86人目 池田義則さん:株式会社シーアールエフ

池田義則さん
会社名 株式会社シーアールエフ
URL http://wellcome.crf.co.jp/
公開日 2011年07月04日

今回の旅は、株式会社シーアールエフの池田義則さんです!

まずは自己紹介をお願いします。

化粧雑貨の輸入販売と防災グッズ関係をメインに経営をしています。
化粧関係ではネイルやカラーコンタクト、「アトマイザー」という香水の入れ物です。
会社は13年になります。

防災関連は以前から手がけていたんですか?

サラリーマンの時にちょっとだけ取り扱っていたことがありました。
最近は震災の需要が多いですから、どんどん広げています。

ちなみに社名の「シーアールエフ」の由来は?

「自由と豊かさの創造」(Create、Rich、Free)という英語の頭文字をくっつけた名前です。
「仕事を楽しくやろうぜ!」というのがベースにあります。

今のお仕事を始めたきっかけを教えてください。

僕はサラリーマンが務まらないタイプなんです。
仕事を100個以上やったことがあるんですよ。

100個!?

クビになったのが多かったんですよ(笑)
仕事という仕事をいろいろやり、
自分の中で独立したい気持ちがありましたので、
30歳で独立させていただきました。

それにしても100個のお仕事ですか!

細かく挙げればもっとあるかもしれません。
履歴書を書いても途中でわけがわからなくなりますね。

記憶にある代表的なお仕事はありますか?

本当にありとあらゆる仕事をやりました。
土方から夜のお仕事などいろいろです。

では、今のお仕事に出会ったきっかけは?

もともと独立志向だったんですね。
たまたま働いていた前職の会社の社長さんがすごくいい方で、
「池田くん、やってみないか?」というお声がけをいただいたんです。
僕もそれとなく起業の準備をしており、
そのタイミングが一致したので、独立させていただいたんです。

商品の流れなどもその社長さんが教えてくださったんですか?

そうです、本当にそういった意味ではすごく運がいいですよね。

30歳で起業されたので、29歳から30歳は激動の1年だったと思います。
29歳の時期で何か印象に残っていることはありますか?

29歳は人生の節目というか、
それまでいろんな仕事をやってうまくいったこともありますが、
失敗のほうがいろいろと多いわけです。
牛丼屋さんでバイトをしても音楽がかかると踊っちゃう癖があり、
それでクビになってしまったり。
規則をうまく守れないタイプというか、
自分のやり方でやってしまうタイプなんでしょうね。
それが原因でクビになってしまうことが何度もありました。
また、29歳の時に離婚を経験しまして、
人生を見つめ直す時期があったんです。
1年間考えて出て答えは、
離婚をしてすごくよかったという結論でした。
そして、これからは社会に迎合するのではなく、
自分のやりたいやり方で失敗してもいいから行うという方向性も決めて、
再就職をして、30歳で独立させていただいたんです。

30歳の時に起業したいと目標設定されていたわけではない?

何となく目標設定はしていました。
周りにも話していましたし、
実は28歳くらいの時に独立する練習も兼ねて
合資会社を創ったこともあります。
すぐにクローズしてしまいましたが。

29歳の1年間で一番悩んだことは何ですか?

いつ独立しようかということです。
独立して失敗したらどうしようかって考えちゃいますよね。

具体的にいつ独立しようかと悩まれた結果、
この時期に決断に至った経緯というのは?

前職の会社を最後の会社にしようと思っていたのと、
そこの社長には独立したいという意思を伝えていましたから、
社長もその気持ちをわかっていただいたんです。
まさに縁とタイミングですよね。

理解ある社長さんだからこそ。

本当にいい社長さんに巡り会えて幸せですよね。

逆に29歳の頃に自信になった思い出はありますか?

働きながら自分のビジネスアイディアをいろいろと試したことですかね。
土日を利用して商売の練習というか、
物を仕入れてフリーマーケットなどに足を運んでいました。
その時はまったく売れませんでしたけどね。

今やろうと思えば、売れる自信はありますか?

売れる売れないというのは、
マーケットに投入してみないとわからない部分もあります。
外れた時にガッカリするのではなくて、
「じゃあ、次行こう」という気持ちの切り替えをしていくことが
一番大事だと思っています。

その経験をし、気持ちを切り替えられるようになるんですね。

その経験をしないといつまで経っても同じ失敗を繰り返してしまう。
失敗って考えると自分が暗くなってしまいますから、
挑戦したと考えるだけでいいと思いますよ。

先ほどのお話で規則をうまく守れないとおっしゃっていましたが、
学生の頃から社会に迎合できなかったんですか?

僕は通信教育も含めて高校を3つ中退しているんですよ。

なかなかいないですよね。

あと2つ受けてもよかったかな。
そうすれば5つだったから(笑)

なぜ中退されたんですか?

高校って厳しい規則があるじゃないですか。
その規則がおかしいと思っていたので、
それが嫌で辞めてしまったこともありましたね。

社会へ出るのも周りの方は心配されたんじゃないんですか?
「高校を3回中退して大丈夫なの、この人は?」って。

でも、僕は早く働きたかったんですね。
それでよかったと思っています。
だって、働くのは楽しいじゃないですか!
学校に行っているよりもアルバイトをしていたほうがお小遣いもあるし、
仕事も楽しいからというのもあると思います。
学校は学校で楽しかったんですよ。
ただ難しい規則にうまく合わなかったので。

ちなみにどういった規則が納得いかなかったんですか?

納得いかないわけじゃないんですけど、
朝の登校時間が合わなくてお昼まで寝ていることも結構あり、
登校すると学校が終わっていたこともありましたね(笑)

では、起業は規則をうまく守ることができない学生の頃から考えていらっしゃったんですか?

15歳の頃から何気なく思っていました。
仕事を100個やってきたのも自分で潰していったんですよ。
要するに働く可能性をどんどん潰していき、
やるだけやったから最後は独立するしかない。
という方向に自分を追い込んでいったわけです。
それに100個の仕事があると履歴書を書いていると抜けちゃいますよね。
雇用先の会社も履歴書を見ても何が何だかわかりませんし。
そうすると、自分で働くしかないという選択になるじゃないですか。
ここの道はダメだと自分で納得させるために、
あらゆる仕事をたくさんされていたんですね。
逆に言えば、社長向きなんだと思います。

経営者になるために何か勉強はされていましたか?

勉強はたまに本を読むくらいです。
あとは実体験。
失敗から何を学ぶかが一番おもしろいですね。

今まで数々の失敗をされてきたと思います。
代表的な失敗を可能な範囲で教えていただきたいです。

本当にいろいろありますね。
会社を運営していくうえで、
最初は何を売っていいかわからないことがありますよね。
仕入れの失敗などは山のようにあります。
これは売れるかなと思い、仕入れたのに失敗してしまったとか。
でも、失敗という経験を積み重ねていかないと当たりも出てこないですから。
あとは人間関係での失敗もあります。
「この人は」と思って採用した人と反りが合わなかったことがありました。
その後、紆余曲折しながら僕も考え方が変わってきましたから、
今いるメンバーに関しては、お給料を払えることがすごくありがたいですね。
経営できる場を与えてくれるスタッフに感謝しています。

会社を経営していて、会社が潰れそうだという経験はありましたか?

やっぱり、ピンチは何回かありましたね。
人間関係や商品が売れなくなったりなど、
いろいろあるじゃないですか。

そのピンチをどう乗り切ってきたんですか?

やっぱり、そこが一番おもしろい所だと思うんです。
学びのチャンスであったり、
自分のやり方を変化させていく一つの仕事として
捉えたらおもしろいじゃないですか。
その時に自分を変えていく作業をしています。

そのように意識できる方の数は少ないと思います。
経営者の方々は、みなさんやっているのかもしれませんが。
例えばですけど、メンターと呼べる方が周りにいらっしゃったんですか?

弟から学んだことがすごく大きいですね。
兄弟の関わりがいろいろとあって、
そこでたくさん学ばせてもらいました。
僕の中では今までいろんなことを好き勝手やり、
遊びもやり切った感があるんです。
趣味も掃除やボランティアなどに変化していきました。
そこから学んだことも影響しているかな。

商品を仕入れるにはお金が相当動くかと思います。
そして在庫も発生するとは思いますが、
そのへんのバランスはどうとってらっしゃるんですか?

ここまではテストして、いいよって。
例えば、「新しい商品に関しては5万円まではテストしていいよ。
それで売れなかったら辞めようよ」という話はしますね。
会社で5万円分仕入れて、実際に売ってみるんです。
それで売れなかったらストップロスしていこうよという話。

ストップロスの目途は、
今までの経験値からわかるものなんですか?

お店に出してみると大体わかります。
ただ、惚れ込んだ商品やおもしろそうな商品はある程度長い目で見てみますね。

どのようなお店に商品を置いているんですか?

雑貨屋さんや家電量販店さんが多いですね。

ご自身で営業されていったんですか?

昔は営業から集荷まで一人でやっていました。
たまに家族に手伝ってもらったり。
最初に会社を創ったのが実家の2階、6畳一間のスペースですから。
それで社員を雇っていました。

それでも在庫が出た場合はどうされるんですか?

もし在庫が出たら損を被りますね。
売れない分は寄付をします。
例えば、今回だと東北太平洋沖地震関連です。

売れる商品を探すのは醍醐味であると同時に大変だと思います。
売れる商品を探すポイントはあるんですか?

たぶん、売れるポイントってないと思うんです。
逆にないからおもしろい!
それくらい気楽にやっていたほうがいいかな。
世界中、あちこち行って探しています。

例えば、僕らが世界を旅した時に「この商品おもしろいな」と思ったら、ご紹介してもいいんですか?

ぜひ、売らせてください。
まずはテストしてみます。
売れなかったらごめんなさい(笑)

商品を売りたい人はたくさんいると思いますね。
売り込みの方は来られないんですか?

それをもっと集めたいんですよ。
ジャンルは問いません。
新しいことをやるのは勉強になっておもしろいじゃないですか。

それだと僕も意識していろんな旅ができますね。

ぜひ、いい商品があったら教えてください。

今後、会社はどのような方向性で進んでいかれるのか考えていらっしゃるんですか?

実は内職関係の仕事を障害者の方々に協力していただいているんですよ。
100人くらい関わってもらっています。
数の規模を目指しているわけではないですけど、
2000人規模にしていけば、喜びの連鎖を広げていけると思っています。

内職をされているのは、
障害を持っている方だけなんですか?

そうです、僕も仕事を出すことによって、たくさんのものをいただいています。
例えば、「仕事をくれてありがとう!」とかね。
世の中には見えない所で支えている人が必ずいるんですよ。
それは身内だけではなく、社会のいろんな所に。
そういった所に心の交流を持ってやっていきたいですね。
会社としては現在13年目ですが、
20年、30年と続けるために、
楽しめる会社。
ということを意識しています。
競争ではなく仲間を広げていく横の感覚を忘れないようにしたい。
「勝ち組」や「負け組」という言葉自体がおかしいですからね。

そうかもしれないですね。
僕のやっている仕事は、
IT系の人材を中心とした育成やプロジェクト支援なのですが、
多くの若い人達と面接をする中で感じたのが、
いつまで経っても社会人未経験の人が社会に入る場がないんです。
フリーターの人はフリーターのままのレールからなかなか抜けれない。
企業側も書類選考のみで面接すらしてくれない。
その人たちはずっと同じレールをグルグル周っているだけで
抜けだしたいと思っても抜けだせない人が多いんですね。
そんな悪循環なので、若い人の元気がなくなっていることも感じています。
今まで自分がやってきた職歴に対して
自信をなくしちゃっているんですね。
「ずっとアルバイトだったので」
正社員と同じ質の仕事をやっているのに、
何で自信をなくしてしまうんだろうと考えた時に
社会にそれを受け入れる窓口がないんですよね。

社会がそこで評価をしちゃうんですよね。
職歴の問題よりも人間性が大切じゃないですか。
でも社会の評価は逆。
浅井さんはその部分を大事にされていると思いますよ。

浅井さんのように感性のおもしろい人は、
社会に認めてもらわなくてもいいんじゃないんですか?
はは。そうかもしれません(笑)
同じ価値観の仲間や企業がつながっていけば、
大きな力になると思いますね。

横のつながりですよね。
今回、こうしてインタビューしていただける機会があったのも、
うちの弟とパソコンで知り合っていただき、
横のつながりを大事にされているからですよね。
だからこそこういう機会を設けられたわけです。
どうしても縦の関係で大きい、小さいとか、偉い、偉くないでやっていたら、
本当の仲間って育たないと思うんですよ
結局、アルバイトや正社員は結果主義ですから。
一番、大事なことって過程にあるわけじゃないですか。
その人が前職でとんでもないことをやっていたとしても、
その過程で何をやってきたのか、
何を学んできたのかが重要なわけです。
競争意識を持っていると、その部分を見なくなってしまうので、
「その過程はどうだったんだい?」
と聞ける人でありたいですね。
だから、僕は経営者である前に人でありたい。

~~~同行サポーターからの質問ターイム~~~
誰しも自分自身が目指している人物像ってあると思うんですが、
池田社長はどんな人物像を描いていますか?

自分の人物像は、単純に「愛を広める」ことですね。
それだけです。
それを自分の中でどこまでできるか。
自分で痛みを受け止めないとできない時もありますし、
その痛みを痛みではなく、
喜びとして捉えられる人になりたい。

人生を歩むうえで一番大きかった存在は、
家族になるんでしょうか?

家族もそうですけど、いろんな人ですよね。
経営をやっていくうえで、
最近気をつけていることは自分が与えていると思っていること以上に
受け取っていることってたくさんあると思うんですよ。
それに気づかない鈍感な人間にはなりたくないんです。
弟だけではなく、いろんな人に支えられているからこそ
今があるという感覚を忘れた時、
社会に迷惑をかけてしまうと思っています。
ところで、「福の神・仙台四郎」というお話をご存じですか?

いいえ、知りません。

明治時代にいつも笑っているちょっと変わった男の子がいたんですね。
商店街をうろうろ歩いているらしいんですよ。
そうするとね、

「おまえ、帰れ!」

というお店は
商売がだんだん衰退していくらしいんです。

四郎君がニコニコして遊んでいて、
店主さんも一緒に遊んでいるお店は商売が繁盛していくんですね。
それが何だかすごくおもしろい話だと思っています。
先ほどのお話に戻るのですが、
勝ち組、負け組がおかしいよというのも何が言いたいかというと、
勝っていると思っていること自体、
負けている人がいるから成り立っているわけです。
極論を言えば、
高校受験でも誰かが「受かった、受かった」と喜んでいますけど、
落ちている人がいるから受かっているわけですよね。
その面をちゃんとわかる人でありたいですね。
やっぱり、注意深くしていないと横柄になってしまいますから。
社会的に威厳がある一部の方って、
上から目線だったりしますから。

なるほど。ありがとうございます!
~~~同行サポーターからの質問タイム終了~~~
では、最後に現在のご自身の年齢から見た29歳の自分に向けたメッセージを色紙にお願いできますでしょうか。

「沢山の経験ができて本当に幸せです。
素晴しい人生に心から感謝。
生まれてきて本当に良かったね!!」

本日はありがとうございました!

ママチャリで日本一周している経営者
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指しています。ほぼ一周を終えつつ、ゴール目前で、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人の理事として活動中。
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