5人目 中村伸一さん:株式会社エクスプローラ

中村 伸一さん
会社名 株式会社エクスプローラ
URL http://ameblo.jp/expl/
公開日 2010年01月05日

今回の旅は株式会社エクスプローラの中村 伸一さんです!
早速ですが、29歳から30歳になる時の誕生日はどうしていました?

今の妻と一緒だったよ。
一緒に過ごしてた。付き合ってもなかったのに(笑)
その時も告ってるはずなんだけど、相手にされなかった。

まじっすか?

いや、、だって、俺、2年かかってるから。
誕生日の時も口説いてたと思うんだけど、「会うのはOKだけど付き合うのは・・」って言われてた(笑)
誕生日を一緒に過ごした翌日か翌々日にトレックアメリカに行く事になってたから、誕生日の時に「しばらくアメリカに行っちゃうから。もう会えないかもしれない。後悔したくない。会っておきたいから。」って気持ちを話してたと思うよ。

では、話を20代に広げたいと思います。20代の頃、どういった仕事をされてきたんですか?

1983年の21歳の時。旅行会社に入社してすぐ。
その時っていうのは、海外で学ぶっていうプログラムがあって、それがいわゆる留学プログラム。
海外で暮らすホームステイというプログラム。
海外で働くというプログラム。
そして今でもやっている海外で遊ぶっていうプログラム。
この4つのプログラムをほとんど一人でやってた。
やるって言っても、最初は色んな資料、体験談をまとめてたりとか、編集みたいな物作りから始まった。
手配する旅の中身を知ってもらうのに当時から会報誌みたいな物を作っていて、その編集作業とかが最初だった。
あとは、正直、お客さんに聞いてた。仕事のやり方を。
「そろそろ航空券手配した方がいいんじゃないの?」とか、お客さんから言われて。。
「あぁそういうもんか。」って教えてもらったり。
会社は、教え方も酷かったし、基本的には何も教えてくれなかったからね。
とにかく体で覚えてたって感じ。

すごい会社ですね。。

そうなんだよね。だからみんなどんどん辞めていった。
誰も続かなかった。
俺が入る時も、「あいつ3ヶ月ももたねーな」みたいな事を言われてて、「パーマかけてちょっと派手っぽいしな。」とか「すぐ頭にきて、喧嘩して辞めるだろうな。」とか。
結構言われてた。

よく辞めませんでしたよね?

このまま辞めたら何も掴めないというか。
パシリAのまま終わりたくない。
ってのはいつもあったんだよね。
それに、縁あって出会って、就職活動で落ちまくっていた自分をやっと拾ってくれた会社なわけ。
あの当時の自分を振り返ると、我慢強そうじゃないし、軽そうだったし。
生意気で使いづらそう。どう見てもサラリーマンに向いてねーな。って感じだったのに。
まぁ中学生位から言われてたけど(笑)

辞めずにどれくらい続いたんですか?

半年だね。入社半年した時に、社長から「独立しろ」って言われて。

入社して半年で独立ですか?何故独立されたんですか?

独立って言うと聞こえはいいけれど、平たく言えば、当時の上司とクビになちゃったってやつなんだよね。
独立しろ。という名目の。
「独立しろ!ってなっても、右も左もわかんないし。」って言ったら、「わかんない奴はクビだ。」ってはっきり言われて。
その時はあまりに人間扱いされてなくてさ。
お前の代わりは誰でもいるんだぜ。みたいな感じで「クビだ。」って言われた。
それが凄くバネになった。ちきしょう!ってなったよね。
そうやって簡単に右へ左へ。人を物扱いしない人間になってやる。って気持ちになった。
頭を下げて、行かないでくれ。って言われるくらいの人物にならないとダメだなっていうのはあった。
まさに転機だったよね。

そもそも旅行業界を目指そうと思ったきっかけは?

業界を目指そうと思ったことは無い。
観光学科とホテル学科しかない学校で、どっちかしかなかったんだよ。
旅行会社かホテルか。どっちに入りたいというのも無かった。
ビジョンや夢なんてのも無かった。
ただ、少なくともホテルという一つの箱の中に繰り広げられるドラマよりは、もうちょっと世界を舞台にする旅行会社の方がいいかな。って漠然とあった程度。
学校を選んだ理由も、人を相手にする方がいいのかな。機械相手は無理だから。
そんな程度の漠然とした気持ち。

漠然としていた昔から、現在(いま)の隊長に至る、何かきっかけや出会いとかあったんですか?

衝撃的な出会いは、あった。
就職活動の時に聞いたトレックアメリカの話。
外国人が集まって、世界の若者が集まって、テントを張りながら一ヶ月位、世界中の若者と旅をするものだ。という話を聞いた時にすっげーおもしろそう!と思った。
「え!?そんなのあるの?」「そんなの聞いた事もないよ!」って興奮した。
それが一番の衝撃的な出会いだったかな。
直感的に「俺がこんだけトレックアメリカに行きたいと思ったんだから、知らしめることが出来れば、行く人、もっと増えるな。」と、単純に思った。
いかに知らしめるかは、これから考えればいいんじゃん。って。
「きっとワクワクドキドキする奴いるよな。」「俺が絶対に売ってやる。」
みたいな感じ。ホント衝撃的な出会いだった。

そうだったんですね。

そう。それで、就職活動の時に、トレックアメリカの話を学生何人かで聞いていたんだけど、俺以外、みんな、「はぁ?」って顔してたのに、俺だけがすごく反応して、

「なんすかそれ?そんなのあるんすか?おもしろそーそれ。」

そんな俺のリアクションを見ていた社長が、
「あいつ興味持ったじゃん。あいつにしておけ。」って。採用になったってわけ(笑)

20代の頃、苦労したな。って経験はありますか?

多分、相当あるんだろうけど、そればっかりだったから、あんまり苦労したな。っていうのは無いかな。
どこの場所でも、どんな最悪の環境とか言われても、
「会社に行くのが楽しくなるような環境に自分で変えるしかないよな。」
って昔から思ってた。
働く時間って凄く長いから。
「よし!いくぞ!」みたいな会社に行くのが楽しくなるような環境にするのは、誰かにやられるんじゃなくて、俺が作るしかない。自分で作るしかない。っていうのは当時からあったね。
とにかく好きになろう。好きになろう。って思ってた。

ピンチとか困った事があってもそうは思わずに乗り越えてきたんですね。

そうだね。どんな状況でも楽しもうって。
成長の一つのきっかけと考えるようにしていたからね。

逆に成功体験みたいなものはありますか?

ある時、エイビーロードの女の子の飛び込み営業さんに、こんな事をやって、こんな想いで、こういう旅をやってる。って話したら、その子が感動しちゃって、編集長にかけあってくれたことがあったんだよね。
「これは今の日本になくてはいけない旅だと思います!」って。
俺が21歳の時に出会い、感じた衝撃と同じ感じ。
「こんなツアーがあるなんて知らなかった!これ知ってもらえたらもっと多くの人が行きますよね。私も行きたくなりましたもん!」
って言ってもらえて。
そこからだよね。
広告主でもなんでもないうちが記事として出してもらえて。
それから行列ができはじめた。
ただ、独立していて、一人しか居ない。しかもちっちゃいオフィスで信用が無い。
もう無い無いづくしの状況。
ここまで無いとこれ全部武器になるなって思ってたけどね(笑)。

そう思える思考回路が隊長らしいというか、素敵です(笑)

ははは(笑)俺しかいないから、部下で下手打つ奴もいないし。
自分のスキルを全部使えるって状況。
誰が電話とっても俺しか出ない。一人時間差攻撃みたいな(笑)
もう、この状況は絶対的な自信になるよね。
電話とってる間にもお客さんが来て行列をなしてるし。
その来てくれているお客さんは、俺が電話してるのを聞いてるわけ。
そこで電話の相手を感動させようという気持ちだけじゃなく、オフィスに来て待ってくれているお客さんも感動させよう。と思った。
そしたら待ってくれているお客さんが電話で話しているのを聞いて、いきなり申込書を書き出してくれて。
それを見ていた行列の後ろのお客さんもまた影響を受けて。
小さいオフィスだったからこそ、全部プラスになった。
あれで完全に自信になったよね。

全部一人でやってたんですもんね。

そうだね。あとは当時パソコンとかも何も無いから、不思議と全部覚えてたんだよね。
頭の中で。
この人とどこまで話をしたかとか。相手はどういう格好だったとか。
「録音してたんですか?」って言われるくらい会話も全部覚えてた。
誰の知り合いで、何のツアーに参加して、その知り合いはどういう枝葉で繋がっている人か。とか。
全部覚えてた。
今はパソコンというものができて、共有する為に、データーベース化してるけど、不思議なもので、そこに入力しちゃうと忘れる。
まぁ、忘れなかったらどっかで気が狂ってるような情報量だったと思うよ。

どうしてそんなに覚えれたんですか?

自分がもし覚えてもらってたら気持ちいいだろうな。って発想だよね。
「覚えていてくれたんですか!?」
って喜んでもらえる姿をみるのが嬉しかったから。
そういうことの繰り返し。
結局、信頼じゃん。
人の信頼関係ってそんなに簡単にできるものじゃないから。
「とにかく信頼を売る。もう俺に任せろよ。」
って言う位になっちゃうところになれば、なんでもOKと思ってたしね。

喜んでもらう為に、記憶する。信頼を売る。
そんな考え方に至るきかっけとか影響を受けた本とかあったんですか?

本はね。全然読まなかった。
20代の頃は全然。
その時の後悔があるのかな。今は読んでるけど。
絶対に読んでおいた方がいい。人と会うのと同じくらい。
1500円位で手に入る凄いもの。
何年か分の知識なり気付きが全部入ってるわけだから。
ただ、30代になって色んな人に会うわけじゃん。
そして、ありとあらゆる本を読んで思った。
「難しい言葉は使ってないけど、全部俺がやってきてることじゃん!」って。

自然と出来てたのは凄いですよね。

多分変わらないのは、「どうやったら喜んでもらえるだろう。」っていつも自問自答していた。
「自分がお客だったらどうだろうな。」ってのをやり続けていただけのような気がする。

何がきっかけでそういうことを思うようになったんでしょうか?

一番は、プライベートで離婚した後、落ち込んでて、そのあと、自分が世の中の役にたっていないなって思うようになって。
そして、25歳の時に会社を辞めて、放浪の旅に出たんだけど。
その時に出会った人の言葉かな。
旅をして一ヶ月半くらいした頃にオーストリア・ウィーンで、出会った女性。
その人は、かつて自分が送り出したお客様だったのね。
その女性に言われた。

「中村さん。お仕事辞められたんですか?
たった2週間だったけど、あなたが思っている以上に人生に影響を与えるいい仕事してましたよ。
あんなに大きく泣いたり笑ったりしなかったし。
旅に参加する前と参加した後で、自分を好きになりました。
私が生きてきた中で、あの2週間が一番濃密な時間でした。ありがとう。」

この言葉は大きかった。
「そんなに影響のある旅を俺は紹介していたの?」って。
完全にスイッチが入ったね。

なるほど。その言葉がなかったらどうなってたかわかんないですね。

そうだね。それまでもサンキューレターとか貰ってたんだけど、見ようとしてなかったんだろうね。
それを言われた後に、いっぱい見えるようになって、サンキューレターとかもよく読むようになって。
そこに「ありがとう」って言葉があって、「ありがとう」って貰えば貰うほど、やる気が出てきて。
「ありがとう」中毒っぽくなっていったよね(笑)
もっと「ありがとう」って言ってもらうと、もっと俺元気になるぞ!みたいな。
そんなことが続いて、ありとあらゆるところに、ありがとう。が溢れてきた。
実際に事例として溜まっていったのはハガキ。
ハガキが来て、そのあと、写真持ってきてくれて、その後、アンケートも持ってきてくれて。
リピートしてくれて。さらに友達も連れてきてくれたりして。
いい循環が生まれるようになったよね。

そんな状況、いいとわかっていてもなかなかできるもんじゃないですからね。凄いです。
やはり仕事はかなり楽しかったですか?

社長に追いやられて、小さいオフィスに行ってからが本当に楽しかった(笑)
なんか不思議だよね。
不可能かも。って言われているようなことを可能にしていく。
このプロセスが好き。
絶対に自分を信じなきゃ、力なんて出ないし。
よくわかんないけど、俺ならできる!って思っちゃうよね。
それは、ありがとう。とかサンキューレターがいっぱいあって、過去に旅に送り出した人達がみんな味方になってくれているような感覚があるからなのかもしれない。
あとは絶対的な商品の自信もある。
だって、送り出した人が全員、
「最高でしたよ!」「今までの旅がなんだったんだろう。って思えました!」
って言ってきてくれるんだよ!

他に何か意識していることなどありますか?

確実に、アウトプットを意識しだしてから、俺の人生、変わった。
メルマガやブログもそう。
人生変わったね。
プロフェッショナルやカンブリア宮殿なんかの番組も必ず録画してる。
で、何回もレビューして、何回も何回もみて、書き出してる。
いい言葉やセリフ、ネタを地味だけど書き出す事で、自分なりに入ってくる。
自分で何回も何回も聞いて、書いて入ってくるのって、かなり染み込むんだよね。

メモをとったり、昔からされてたんですか?

メモ帳や手帳とか。
20代はやってなかったなぁ。
メモを取るようになったのなんて、30代になってからだと思うよ。

では最後に、未来に繋がるような言葉。若い子に伝えたい想いとかあれば是非教えてください。

俺の今年のテーマが「アウトオブコンフォートゾーン」なんだよね。
歳をとればとるほど、心地いい、居心地がいい場所、空間が増えていく。
それで良しとしちゃうのが、多分普通の人なんだけど、そうなっちゃうと、そこに成長は無い。
だから、できるだけ居心地のいいところから、一歩、とにかく出てみようよ!
それが一番伝えたいかな。
これは生き方でもそうだし、旅もそう。
多国籍のグループツアーのようなもっと負荷のかかるような旅の中で、自分らしさみたいなものを出してみたり。
一人旅の自己満足を越えた先の、メンバーと仲良くなるとか。一人じゃできないことをやる。とか。
普段出来ないようなことをやる。
それが冒険。
そういう意味で、「アウトオブコンフォートゾーン」がすごく大事だと思ってる。

仕事をしてきたこの26年間、何をしてきたのかな。って思うと、そこだった気がするし。
自分軸って、居心地のいい世界から飛び出して、痛い目に会い続けないと。恥をかかないと。
なにくそ。って気持ちを持たないと形成されないと思う。

結局、動かない人って、そこが居心地がいいからだろ?ってなっちゃうんだよね。
なんだかんだ言って。
仕事してません。って言う人、沢山いるかもしれないけど、結局、動きたくないんじゃん。
居心地がいいんじゃん。きっと。って。
そりゃあ精神的に苦しいってのはあるかもしれないけど、
「新しい事をするイコール失敗をすること。」だからね。

なるほど。確かに新しい事をするときは失敗ばかりで、改善ばかりですからね。

失敗はいっぱいした方がいいと思う。
現在(いま)の人は、恐れ過ぎ。
失敗したくない。失敗したくない。で、ずーっと生きてきて、30代、40代、50代のどんどん歳がいってからの失敗とかなったら、立ち直れないからね。きっと。
20代くらいでどんどん失敗していくのがいいと思うよ。
お客さんにバカ扱いされて、叩かれて、叩かれまくって。ケチョンケチョンにやられた事とか。
自分自身を振り返ると、20代はずっとアウトオブコンフォートゾーンで生きてきたんだなって思う。
あとね。人に喜んでもらう仕事って誰でもできる。
どう取り組むかってすごい大事だと思うし、どんな仕事でも夢になる。
だから、ある時、同僚に、「たかが旅行の手配じゃないっすか。」って言われた時に、「はぁ?」って思ったもんね。
そいつに、「同じ仕事してて、「たかが旅行の手配」と思って仕事してんの?って。」
「俺は人生変える!と思ってやってるぜ。」って。

つまり取り組む姿勢が大切。

ベクトルが同じ方向を向いている人同士が集まる。
立ち位置は違うんだけど、方向はみんな同じ。
そういう人達が集まると絶対に楽しいし、そういう人達がいるから受け入れてもらえる。
受け入れてくれる仲間がいるから自分を素直に出せる。

今の大人が変わんないことには子供に対して、夢とか与えれない。
大人になるの悪くないね。楽しそうだね。
仕事って実はすごく楽しいんだね。っていう風にならないといけないしさ。

「ああいう大人になりたいね。」とか、「あんなカッコイイ大人になりたいね。」って思われる大人が周りにどんどん現れて来てほしい。

僕は隊長の姿をみて、ああいう大人になりたい。って思った一人です。
今日はどうもありがとうございました!


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指す。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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