12人目 小原 秀紀さん:株式会社ノヴェル

小原 秀紀さん
会社名 株式会社ノヴェル
URL http://ameblo.jp/novel55/
公開日 2010年02月09日

今回の旅は株式会社ノヴェルの小原秀紀さんです!

では早速ですが、29歳のときに何をされていましたか?

仕事ですよね、父の経営する関西が本社の会社で。
そこの東京支店の支店長として、住宅・ビルの一棟販売りをしていました。
仕事のことばっかり考えて、関西と、関東を往復する日々。
目の前の商品を売る事しか考えてない時代ですね。
当時は50億位は売っていたかな。
必死でしたね。
ただ、私が27歳くらいでバブルがはじけたんですよ。
だから景気の最後に乗ってる感じがしました。
あとはもう下るしかないなっていうのがあって、将来に明確なビジョンが持てなかった。
この先どうなっていくんだろう?という気持ちもありましたし、
反対に、30代はおそらく、これからが一番自分の知識も増えてきてエネルギッシュになっていくだろう。
そういう自分に対する期待も少しはありました。

20代最後の日はどんな思いで?

本当にいよいよ30代かと、本当に実りある10年にしたいなと思っていました。
イメージでいうと仮免が取れたっていうか、初心者マークが取れた感じでしょうかね。
30歳っていう響きで、1つの土台みたいなものが、あるのかなぁって。
23歳から働いていて、7年で、1つの節目を越える。
過去に培ってきたものが、ようやく実るっていうか、ぐぐっと芽が出てくるのかなっていう感覚がありました。
あと、29歳の時かな、33歳で社長になろうと思いましたね。

その前は思っていなかったんですか?

父の会社だったので、そのまま自然と社長になる。と思っていました。
自分はもう、流れに乗ってるっていう感じでずっと来てたんですよね
あるとき仕事で、東京に一年だけ行ってくれって言われたんです。
以前勤めていた会社は、結構ブランドのある不動産会社で、当時、私はトップ営業マンでした。関西で仕事してる時にはブランド力があってお客さんも居たから問題なかったんですけど、ところが、東京に来たら何にも無いんですよ。(笑)
地理がわからない、人も知らない、ブランドもない、自信無くしましたね。
さらに今まで仲介をやっていたのに今度は土地の仕入れと販売、違うことなので戸惑いました。

今まで積み上げてきた自信はすべてチャラ

社員が沢山居ると励ましあうこともできるんでしょうけど、私の当時の部下っていうのはね、60歳の男性と50歳位の女性、それとパートの女の子。
私が当時26歳。おとうちゃんおかあちゃんって感じで。親子で歩いてるようなもんですよ。
一応上司だから人生経験も全く無いのに、権威だけで人を動かそうとしてました。
「役職が、人を育てる」
という事を、社長に言われていました。確かに役職は人を育てます。
が、時に役職にすがる自分もいる。
自信がなくなってくると、どこかにすがりたいじゃないですか。
で、最終的にすがるのが役職だったり、支店長だよ、取締役だよ、と。
子供だったのだと思います。とても勉強になりました。
今思えば、人からどう思われるかというのをね、自分の判断基準にしていた。
人に良く思われなければ、成功じゃないんですよ。自分の中で。
だから、自分を生きてないんです。
自分の成功を全部他人の目にあわせちゃってる。
だから無理しちゃうんですよ。
本当の自分と違うところで生きようとするから、どんどん方向がずれる。

このギャップを埋めないかぎり、ストレスってなくらないと思うんですよね。
それに気づいたのは正直いって最近ですね。

最近なんですか?

最近ですね、この数年の話。
それまでは、どうやって自分の心の隙間を埋めようかって思ってました。

では20代最後の誕生日の過ごし方は?

今の家内と、食事してましたね。

そもそも独立したきっかけは?

当時はバブルだったんで、資産は300億くらいありました。
家族がそろうと相続税対策の話しかしない。
ところが、そんな話からほんの2~3年たったら、マイナス100億になります。借金ですよ。全部、物件の価値が下がって、車も全部売らなきゃいけない。
それでも資産がマイナス100億になるわけです、いっきに。
マイナス100億になってからも父の会社は続いてた。
そして分譲マンション市場が、よくなってきて、売れ始める。
ただ、父の会社は神戸の会社なので景気回復で立ち直っても東京にはお金は回ってこない。でも当時の私では、お金が回ってきても事業をする勇気はなかったかも知れません。
会社は良くなっていくのですが、自分は主流のマンション事業から外れて東京にいる。
なんとなくメイン路線から外れた気持ちになり先の独立を考えるようになりました。

独立したときの目標とかはあったんですか?

20代の頃。自分がプロデュースして建てたビルが自由ヶ丘にありました。
29歳の時に、このビル絶対自分が買おう!と思っていました。
そのビルは、親父の会社のビルだったんだけど、必ず買うぞ!と思って。
一銭もなかったけど、僕買いましたからね本当に。4年後に
お金ゼロだったけど、想念実現とはこのこと。
本当に思って、絶対やるんだ!って、情熱を持って仕事をしました。

すごいですね。

気合ですよ。その頃で、4箇所くらい物件を買った。
ただ、そのくらいの頃から、僕ちょっとおかしくなるのですがね。
おかしくなるっていうのは、ビルを買う事が目標になってたわけです。
自分がプロデュースしたビルを、買う事を目的に仕事していた。
で、ビルが買えた事で、目標達成しちゃってるわけです。
だから次なんて考えてないわけ。その先が無いわけです。
そしたら色々な問題が起き始める。
自分が営業しなかったりとかね。
自社ビルも買ったし、という慢心ですよ。
自分はもう今まで十分すぎるくらいやってきた。そろそろ経営に主眼を置きたい。
当時、34,35歳だけどね。生意気にね、思うわけですよ

そして結局、社員が辞めるんですね。
神戸と東京と両方、支社があって十何人いたんですけど。
私とね、女子社員二人になっちゃうんですよ、ビルがあるのに。
5階建てのビルなのに、ガランガラン。
そんなことがあって、凄く考えました。
自分は何もわかってなかったな。と。

社員が離れたいった理由として具体的に何か言われたりしましたか?

結局ね。私が営業しなくなったことで数字が落ちるんですよ。
最初は愛をもって、頑張ろうよ!って言ってるのですが、全然、数字があがらない。
で、次第に愛じゃなくて恐れの感情で怒り始める。
自分はここまでやって、ようやくマイナスから資産を増やせたのに。
また失うことになる!
だからそろそろ自分達で結果を出してくれないか?
私に申し訳ないと思わないのか?ってね。
今思うと恐ろしいセリフ。
そんなことがあり、どんどん辞めていくんですよね。
で、その時に自分でまた現場に戻って1からやったんですけど。
これじゃダメだな。と。
神戸から東京に出てきて。自由ヶ丘にビルを持って。それは良いけど
何をやっているんだ私は。って思うんですよ。

自分は本当に何をやりたかったのかなと。
その時、青山が好きで、青山に行きたいなって漠然と思ったわけですね。
じゃ、今度は青山にいこう!って。
青山に行って、もっとオシャレな不動産会社を作ろうと思ったんですよね。

20代を振り返って。失敗したとか、分岐点となったような経験があれば教えてください。

バブルの崩壊ですね、分岐点ですね。
あれがなければ今の私はないかもしれません。
物の価値がわからない人間になっていましたね。
人に優しくしたりするのはね、当たり前なんですけど。
なんかね、浅いんです、優しさが浅い。
お金がバックボーンになってたりすると非常に浅いもんなんですよ。
今だったら、本当にあの人、何が好きだったかな?って、物を選ぶのも楽しみなんですが。
当時は、とりあえず送っておけば良い、と。非常に愛がない。
ビジネスもそう。
自分のことしか考えないような、ビジネスは絶対に成り立たないなと思うわけです。
そういう意味ではリーマンショックもバブルも、自分にとってはすごい気づきです。
えらい目にはあいましたけど、ありがたいですね。今は。
それがなければ、ずっと気づかないまま突き進んでたかもしれないです。
当時の私は身近な方への感謝が足りなかった。
いつも支えてくれた家内には感謝しています。

バブルにリーマンショックに。
そこを転機として変えれるというのは素晴らしいですよね。

若い時って、さっきの「ビルを何とかするぞ」もあったしいろんなこともあったけど、不安のギリギリまで行くのね。
ギリギリまで自分を追い込んで、その不安の最後のバネのバーン!としたバウンドで、一気にいくっていうのが自分のやり方。
で、終わったら「はぁ~」とため息をつくんだけど、あまり自信に繋がってないんです。うまくやれてるのに(笑)

そうなんですか?

なんでかっていうとね、自分を信じてないのですよ、自分を知らないの。
自分のいいところを知らない。
他人目線でみてるから自分を見つめてないんですよ。
だからなんでうまくいったのかがわかんない。ただのラッキーと思う。
なんで上手くいったのかっていう事の本当の意味を知らないと、自信にはつながらないんですよ
だからいつまでも変わらない。
その原因は、自分をみないことですね

自分をどういうふうにみれば?

自分を客観視しますね、客観的に見る。
自分を上からみてるとしてイメージしたときに、自分が今、言ってる事は正しいかどうかって、冷静にみれるかどうかですよね。
で、自分のいいとこってどこだろう?って、考えてみたときに子供のころから素直で正直で純粋だっていうのは凄く言われていました。
ただ、そんなのは努力しなくてもできること、天然、ナチュラルですよ。
ナチュラルなことだから、だからそんなことはずっと人に言えないと思ってた。ずっと。
でも今は自分の最大の魅力はそこなんだって思える自分がいるんです。
そこでいいんだ。って思うのです。
僕は純粋素直で正直なんですって、本当に。僕をみてくれ、と言えます。
結局ね、自分の思いと、自分が自分を認めるわけだからリズムにのっていくんです。
気づけばね。いつからでも人間は変われると思うんです。
やっぱり自分らしく生きる事っていうのがいかに大切かっていう事ですよね。
自分らしく生きてね。無理することないよ。って。自分の人生なんだから。
他人目線にあわせることはない。
でも、今の20代の人たちって、全員が全員そうじゃないかもしれないけど、ちょっと熱い気持ちがあるような気がするんですよね。
僕らの方がはっきりいって、怠けてましたよね。うん。怠けてた。

自分がどうなりたいかっていう事がだんだんと明確になってくると、行動が変わってくる。
例えば若い時って、損得勘定で動いてたから、この銀行の支店長にくっついとけば間違いなくいい情報もらえるだろう。ってことでやってるわけ。
ということはね、その人の権威を認めてるけども、人を見てない。
そんなお付き合いしてるもんだから、自分も権威を自慢しちゃうわけ。
権威にすがる者は権威に負ける。そういうことなんですよ、本当にね。
で、中小企業なのに大手の真似をしてね。
インフラ整備したり会社案内作ったりとか、風呂敷ひろげるわけ。中小企業みんな。
でもね、本当は違うわけですよ。大手企業とは。
そんなことしたって、あまり意味をなさない。

だから「正直にいきる」っていう事を今20何年前の自分に言ってやりたいかなって思う。
別に、わがままに生きる。っていうことじゃないですよ。
人に迷惑をかけたりするのは大きな間違いですから。

20代のときに持っていた、夢とか目標は?

親の会社継ぐことしか考えてなかったんですよ。
あとは、、楽すること考えてたなぁ。今思えば。
浅井さんから電話をもらってから、当時の不動産日記っていう手帳を見返したんですけど。
セリーグとかさ、こんなの貼ったりとかしてさ阪神が勝ったとか、負けたとか。
マージャンとかもしてますね。いい時代でしたね。ゴルフばっかりやってるもん。
あ、3月。初代タイガーマスクと飲みにいってますね(笑)

マジっすか!

あ、思い出した。20代の頃。
セミナーばかり行ってましたね。。
成功哲学とかさ、なんかそういうの行ってましたね。

自分探し的な?

いや、違うな。
よく見られるためにやってますね。船井さんのとこで学んでいますね。
あとは、そのテクニック。
営業テクニックとか、話法のリズムとか。
ハウツー本あるじゃないですか
山ほど、本入ってますけど、成功哲学の本がね。

そういう時を、みなさん通られてるんですね。

やっぱり人の感情をマイナスにさせた方が、物は売れるんですよね。
でもさ、売れてもね。
そんなビジネスは嫌だと思うのです。僕は、本気で思うのです。違うでしょって。

あなた一人幸せになるようなビジネスは絶対だめですよ。これから。
たとえば、Win-Winという言葉もあまり気持ち良くありません。
いい言葉なんだけど、なんかこう、お互い勝つも負けるも無いだろうっていう。。。
モチベーションとかいう言葉もあまり好きじゃない。
上がるとか下がるとか。商売の道具になっちゃったような言葉って、
実体から魂が抜けたような感じになっちゃって、簡単に使われてしまっているので。
言葉にはね、魂が宿ってますからね、言霊。

何をみるかっていうと、その人の真剣さ、学ぶべきはその人の真剣さです。
どこまでこの人は向き合っているんだろうかっていうふうにね。

さっき僕が言った20代の人に感じるのはね。
時折見せるその真剣さ、一途さです。
素晴らしいですよ。若く純粋なエネルギーがね、パーンとくるわけじゃないですか?
こうなりたいんだ!って、こうやりたいんだ!って言われると、学びたくなります。
なんでそう純粋にそう思われるんですか?って、聞きたくなりますよね。

やっぱりね、僕らの年代の人間でも興味持ってますよ、20代の方に興味持ってますよ。
やっぱり先の日本だから。
33歳は会社を起こしたとして、44歳は自分の気づきの歳として、55歳ではまだまだ自分を磨かないといけないですけども、経営塾をやりたいんですよね。
若い人を集めて。お金をとるとかじゃなくて。未来へお役に立つことをしたい。
若い方々と、意見を交換することで、自分が相当刺激になるのかなって、思いますね。

では20代のときに、影響をうけた代表的な本とかは?

船井さんの本はよく読んでましたね。あとドナルド・トランプ
ただ、色んな本の影響は受けてますね。

これから若い未来を担う人達、ちょっと元気の無い大人の方に向けて。
何かアドバイス的なものあれば。

汝自身を知る。と、いうことですね。
後は学ぶべきは、その人の真剣さ、というところ。
そこがやっぱり重要かなって思いますね。

自分が何の為に今生まれて、ここで仕事をするのか。
夢も含めて、結局、自分磨きでしかないのかな。って思います。
我々は裸で生まれてきて、裸で死んでいくわけですから。

よくお金はたくさん使ったほうがまた入ってくるっていう話があると思いますが、
不思議なもので、手放せば手放すほど戻って入ってきますよ。
執着すればするほど入ってこなくなるんです。
これは本当です。
だからケチケチしない。
お金だけの問題じゃなくて、ちょっとしたことでも。
心から喜んだりとか。
そういうふうにすることでまた入ってきますから、絶対そうですね。
守りはよくないと思います。

ブログのニックネームにもなってる言葉だと思うんですけど、どういった気持ちをこめて?

克己心ですね。自分に打ち克てるかどうか。
トップアスリートの人たちは、例えば、ゴルフの石川亮くんが、「明日の試合相手はタイガーウッズですけど、どうですか?」って聞かれて、
「自分の仕事をするだけです。」って、当然、言いますよね。
「あの選手を倒しますよ」って、無理じゃないですか。格闘技じゃないし。
個人プレイなんですから。結局そういう事と同じなんですよね。

いかに、自分を客観視できて、弱い自分に打ち克つかです。
人にどうみられるかどうかではなくて。
自分の敵は自分にしかいないんです。
「だから外に敵はいないんだよ」で、己に克つしかないんですね。
僕は、遠回りしてきましたからね。

だから、この言葉を自分に落とし込んで、この道でいく!と決めてるんです。
ただ、この言葉自身のエネルギーが強いです。
なので、主題は「すべては良き事のために」とつけています。
起こる事は全部、自分にとって良いことなんです。
良いこともそうでない事も脳の判断にすぎません。
良くない事が来るならば、それも自分の成長になるのです。

それを、ポジティブに受け取めて前進する生き方を自分の道としています。

今日はどうもありがとうございました!


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指す。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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