101人目 平畑光一さん:ヒラハタクリニック

平畑光一さん
会社名 ヒラハタクリニック
URL http://www.hirahata-clinic.or.jp/
公開日 2012年06月04日

今回は弊社で健康診断をお願いしているクリニックの院長さんです

今日は快く引き受けてくださりありがとうございます。
弊社社員の健康面に関わるパートナーになりますので、
どこの病院でもいいという訳ではなく、
価値観や考えを共有できる人や企業との
「繋がり」を大切にしたいと思っています。
また、目に見える形で、トップの考えや価値観を伝えることで、
弊社メンバーに少しでも親近感を持ってもらい、
安心して健康診断を受けてもらえたらと考えています。
どうぞ宜しくお願いします!

こちらこそ。宜しくお願いします!

ではまず、自己紹介をお願いします。

2008年7月より父親から引き継いだ、
渋谷のヒラハタクリニックで院長をさせていただいています。
簡単な経歴ですが、山形大学を卒業して、
東邦大学の大橋病院に入りました。
ある程度のことは全部できるようになり、もう少し長く大学病院にいようと思ってはいたのですが、家の関係もあり、20年以上の歴史を持つこのクリニックを継承しました。

継承されるにあたって、プレッシャーは凄かったのではないですか。

わけがわからなかったですね。
実は当時、経営的にはまずい状況だったんです。
最初の頃は当然、お給与も出ず、立て直すのに必死で頑張っていました。
どうしたら患者さんは、安心するだろうか?
どうしたら患者さんは、喜んでくれるだろうか?
必死に考え、工夫し、取り組んできた結果、
現在、当時よりも健診受診者数は倍以上になりました。
ようやく求められるような医療機関になってきたのかな。
という感じにはなってきました。
苦しい状況の方が人間、工夫もするし、考えるし、成長するものなんだな。
と、改めて思いましたね。

大学病院時代はどのようなことに取り組んでいたのでしょうか?

研究については、逆流性食道炎と、
大腸カメラの際の痛みの研究の2本立てでした。
逆流性食道炎は、胃酸が上がってきて、食道が荒れてしまい、
胸やけなどを起こす病気です。
大腸カメラについては、”いかに痛くなく大腸カメラを入れるか”
ということを黙々と研究していて、それなりに成果は出すことが出来ました。
家の事情でクリニックを引き継いだとのことでしたが、大学での研究に未練はなかったのでしょうか?
研究においては、未練や、やり残しは無いのですが、
先生方や先輩方へのご恩返しをし終わらないうちに、
社会に飛び出してきてしまった。という思いはあります。
なので、大学が近くなので、今でも遊びに行っています。
僕はパソコンが得意なものですから、
伺った際に、システム、プログラム関連の疑問・問題を解決して、
今も少しずつご恩を返しているといったところです。

パソコンが得意とのことですが、
そういえば、ホームページの平畑院長のプロフィールに
「LPIC Level 1取得」とありました。
LPICという資格は、システム管理を行うエンジニアさんが取得するような資格ですよね。
もともとITエンジニアを目指されていたりしたのでしょうか?

そうなんです。パソコンが好きだったので悩んだ時期はあります。
親父が医者だったこともあり、
幼少期の頃からお医者さんになろうという気持ちは持ってはいたのですが、
やはりパソコンが好きだったので、高校生の時に、
どっちをやろうかな?って悩んだことはあります。
両方やろうとも思ったんですけど、
工学部に行ってしまえば、お医者さんにはなれないので、
お医者さんになって、趣味でコンピューターに取り組もう。と考えたんです。
それからは医学部を目指し、医者の道を目指すことになりました。
医学部在学中には、当時、合格率8%くらいだったソフトウェア関連の資格を取って意気揚々と、
「俺は医者の中では、コンピューターにおいては負けない!」
と思っていましたね。
しかし、大橋病院に行ったら、深沢先生という化け物がいたんです。
深沢先生は、全然商売っ気が無く、
自分の名前を出さないので、全然知られていないんですけど、
とんでもない人だったんです。
全国のお医者さんの学術関連のネットワークシステムをつくったり、
企業のプログラミングやシステムまでもつくちゃったり。
とてもぼくが足元に及ぶ人ではなかったんです。
「俺、絶対に負けない!」
と鼻高々にして入ったものだから、
入った瞬間に鼻っ柱 ボーン って折られましたね。
それからは、その先生に付いて、色々と勉強させてもらいました。
電算室というコンピュータ専門のシステムエンジニアさん達がいるところで、
一緒に教えてもらいながら、内視鏡の所見入力システムを作らせて頂きました。
そのシステムですが、いまだに大学病院で使われていて、
多分、5、6年間、ほぼエラー無しで動いていますね。
実は当時、オリンパス等の大企業のシステムを買おう!
という話にもなっていたのですが、
5000万円以上かかると言われたので、
「おまえつくってみろよ」
みたいな話になって、、、。
今だと「そんなのつくれるわけない!」
って思うんでしょうけど、ちょうど28歳、29歳頃かな。
僕もまだ若くて、
「いけるんじゃないか。できるんじゃないか。」
って、思ってしまい、割と気軽に引き受けてしまったんです。

若気の至りで軽い気持ちで引き受けたシステム開発。
取り組んでみて、出来上がるまでにどれくらいの期間かかりましたか?

とても大変で、結局1年くらいかけて、なんとか作れました。
そのシステムは今でも動いています。
この成果はとても嬉しいですよね。

ホント異色の経歴ですよね。
5000万円のシステム開発の仕事をしちゃうお医者さんってことですもんね。

はは。そうですね。
ある意味、高校生時代の夢を叶えることが出来たのだと思います。
「お医者さんもシステムエンジニアも、両方やりたい!」
というのが、どちらも叶った訳ですから。
システムを作って、みんなに使ってもらって、
便利になって、喜んでもらえる。
そういうエンジニアっぽいことをさせてもらったので、
初期の目標は達成できたのかな。って思いますね。
それに、システムを作るときに、お金が無くてよかったです。
お金があったら、5000万円を出して、それで終わっていたわけですから。
お金が無いからこそ、創意工夫して、努力することが出来たわけです。
とても辛かったですけどね。

こういう経験をされているお医者さんはあまりいないかもしれないですね。

そうかもしれないですね。
ただ、だからこそ、システムエンジニアさんの気持ちが凄くわかるんです。
特にこの渋谷駅周辺ってIT系の企業が多くて、
システムエンジニアさんも多いんです。
プログラム開発、システム開発って、
8時間くらい一瞬で過ぎちゃうんですよね。
お昼ごはんを食べ忘れた。
寝る暇が無かった。
一日、人と話をすることがなかった。
とか。
そういう生活だったりするのがよくわかるので、
それじゃあ、身体、壊すよね。っていうのは容易に判断できます。
コンピューターだけを眺めているという状況が何日間も続くと、
やはり普通の職種に比べると、病気になりやすい。
「自分で意識して休憩や休みを入れること!」
というアドバイスをさせて頂くのですが、
システム開発等の実体験があって、話をさせていただくので、
理解もできますし、アドバイスもできます。
他のお医者さんにはあまりない経歴なので、
他ではいないかもしれないですね。
体も動かさなさいし、気持ちもうまく切り替えれていない人の多くは、
うつ病になりやすくなっていきます。
実際に、そういう人が来院されることも多いです。
ちょうどこのビルの7階が精神科なのですが、
そこの先生と仲良くさせてもらっているので、
これは僕の手には負えないな。
と思ったら、すぐにお願いするようにしていますね。
診察室に入ってきた瞬間から元気がないとか、
声の出し方に覇気が無いとか、眠れないとか。
気分が落ち込むとかがあれば、
すぐに疑ってみるようにしてます。
実はうつ病になっています。
と、気づいていない人は結構いるんですよね。
その辺は、社長さんだけではなく、家族や友人、同僚など、
普段から周りのみんなもチェックしてみてもらえるいいと思います。
気をつけてもらいたいのは、
前からだけ見るのではなく、後ろから見ること。
初期のうつ病の方って、結構、取り繕うことができてしまうんです。
笑顔だったり、ニコヤカに普通に話ができたりするんですけど、
実際は結構、落ち込んでいたりしてることもあるんです。
本人も自覚が無く、気づいていないことがあるので、
気をつけて見るようにするといいと思います。
働けなくなっちゃうのが一番よくないので。

では、インタビューのテーマでもある「29歳」
この1年間はどのような1年でしたか?

ずっとがむしゃらにやっていたので、
わけがわからないまま過ぎていましたね。
お医者さんって、職人なんですよ。
だから、職人としての技能を身につけるための下積みをひたすらやっていました。

具体的にはどのようなことを?

雑用含めて、医局のこともやらなきゃいけないし、
花形のところは上手い先生がやるわけなので、
僕らはそうじゃないところ。
基礎技術ですね。
そのための訓練をひたすらやっていました。
でも毎日発見はありました。
特に僕はマニアックに内視鏡の研究をしていたので、
それこそ、大腸カメラの動画を見ながらご飯を食べたりするほど
夢中で取り組んでいました。
それが楽しかったんです。
ホント、内視鏡ばっかりでしたね。

29歳の当時。何か目標や夢、将来像はありましたか?

僕は学生時代から、痛くない内視鏡に取り組みたいと思っていました。
まったく触ったことも無かったんですけど。なぜか、
痛くない内視鏡をやれるようになりたい!
そして、漢方をやりたい!
って思っていたんです。
患者さんに喜ばれる内視鏡をやりたいと思っていたら、
その通りの研究をさせてもらえて、環境的にはとても恵まれていました。
また、父親から引き継いだこのクリニックが経営的に危なかったというのも、
ある意味、本当に恵まれていたと思います。
クリニックを潰さないようにしなきゃいけない!という気持ちで
探究心を掻き立てられ、色々と考え、研究もしたし、
こういうことをしたら、喜んでもらえるんじゃないのか。
こういうことをしたら、安心してもらえるんじゃないのか。
ということを追求できたので、
そういう意味では、条件や環境はありがたかったな、って思いますね。

なるほど。ホームページやブログを見ていても、
院長先生の言葉で書かれているな。っていうのは感じますね。

そうですね。
基本的にはデザインよりも、患者さん目線を大切にしたいと考えています。
患者さんは心配されて来るので、
書いてある情報が沢山ある方が安心してくれるみたいですし、
困っている方っていうのは、色々と余計な心配もしてしまうんです。
逆に心配しなきゃいけないところを心配していなかったりするので、
ある程度、情報を提供することで、安心してもらいたいな。って思っています。
ブログやツイッターで情報を発信している理由も、
こういうお医者さんなんだな。ってわかってくれた方が、
安心してもらいやすいかな。と思っているからです。
どんな人かわからないで行くのって、結構不安だと思うんですよね。
僕だって、歯医者さんとか行く時に、
どんな院長さんかわからないで行くのって、
少し不安な気持ちがありますから。
浅井さんに対しても、ブログから、こういう人なんだな、ってわかるし、
安心できるので、やっぱり情報は大事かなって思いますね。

患者さんの目線で考えれるように気をつけていることなどはありますか?

僕は医者っていうコミュニティの中にいると、
一般の感覚がわからなくなるんです。
ただでさえ、医者ってだけで、日々忙しくしてしまっているので、
普通に過ごしているだけでも、友達との交流が減っていく傾向にあります。
だからと言って、そういうところで一般の感覚がわからなくなるのは嫌なんです。
人間として、浮世離れした変な奴にはなりたくない。
という気持ちがあって、患者さん目線で向き合えるよう意識はしていますね。
貧乏でお金の無かった時期があるので、
余計に”患者さん目線”を大切にしたいと思っているのかもしれません。

貧乏時代があったんですか?

ありましたよ~
大学生時代は、男3人で5万円の傾いている家に住んでいました。
そんな生活をしていたので、
貧乏な状況や辛さがわかるのも少しはあるのかな。
その当時は本当にひどい生活をしていましたから、
お金がない。っていうのは、こういうことか。っていうのがわかりますよね。

お医者さんになる方の中では珍しいタイプなんじゃないですか?

そうかもしれないですね。
周りは裕福な方やお嬢さんとかが多かったですしね。
インタビューでは出せないですけど、
家庭の事情で本当にお金もなく、
貧しくて、窮地に追い込まれる大変な経験を沢山してきましたから。
一般的に言われるお医者さんのイメージとは違うのかもしれないです。
だからこそ、患者さんの味方になれると思っています。
感謝すべき経験だったんだな、って思いますね。
今でも高価なものを買ったり、高級そうなお店にはなかなか入れないですね。
今は白衣でごまかせていますけど、
普段の服装は全然パッとしないですよ。
ただ、本とかは次々に買ってしまいますね。
患者さんの為に。と思うものに関しては、
お金に糸目をつけずに買えてしまいますね。
自分の身を飾り立てる装飾品や車は、全く無理ですね。
僕、医者がカッコつけているとかってね、
少し違うと思うんですよね。

わかる気がします。僕は以前、とある歯科矯正の先生に診てもらっていたのですが、「そんな高級時計を見せびらかす必要ある??」って不快に思うくらい、高級な時計をキラキラさせて治療をされていたんですよね。そういう人に限って、治療が雑だったりするので、その歯医者さんにはもう行かなくなった経験があります。

そうそうそう!何考えているんだ!
って言いたくなっちゃいますよね。

あれって。どういう意味なんでしょう?

カッコつけてるつもりかもしれないですけど、
「俺、患者さんを食い物にするぜ」
っていう風に見えてしまいますよね。
患者さんの立場にたつとそんな格好で治療できないと思うんですけどね。

29歳から30歳に切り替わる誕生日の思い出は何かありますか?

忙しくしていたので、全然覚えていないんですよね。
誕生日というわけではないのですが、
ずっと「何のために」ということは意識していました。
なんとなく頑張る。という気持ちでは取り組んでいなかったですね。
目的意識みたいなものは常にあって、
そのおかげで、効率よく頑張れたと思います。
自分の技術を高めるために。
という気持ちも当然ありましたが、その向こう側に、
「患者さんに喜んでもらえる自分になるため」
という「何のために」を、かなり意識はしていましたね。

何のために。が、わからず、悩む時期はなかったのでしょうか?

僕は、「何のために」というところでは、あまり悩まなかったんですよね。
多分、医者になる時点で「人のために」というのはあるんです。
医者になろうと思った時に、
「お金を儲けたい」と考えている人は医者に向いていない。
そういう人は、地味で泥臭いことをしないで、
お金を効率よく稼げることをしようとしますよね。
僕が、医者になろうと思ったのは、幼稚園の頃なんです。
ただ、人に感謝されたかったんです。
「ありがとう」
って言ってもらいたかった。
それが年を重ねていくごとに、
ありがとうって言ってもらって自分が嬉しい。ではなくて、
喜んでもらうこと自体が嬉しい。
と、気持ちが変化してきたんですよね。

~~~~~~同行サポーターからの質問タイム~~~~~~~
お金を稼ぎたいから医者になる。という人はいるものなのですか?

います。います。
そういう人とは、全然、話は合わないですけどね。

そういうお医者さんを見分けるコツって何かありますか?

多分、ポイントの一つとしては、
スタッフが生き生きとしているかどうか。だと思いますよ。
僕は、浅井さんのブログを読んでいて、
会社を卒業されている方が生き生きと話をされていたので、
「あ、ここはまじめな会社なんだ。いい人達なんだ。」
っていうのが伝わったんですよね。
会社を辞めてからも仲良くしているところって、そうそう無いですから。
スタッフが生き生きと働き、前向きに成長されているところは、
医者に限らずですけど、まともな理念のところが多いと思っています。
そこが見分けるポイントなのかな。
とはいえ、逆に、生き生きと働いていないスタッフさんが何人かいても、
先生はとても素晴らしいということは十分にあり得ますので、、、、
一概には言えないのかな。難しいところです。
アドバイスになってないですね。

いえいえ。ありがとうございます!参考にしてみます。
~~~~~~同行サポーターからの質問タイム終了~~~~~~~
20代のうちにやっておいた方がいいことなど、アドバイスがあればお願いします

インターネット等で情報を集めて、物事を決め付けて、何もしない。
という人が多く、増えてきていると思うんですけど、
とりあえず顔を突っ込んでみたらいいんじゃないかな。と思いますね。
人それぞれ、何が得意とかも全然違うし、
やってみると意外な才能も出てくると思うんです。
偏った情報で一方的に決めつけてしまうのが一番よくない。
あとは、20代のうちからでも、文学や芸術に親しんでおいた方がいいと思います。
一流の社長さんとお話をすると、
人生経験にも裏打ちされているんでしょうけど、
文学とか人間に対する洞察というのが出来ていて、深みがある方が多いんです。
そういう人じゃないと、人を育てたり雇用したりは向いていないと思うんです。
僕なんて、医者の訓練しか受けていなかったわけで、
人を雇うとか、育てる。といった訓練や経験なんて出来ていませんでした。
だから、たくさん失敗はしてきました。
それでも、文学が好きで読んでいたこともあり、
役に立ったことは多かったですからね。
じじ臭いですけど、文学なんかを読んで、
人生に潤いや余裕を見い出せたらいいんじゃないのかな。と思います。

では今後の夢、目標を教えてもらえますでしょうか

「60歳になったときにどれだけ腕のいい医者になれているか」
という気持ちをもって取り組んでいます。
パッと患者さんのことを見抜けて、
適切で必要最低限の治療だけで治せる医者になりたい。
余計な検査をしなくて、余計な薬も出さなくて、最短距離で直せる。
そんな医者になりたいので、そのために努力しています。
勉強することも無限にありますし、目標は無限大ですね。
人を救えなくなったら。。。
人に安心を与えてあげられなくなったら。。。
生きてる意味が僕にとってないんですよね。
だから、死ぬまで、医者をやりたいです。

最後に、29歳当時の自分に向けたメッセージを色紙にお願いします。

今日はどうもありがとうございました。


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:(2018年時点)
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指すこと11年目。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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