSR委員会を作ったりしてきました。
それらが機能するようになり、
職場の雰囲気が改善した頃に退職したんです。

では、29歳から30歳に切り替わるお誕生日の思い出は何かありますか?

あるんですよ。
なんと、名前を変えたんです。
もちろん戸籍上は変えていませんが、
ビジネスネームを変えました。
孔子の「三十にして立つ」という言葉が大好きで、
「30歳になるまでに絶対に志を立てるんだ、自立できる人間になるんだ」
と20代のころから思っていた。
だから、氏名=志命だと思って
30歳になる時に志命を表わす言葉を名前にしようと思ったんです。
誕生日の1ヶ月前にスピリチュアルカウンセラーのような人に出会い、
相談して、今の時嗣(ときおみ)という名前をいただきました。
「あなたは時を見るというのがいいね」
「何ですか、それ?」
「時を見る、時代を引っ張り上げる使命かな」
「それはいいですね!」
というやり取りがあって、
漢字は、「時」と「嗣(つ)ぐ」という字で「おみ」と読ませることになった。
そして、30歳の誕生日1月17日に、
「山本時嗣にしました。」
とみんなに連絡した。

30歳になるにあたって不安や焦りはなかったですか?

それはない!
僕の場合は20歳から30歳までの10年間、師匠探しや自分探しをして、
必死にもがいてきたんですよ。
たぶん、僕の中で30歳をリミットにしていたから引き寄せたと思うんですけど。
29歳になってからスムーズに出会いがあって
30歳になる準備が完了した!
29歳の1月に福島正伸さんと出会って、
9月には師匠の竹田和平さんと出会っていた。

奇遇です。
僕も29歳で福島正伸さんにお会いしました。

そうなんだ!本当に嬉しいよね。
30歳になる前に準備をさせてもらったと感じました。
福島さんや和平さんにも師匠になってもらえたし。
そして、30歳になって和平さんの志、
「徳を大事にしよう」
を伝えようと思って、
月刊「貯徳時代」を始め、
4月には会社を創ったんですね。
それが現在の株式会社ダーナ。
和平さんの「旦那道」にしびれ、
それを伝える会社になって、
僕も旦那になりたいと思って始めた会社なんです。

そもそも独立したいと思ったきっかけはなんだったんですか?

一つは親父が脱サラして起業したこと。
そしてもう一つは、
大学時代のサークルでアントレプレナーシップに出会ったこと。
福島正伸先生の本をテキストにして、
学んでいたんですよ。
「こんなに本気で命を懸けてやっている人たちがいるんだ!」
と思ってしびれましたよね。
宇治川一清さんという人が教えてくれたんですよ。

宇治川さん!
実は僕も宇治川さんから学んだんです!
まさか同じ年齢の時に同じ出逢いをしているとは。
鳥肌立ちました(笑)

すごいね!
やっぱりこういうご縁はあるんだよ。

では、現在のお仕事で、
著名な方々とお会いになっているかと思いますが、
その縁はどのように作っていかれたんですか?

セミナーからお客さんとして参加して縁を作っていくんですよ。
僕は人脈を広げるノウハウが書いてある本をたくさん読むイタい奴だったんですよ。
本を読んで実践していましたね。
講師と名刺交換をして仲良くなったり、
講演会で最初に質問をしたりね。
それで気に入られて講師のお手伝いやボランティアをやったりして
人間関係を築く。
そういったことを10年間繰り返してきたんです。
人脈って言葉はあまり好きじゃないですけど。

自己啓発にハマっている人は今も多いと思いますけど、
そこまで行動されてご縁をつなぐ方はそうそう聞かないですよね。

僕の場合は、会社の中で中間管理職の立場で、
実際にセミナーで学んだ知恵を活かさないといけないし、必要性があった。
だからできたんですよ。
僕はセミナーで聞いたことは必ず1個は実践するタイプだったので。
一つだけでいいのでコツコツと。
頭が良くないので一つだけと決めていたんですよ。
全部やろうとするからダメなんですよ。
自分に合う合わないもあるし。
人との繋がりも、
パーティやセミナーでは、
誰か一人だけ深く仲良くなればいいんですよ。
一人と仲良くして深くなって、
深い関係性になると、
そこから紹介されるようになるんですね。
信頼されるから、実際の友達になるし。
それをやるようになってから
人とのご縁がつながって広がっていったんですよ。

20代の人たちって迷っている人が多いと思うのですが、
なにかアドバイスはいただけますか?

社会のことをわからない20代が迷うのは当然。
行動を起こすことと、
気づくことが大切だと思います。
気づきは、傷つくことで得られるんです。
そして、失敗しないと傷つかないんですよ。
仕事だけじゃなくて、恋愛でもいいんです。
どんどんチャレンジして、
傷ついた数がどれほど多いかで気づけるようになる。

傷ついた数が多いほど、強くもなれますし、
確かに、気づきも多くなりますね。

僕は20代で、離婚したし借金もしたんです。
親父も自決したし、会社の人間関係も苦しんだ。
自分の夢も叶わない時期もあったし
友達を亡くしたこともあった。
傷ついてそのままだったらマイナスなことでしかないけれど、
それをプラスに転じるために
勇気を出して人と体験を分かち合うことが必要なんです。
そうすると、傷が気づきにチェンジする。
うちの親父は借金を6億抱えて自決したんですね。
ただ、僕がツイていたのは、
借金2億からカムバックした人が当時の社長だったわけですよ。
世の中には40億の借金を抱えてカムバックした人もいるし、
そういう人を知ることができたんですね。
「カムバックできる!」
それが気づきになっていくわけですね。
傷ついている時は井の中の蛙だったんですよ。
情報と気づきを得た今だったら、
どれだけ借金を背負ったとしても大丈夫だと思えるんですよ。

今の若い人たちは
出会いが足りなかったり情報が少なかったりしているのでしょうか?

情報ではなく気づきですね。
情報を得ても気づけないとスルーしちゃうから。
インターネットの時代だからすぐに情報を取れるんですけど、
リアルの本当の深い気づきは人と出会うことでしか得られない。
気づきの情報を消化して自分の人生に役立てていく。
30歳くらいまではみんなわからないから、
失敗を恐れずどんどんチャレンジしていけばいいんです。
大体、35歳がリミットだと思います。
それまでに自分の使命をわかっていたほうがいいと思う。

これから先の目標やビジョンはありますか?

60歳になったら和平さんみたいな旦那になりたいですね。
それまではその都度の志命で今をどんどん生きていく。
当面、40歳くらいまでは
「時代が求める変わらない方針を伝え広める」
40歳になった時はその延長上のより強固で影響力の強いことを始めるでしょうけど。

では一問一答で質問を。

現在憧れている人はいますか?
たくさんいますが、
やはり竹田和平さんですね。

これから起業を目指す若者にお勧めの本はありますか?

それは福島正伸先生の『起業学』でしょう。
起業したい人にはそれしかないと思う。

では、ご自身が毎日習慣としてやられていることはありますか?

ワクワクを選ぶという習慣です。それしかしていません(笑)

20代の頃に「これは自信がついたな」という経験はありますか?

大学時代に環境啓発イベントを主催したこと。
それから、営業マン時代に一人で、1億~3億を売り上げたことや、
社内で調整役をできたことですね。

逆に大失敗したことはありますか?

ありすぎますね。
僕の場合、一番大失敗したのは人間関係に飢えていたこと。
人付き合いや人に愛される、好かれることが一番苦手で傷ついたり、
失敗したことがたくさんあった。
それが僕の原点ですね。
だからこそ、いい人間関係を作ることを追い求めてやっていきました。
いまではそれが僕の一番の強みになっています。

これから新しいことを始めたい、起業をしたい人。
そういった方々にアドバイスをお願いします。

ワクワクを選ぶことですね。
どんなに恐れや不安が襲ってきてもワクワクを選ぶ。
失敗してもいいんだから!

お金を稼げるという理由で、
ワクワクじゃないことを選ぶ人も多いと思うんですけど。

それは失敗するでしょう。
そこで失敗をしてもワクワクに辿りつくからいいんですけどね。
どういう選択をしても、
結局、ワクワクの所に辿りつくと思いますよ。

最後にみなさんに色紙を書いていただいてます。
29歳当時の自分に向けたメッセージをお願いします。

まさにこれですね。

今日は貴重なお話をありがとうございました。


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指す。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
PAGE TOP