4人目 草野健朗さん:株式会社Sky Walker

草野 健朗さん
会社名 株式会社Sky Walker
URL http://ameblo.jp/bblabo/
公開日 2009年12月27日

はじめまして。今日はお時間ありがとうございます。
ブログのインパクトが強烈だったので、お会いできて光栄です。
では早速ですが、みなさんに一番最初に聞いています。

29歳の時は何をされていましたか?

ちょうど29歳というと鍼灸師の国家試験で追われている時期ですね。
私は、高校は国学院久我山というところを出ていて、大学は青山学院だったんですね。
学生時代はずっとラグビーをやっていました。
ただ、大学時代、1年余分に通う事になり、5年生になりましたけど(笑)
学校を卒業した後は損保会社に入りました。
そこで4年間サラリーマンをやって、それから針灸の専門学校に入ったんですよ。
それが27歳の頃。そして30歳の時に国家試験を受ける為に29歳の頃は必死で勉強をしてました。

30歳の時に一回で受かったんですか?

そうですね。そうとう勉強しましたよ。

29歳から30歳に変わるの誕生日の時は?

絶対に国家試験落ちれねぇ。というプレッシャーみたいなものと、翌年の4月に結婚が決まっていたので、大変でした。
とにかくバタバタしていた気がします。
ずっと突っ走る感じ。

そもそも針灸師を目指されたきっかけは?

高校、大学とずっと怪我ばかり。
身体が大きい割には怪我が多くて。。
上手くいかなかったものですから、身体面、スポーツ医学、コンディションという分野に興味を持ちまして、いずれそういった方面に進んでいきたいな。
トレーナーの道に進んでみたいな。って思ってたんですよ。
そして、19歳頃から自分の体を見ていただいていた方。
師匠でもある高橋先生の鍼灸にお世話になっていて、その影響から、自分も鍼灸師を目指そうと思いました。

その前は別の道とかを考えてたりはしなかったんですか?

漠然とですけど、学生時代からはゆくゆくはスポーツに関わる仕事につきたいな位は思っていましたね。
とにかくラグビーが好きだったものですから。
もしラグビーをメインでやってたら人生変わっていたかもしれないです。
ただ、そこまでいける実力がなかったので。
大学を留年したっていうのもきっかけ。
大学4年の時に、学校を中退して来るのであれば採るよ。と言ってくれる会社があったのですが、
その時、親の事も思ってその会社にいくのは辞めました。
選んでいたらどうなっていたかわかりません。
転機となる時期ではあったと思います。

社会人になってからはどういったお仕事をされたんですか?

保険の営業というと生命保険の営業を思い浮かべるとと思うんですけど、損害保険のルートセールスですね。
要するに不動産屋さんを回ったり自動車屋さんに行って、自賠責保険をうちの方でしてください。という話をしてまわる。
直接、顧客に会うというより、保険を売る人を回るというのがメインでした。

大変でした?

毎月、数字数字という課せられる数字が一番しんどかったです。目標がね。
ですけど、それがあったから現在(いま)があるとも言えます。
今思い返してみるとその頃は全然ダメだったな。って思いますね。
いろんな面で。
何に対しても尖ってましたし。
自分だっておかしいくせして、ちょっとでもおかしいことがあるとそれに噛み付いてみたり。

意外です。今、お話を聞いてる感じだととても大らかで、そういう印象は全くないですけど。

ええ。20代の頃はそうでしたね。とにかく尖っていたように思います。
むやみやたらに、じゃないですけど、上司とかにも、ちょっとおかしいじゃないですか。と。生意気に。
今振り返ると、なんだこの若造は。って思いますけどね(笑)

では、20代の頃、一番苦労した経験などは何かあります?

そうですね。。
そう思うと死ぬようなことはなかったので、、、
甘えかもしれないですけど、このままサラリーマンでいいのか?というジレンマ。
まぁよくある悩みと言うか。
このままでいいのか?というのは常に持ってました。
高校、大学と多感な時期にずっとラグビーばかり、一つのことに打ち込んでいたので、大学生活を終えてからも仕事に打ち込もうと思っていたんですけど、なかなか打ち込めない部分がありまして。
打ち込んではいたんでしょうけど、今思うとまだまだ甘かったな。って思います。
そういった面では悩み苦しんではいましたね。

サラリーマンはむいてなかったんですか?

むいてなかった(笑)
はちゃめちゃでしたからね。
20代の頃なんて仕事はやく切り上げて、飲みに行って。
朝まで飲んで。お姉さんいるところ行って。給料全部使って。
そんなんばっかりでした。
それで結局、なにやってるんだろう?って。
そういったところを指摘してくれる先輩方もいたので、このままじゃダメだな。って思ったりもしてましたけど。。
ただ、ギャップだったんだと思います。
やりたいことができていないというギャップ。
それが朝まで飲んだり、お姉ちゃんがいるようなお店だったりと。
はけ口の形として出てしまったのかなって思いますね。
あの時、貯金しとけばよかったな。って思いますけど、その分、社会勉強はできたかな(笑)

サラリーマンを4年で辞められたのは何か理由があったんですか?

逆算したんです。
30歳で資格をとってスタートラインに立つぞ。と決めたんで、それがリミットだった。
大学を1年余分に行っていたので、23歳で社会に出て、4年で27歳。
28歳、29歳で学んで30歳で資格をとって、結婚をして、というのを考えると、1年遅れると31歳になっちゃうので。
それとサラリーマンで5年目を迎えていたら次はどこか転勤するかもしれなかったので、辞めるに辞めれなくなるなと思って、4年で辞めました。

周りの方の反応は?反対も多かったんじゃないですか?

いや、それはもう反対しかなかったですよ。
ただ「俺はもうそれしかない。それをしたい。」と、強い意志を持ってました。
夢とかじゃなくて、「そうなんだ。」と言って押しのけましたね。
親父とは相当荒れましたけど。
なんで大きな会社を辞めてまで、やる必要があるのか。と。
会社にいれば忙しいだろうが、なんだろうが給料はもらえるわけだし。
ある程度安定して給与も上がっていくことが予想できたわけですし。

そうですよね。

確かに成績も残していたんですけど、あの性格のまま続けていたらダメだったなぁと思いますね。
人間的にもちょっと。
成長という観点からも居続けるのはよくなかったんじゃないかなって思います。

若い頃からラグビーをやられて、鍼灸師として、そして経営者として変わった経歴を歩まれていますが、そもそもラグビーとの出会い、きっかけは何かあったんですか?

実は中学生位まではずっと野球をやってたんです。
甲子園に行きたい。と思ってました。
ですけど、中二中三位で、「俺、野球じゃ無理だ。」ってわかってきてですね。。
当時ちょうどスクールウォーズというラグビーのドラマがやってたんですけど。
それを見た影響は大きかった。
また、たまたま早慶戦のOBも参加するオール早慶戦というのをクラスのラグビー好きの奴と見に行った時に「これだ!」と思えたんです。
そこで、高校への進学を考える時に、東京でラグビーが強いところはどこだ?というところから始まって、最終的に国学院に入ったわけです。
それからはラグビーばかりでしたね。本当に真剣に。
あの時の努力や大変な思いがあるから、今頑張れる。というのがありますね。

肉体派ですよね。。スポーツから学べた事も多かったと思いますが?

日本一を目指す!というところだったので、そういうところで学べたというのは大きかったですね。
やるしかない。という気持ち。
これからの人達、若い人達には、何か一つ打ち込めるものを見つけてほしいなぁって思います。
スポーツじゃなくてもいいですから。
そこは譲れないといえるもの。
ここは俺の領域だ。みたいなもの。
そういったものを探してみるといいんじゃないのかな。

ちなみに草野さんが、これはどうしても譲れないというものは?

真剣さ。熱さ。燃える気持ち。
自分のやる分野に関してはとにかく真剣に。
一心不乱に打ち込んでいくという気持ち。
俺はこれでやるんだ。と決めたら、絶対に負けないですし。
勝つしかない。という気持ちですね。

20代の頃、勉強や参考にしていた人とかっていますか?

10代ではありますけど、竜馬がゆく。には影響を受けましたね。
男だったら何か一つ、やりたい!って思う気持ち。
あとは、よく学んだというと、、、
そんなに無いですね(笑)

無いんですか(笑)

ホント、ラグビーしかやってなくて、あとは読んでもそれこそ、プロ野球を20倍楽しく見る方法。とか、そんなくだらない本しか読んで無かった気がします。
あ!中学の頃に読んだ、スクールウォーズの原作の本。
「落ちこぼれ軍団の奇跡」といって、これを読んだ時は、すげー!と思いましたね。
本当にあった話なんだ!と思って。
一番最後のページに筆者の住所が書いてあったので、年賀状を出したんですよ。
「僕もラグビーをやりたいと思ってます。」
みたいな事を書いて。
そしたら返事が来て、それが凄く嬉しくて。
バイブルになってますよね。

あるじゃないですか(笑)

そうだそうだ。振り返ると色々とあるよ(笑)
明日のジョーなんかもね。
あとは似ても似つかないですけど、松田優作とか大好きだったので、よく見てましたし、影響を受けました。
ロッキーなんかもそうですね。
あの音楽を聴くたびに気持ちが高ぶるというか。
あとはプロレスも好きだったので、影響を受けて、一瞬、プロレスラーにもなろうかとおもった時がありましたけどね(笑)

プロレスラーですか!?ホント、肉体派ですね(笑)
今後はどのような活動、気持ちで?

今後も同じ志を持った仲間で一緒にやっていきたいですね。

ちなみに志とは?

単に儲ければいいというのではない。
理念というか。
自分達の力で、肩凝り、腰痛などで、痛くてやりたいことができないという人達を痛みから解放してあげたい。
やりたいことをやらせてあげれるような活動。
痛くていつも眉間にしわが寄っている人達を明るく笑顔のある表情にしていきたい。

それでは最後に、これからを担う人達に向けて伝えたいことやアドバイスなどがあれば是非。

80歳と83歳を比べても対してわからないじゃないですか。
大学を卒業しての22歳や23歳も同じ。
あんまり焦らずに、自分の本当にやりたいことをみつけられるようにしてもらいたいですね。
熱くなれる。挑んでいけるもの。
そういったものを早い時期に見つけてもらいたいですね。
みんなが就職活動して就職するから自分も。というのじゃなくて。
本当にやりたいもの。打ち込めるものを見つけてもらいたいなぁ。と思いますね。
流れで最初、就職したとしても25歳、26歳くらいまでに。
30歳で起業するんだとか。目的をもって日々、生きてもらえればと思いますね。
焦ってもしょうがないことがあるんで。
地力をつけること。
そして、会社の名前や規模とかばかりを見るんじゃなくて、自分がワクワク楽しいと思えることに目を向けれるようになってもらいたいです。

今日はどうもありがとうございました。


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指す。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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