10人目 山口裕一郎さん:株式会社グローリー

山口 裕一郎さん
会社名 株式会社グローリー
URL http://ameblo.jp/yuichiroyamaguchi/
公開日 2010年01月30日

今回の旅は株式会社グローリーの山口裕一郎さんです!

それでは早速。
単刀直入に 29歳のときは何をされていたんでしょうか?

何してたんだろうなぁ・・・アルバイトしてましたね。その頃は。

どういったアルバイトですか?

29歳は・・・食品の配送ですね、トラックで。
別にいつ休んでもよかったんで。それで、音楽活動しながら生活していました。
音楽活動を中心に?
わざと重要なポジションにいかなくていい仕事を選んだんですよ。
いつでも休めるようにね。

その仕事は、いつ頃から?

そうですね、26歳くらいかな。知り合いの紹介で。
髪はトラみたいになってて、・・すっごい頭で(笑)
剃ったりとかもしてたんで。

普通の正社員とかはちょっとできないですよね?

少しやったこともあるけどね。あんまりやってなかったですね

29歳の誕生日、まさにその日は、何か思い出に残ってる出来事や想いとかありますか?

特に思い出とかないですね。
その食品配送の会社を30歳で辞めたんですけど、辞めた時の理由が、
「もう30歳なんで、何か新しい事をはじめないと。」
って思って辞めたんですよ。
特にビジョンとかあまりなかったんですけども、飲食店とかには興味あったかな。
何故かっていうと、現場の仕事とか運転手の仕事とかをやっていて、あまりビジネスの事を知らなかったので。
素材を買ってきて、料理にして、席料を頂いて、食べてもらい、お金を貰うっていうのは、すごくビジネスの仕組みがわかりやすいじゃないですか。
なので飲食店いいなって思っていました。
それで、昼間は食品配送の仕事しながら、夜はご飯を出すようなお店でアルバイトをして、勉強をしてましたね。
ただ、意外と飲食店って儲からないな。ってことがわかって・・。

その飲食店のお仕事は、何年位やられたんですか?

2年くらいかな。

飲食店を2年近くやられて、その後なぜ今のようにオークション等の業種に?

やっぱり飲食店って生もので腐っちゃうでしょ?
あと流行りものだから、4年くらいでダメになるってことがわかったんですよね。
自分の近所の人とか見ると。
それで、長くできない仕事なのかなって思って。
結局、飲食店とかって、お金持ってる人がサイドビジネスじゃないけど、はじめるような。
ちゃんとビジネスがあって、やるものなのかなって。
昔の「マネーの虎(テレビ番組)」とかだと、裸一貫でゼロからお店を作って。とかってありましたけど。
世の中は本当は違うんですよね。

では、飲食の道は諦めたと?

そうですね。色々研究したんですけども現時点ではあきらめようと。
で、なんでこんな風になっちゃったんだろ?(笑)

30歳過ぎかな。29歳の話題からずれちゃうんですけど。
身体を壊しまして。
簡単にいうと、ハウスダストのぜんそく。
今はほぼ完治しているんですけど。
配送の仕事なんで、駐禁切られないように、走るじゃないですか。
ただ、走れないんですよ。息切れしちゃって。
それで辞めたんですけど、ずっと現場の仕事とかトラックでの配送の仕事とかをしていて他に何もスキルがないんですよね。
働かしてくれ。と、履歴書を書いても、高校卒業で、マイクロソフトに5年とか普通の仕事の経験が何にもないので。
10社くらい受けても全然受からなくて。
でもね、稼がないとしょうがないんで。

家にあるもの。
コレクションをインターネットオークションで売り出したら、思いのほか売れて。
苦し紛れからはじめたんです。
やっているうちにだんだんと目利きもできるようになってきて。
特に音楽が好きだったんで音楽関係。楽譜とかパーツとかね。

苦し紛れからだったんですね。
大手の企業やサラリーマンに憧れたりとかはあったんじゃないですか?

全然ない(笑)
会社の仕事って何やるんだろう?っていまだに思ってる。
もともと東京の下北沢の出身なので、小さい時の友達はみんなお店やってるとか。
そういう子が多かったので、凄く自然。
ビジネスを持っているのがね。
だから子供の頃から、会社の仕事ってどういうことしてるんだろう?って思ってたし、知ろうともしなかった(笑)

では、20代、凄く失敗した、大きなミスだなと思われた経験はありますか?

特にないんだよね。全部が繋がってきたような形なんで。

後悔するようなこととかも?

う~ん・・。みんなあるのかな?
あったかもしれないけど忘れちゃったよ。
海外放浪してて・・すってんてんになって、帰ってきちゃったっていうのはあったけど、別に死んだわけじゃないしね。

海外放浪っていつ頃ですか?

23歳~24歳くらいかな。3ヶ月くらいなんですけど、タイから入って色々回って。

それは何かを求めて?

その時やってるバンドが解散しちゃったんです。
それに100%情熱を入れていたから、もう何やっていいのか、わかんなくなっちゃったのね。
それまでずっとライブの事、音楽の事とかを考えて生活してたのに。
「何やっていいんだろうって・・・」
それで「海外とかカッコイイし・・いっちゃおうか」みたいな(笑)
あいつ海外行くんだ。っていうカッコよさみたいな。
うまい表現できないですけど。
何やっていいかわかんないから、何かしなくちゃっていうのはあった。

旅に出られて何か発見されたりとかは?

今、貿易の仕事もやってるんで、今にも繋がってはいるんじゃないかな。

で、日本に帰ってきて・・まだ23歳くらいですよね?

そう。で、帰国してから、とにかく日給とか時給が高い仕事をしようと思って。
当時フロムエーをみて時給が高い順番。肉体労働とか。
パッて見たのが、新宿で、月給40万可能!ってのがあって・・それも配送の仕事。
「あ、これだ!」
と、すぐ電話して、頑張ります!て言ったら、採用されて、それでお金を作りましたね。

実際に月給40万円も稼げたんですか?

うん、もうちょっともらえたかな。
24歳くらいのときだから、まあ悪くはない。

同年代と比べるといい額ですもんね。

そうですね。これはその当時、もらったお金で買った時計です。
私、時計あんまり好きじゃないんですよ。
でも一緒に働いてる周りがつけてて、じゃあ買おう。みたいな。
本屋でロレックス大百科みたいなのをパラパラみて、これ買おう。みたいな(笑)
その日のうちに買っちゃいました。
お寿司とかもよく食べに行ってましたよ。
お金を持っている人の所にいくと自分のレベルがあがるじゃないですか。
はじめ背伸びをしていてもいつの間にかそれが普通になっちゃう。
食事とかもそうですよね。
お寿司とか食べている人のところに居ると、舌も肥えてくるしいいお店の情報も入ってくる。
牛丼ばかり食べている層のところに居るとそういうレベルの話しかできない。
情報の質が違う。
結局、情報と人脈かな。って思います。

20代の頃、上手くいったな。とか成功された経験とかって何かありますか?

はったりでもいいから、自信あるぞ。みたいな。マインド。
音楽でトップを取りたかったっていうのもあったので。
そういうのをもともと持っていたのがよかったんじゃないかな。
脳内トレーニングというかイメージトレーニングとかも常にしてたしね。
ホワイトボードにもしょっちゅう書いてます。
ホワイトボード大好きなんですよ。

いつもどういった事を書かれるんですか?

やることとか目標とか。あとは金額とかね。
金額が出るとシュミレーションができるじゃないですか。
細分化させていったり。
パソコンじゃなくて、自分の手で書くというのも重要だと思うので。

では、音楽の話なんですけど、音楽を始めたきっかけってなんだったんですか?

女にモテたいから(笑)
みんななっかねジミヘンドリックスにあこがれたとかいうけど・・全然違う。
女にモテるにはどうしたらいいんだろうって思って。

何歳ぐらいから?

中学のときも音楽いいなって思ってたんですけどまわりにやってるやつがいなくて。
高校いったら色んなやつが来るから、音楽やりたいなと。
それではじめたんですよ。
文化祭とかやったら絶対モテるよ。とか思って。

実際どうでした?

彼女はできたんで、効果はあったんじゃないかな。
あと下手クソでも、ステージとか、一段、高いところにいるんだから、やっぱりモテやすいですよね。

僕は音楽をやらないからわからないんですけど、どういったパートを?

私はベースですね、ベースと歌です。

メジャーデビューして売れよう!みたいな気持ちはあったんですか?

これで食べれたらなって思ってた。
ただ、29歳位の時に東京ドーム満員にする器じゃねえしなって、薄々気づくんですよね。

それでパタっとやめたんですか?

大体、筋のいい人って、すぐに引っこ抜かれて自然にデビューするんですよ。
いつまでも埋もれていない。
そういう人の前で、やる機会もいっぱいあったし。
それでも摘んでくれないんだから。って思って辞めました。

元から起業しようとか、社長になろうっていう目標があったわけじゃなかったんですね。

でも良く考えてみると、音楽も誰かに使われるわけじゃないじゃないですか。
自分がイニシアチブ握れて、コントロールできますし。
飲食店もそう。
多分飲食店やったら毎日やるんでしょうけど、今日はもうあんまりやりたくないから店開けたくないとかもできるじゃないですか。
そういう自分でコントロールできる仕事って、いいなって前から思ってました。
会社員はそれができないんで。
ミュージシャンはできそうだし。
自分の仕事したらそりゃできるしっていう考えですね。

やっぱりサラリーマンは向いてないってことですよね。

向いてないよ、無理だよ(笑)

20代の時、音楽での成功以外に、他に夢とかってありましたか?

特に大きなものはなかったかもしれない。
ただ、100%は無理だけど、自分以外の人が幸せになってくれたらなって思います。

昔から思われていたんですか?

うん、それは思ってましたね。

変なんだけど、俺が頑張るから悲しむ人もいるっていう。
その連鎖反応で、その悲しんでる人の周りも悲しんじゃうのかな。
って考えたり。
結局、どうすることもできないね。っていう結論になるんだけど。
なんて言葉で表していいかわからないな。

20代の時に影響受けた人や本はなにかありますか?

沢木耕太郎さんという方が、東南アジアを一人でまわるっていう小説を書いていて、「深夜特急」っていう本なんですけど。
テレビ化もされてて、それは結構面白い。旅に出るきっかけにもなったかな。

ヒーロー像や、憧れの人とかはいなかったんですか?

20代の頃は、ブランクジェネレーション状態だから(笑)
10代のころはアントニオ猪木が好きで、スーパーヒーローに見えてました。
すっごい試合とか見に行きたくて。でも子供だから行き方がわからなくて。
初めて行ったのは中学の頃かな。後楽園ホールに。
すんごい心ときめかせて、イノキーーーーーーー!!って(笑)
カメラも持っていって、どこかで待ち伏せしてサインとか欲しいよね。とか思ってました。

今は、そういった憧れの人とかはいます?

今そんなにいないんだよなぁ。
この人素晴らしいな。と思う瞬間あるけど、誰か一人あげてくれっていうと。。
もともと、そういう思考がないのかもしれない
誰かの信者になるんじゃなくて。
情報をいっぱい入れるっていう作業をして、あとはセレクトしていくというスタイルかもしれない。
自分のアンテナにヒットしたものは、こぼさずにしたいですし。

もともと個人で販売、ヤフーオークションでやられていた。
そこからどうして会社を作ろうと思われたのか。起業のきっかけを教えて下さい。

自分で収入とか仕事とか満足してたんですけども、税金の面で会社にしたほうが有利なんです。
それだけです(笑)
インターネットオークション自体は10年くらい前から始めたんですけど。
その頃は悪の巣窟でしたよ(笑)
詐欺が横行しているような時代。

よくそういう業界に行こうと思いましたよね?

雑誌の後ろによくある、売ります。買います。っていうの。
あれが大好きだったんですよ。
当時、あれくらいしかなかったんですよ。物を売るのって。
ハガキで文字制限があって、そのなかでうまく文章を入れて、パーツとかを売ってたんです。
それがインターネットでできる!って知ったから、これいいねぇー!って食いついたんですよ。
お金かかんないでできちゃうわけだからね。

個人から会社にするにあたって、企業理念とかは?

1ミリくらいはやっぱありましたよ(笑)
ただ、会社じゃなくても別にいいやみたいな。。

2年後3年後の会社のヴィジョンは?

ほんとあったほうがいいんだろうけどねぇ、特にないし(笑)
この間気づいたのが、わりと手持ちとかゼロから作る派なんですよ。
例えばまず300万円くらいないとはじめられないよね。っていう仕事はしないかなぁ。
完璧ゼロっていうのはないんですけど、ほぼゼロで、できるもの。
これをやってみて・・だめならすぐ撤退、みたいな。
やってもダメならやめればいいだけだし。
やれるならいっぱいやったほうがいいし。そんな感じですね

過去にやめられた事っていうのは、どういったことがありますか?

インターネット上のツールとか、ソフト販売とか。
ツールを誰かに作らせて買い取って、みんなにダウンロードして使ってもらって、自分は販売責任者だけで、お金が入ってくるっていうシステムはわかるんですけども。
自分がわからないからね。
トラブルがあったときに、自分がオロオロするしちゃうだけで、精神的にも疲れるからね。

では目標は今後作られる予定は?

そのうち突然出てくるかも。

今までヤフーオークションで、これおもしろかったよ!とか、「これは凄かった」みたいな面白ネタはありますか?

面白ネタはありますよ!
アダルトとかの下着を中国から買ってきて売ってるんですが、それを買うのはほとんど女性なんです。
なぜかっていうと
「お前のカードで買えよ」「お前がクリックして買えよ」
っていうプレイが、すでにはじまってるんじゃないのかなって思って(笑)
精神的にはずかしめるプレイ。
お前のカードでお前が買ったんだろ?みたいな(笑)
そう思うと面白いですよ。

確かに。面白いですね。

あんまり儲かりはしないんだけど、面白いな~って思う。そういうユーザー層が。

夢になりますよね。
トラックで配送してた人がヤフーオークションで上手く成功しているなんて。

本当そうなんですよ。30歳までパソコンとか触ってなかった。
それで、ネットで物が売れるんだってっていう話をその時の同僚に聞いて、
「やりてぇ~」って思って。
それで近所のパソコン教室。
おじいちゃんが先生だったんだけど、そこに行って教わったんです。
「これ全然オークションとちがうよぉ~」
と思いながら、ワードで絵を書いたり。
エクセルで、円グラフとか作って。
「違う~」とか思いながら(笑)
でもその時にワードとかエクセルを触ったんで、こういうシステムがあるんだ。ってわかった。
だから、パソコンに対して毛嫌いとかにはならなかった。

どれくらいの期間行ったんですか?

半年くらいかな。全然違う!と思いながら(笑)
他に教えてもらうところがないし、わかんなかったんで。

30歳過ぎてからですよね?周りの人はどういう年代の人が?

パソコン教室自体が、枯れてるからほとんどマンツーマン。
6人くらい作業できるような設備はしっかりしてましたけど。
おじいちゃんとマンツーマン(笑)

半年ぐらい勉強してオークションのノウハウとかを学べるようになったんですか?

全然ならないですよ(笑)

そこからオークションで物を売る方向には、独学で?

そう、一番はじめは独学。
「ヤフー使い方ガイド」みたいなものを見ながら、いいのかこれで?とか思いながら。
今もパソコンとかあまりできないけど、できないことは人に任せるスタンス。
これできねーよーとか悩んでる時間も、もったいないから。

それでは最後に、20代や若い人達、これから未来を担うような人達に向けて、元気を与えるようなアドバイスや言葉をお願いします。

簡単に言えるのは、数ですよね。
先ほどお話したように情報をいっぱい入れるとか、いっぱい作ってみるとか。
1個しかなかったら、選択の幅も少ないんで、とにかく数だと思いますね。
とにかくなんでもいいんで数をこなしていけば、そのうち答えをみつけるでしょ。
4回、5回で諦めてる人が多すぎるんで、10回はやってみようぜ!
だめなら100回目指してみて!
ダメな100回のうち1回でもホームラン打てばいいんですから。
でも大概の人は4回、5回で、「もうこれ向いてねぇ」ってやめちゃうんですよね。
単に数が少ない人が多い。
はじめは間違えてもいいんだよ。


ありがとうございました!


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:(2018年時点)
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指すこと11年目。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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