19人目 久保ひろしさん:ドリームインテリジェンス株式会社

久保ひろしさん
会社名 ドリームインテリジェンス株式会社
URL http://dreamintelligence.com/
公開日 2010年03月23日

今回の旅は、ドリームインテリジェンス株式会社の久保ひろしさんです!

29歳の時は何をしていましたか?

29歳の時は借金返済をしていました。
29歳の時は東京に出ようと決めて、10ヶ月ぐらい準備をしてから東京に出てきました。

元々ご出身は?

神戸です。

神戸から東京に出ようと思ったきっかけというのは何かあったのですか?

21歳から自営業をやっていましたので、自己流。つまり、こんままでは自己流はいつか「事故」を起こすだろうと想ったわけです。
上手くいくときはうまくいくけど、うまくいかないときにはうまくいかない。
うまくいかなかったときの耐性を学んでいなかったり、人の意見を聞き入れたり、人に頭を下げるということをしたり、協力を仰ぐとかそういった事が出来なかった20代。
お金を稼ぎたいと思って稼いでいました、でもお金を追いかけていって、何のために稼ぐのかという目的が無かったんです。あったとしたら自己中心的なこと。
そのことで、自分が自分のためだけに使って、未来にも使うことなく、周りの人に対して投資をすることも無く、浪費をしていました。
このままでは自分が駄目になるということが漠然ですが、わかっていたんです。
その時に改めて自分が頭を丸めて、修行させてくださいという人に出会い、それが東京に出てくるきっかけとなったんです。

自営業をされていた時は具体的にどのようなお仕事を?

害虫駆除清掃業という3K(危険、汚い、きつい)の仕事と、それと情報通信機器の販売のお店をやっていました。
うまくもいきましたし、売上も上がりましたが、結果、うまくいかなかったんです。

それで借金を?

云千万という借金を27歳の時につくりました。それを返済していくプロセスで、やりたいことをやるのではなくて、稼ぐことをやらなくてはいけなかったんです。

当時私は、夢を追いかけている人には興味が無かったんです。リアリティがなさ過ぎて。
生きている土俵が違いましたし、できたらいいなっていうレベルじゃなかったんで。
やるしかないっていうところの中で生きてきましたから。

29歳から30歳に切り替わる誕生日の思い出は?

なかったです。そんな余裕もかなったです。
覚えているのが、自分が30歳の時に、ちょうどその時にのちに師匠となる人に出会っていました。
「ああ、こういう風になりたいな」ってはじめて思った。

お会いしてからはどのように行動が変わっていかれたのですか?

いや、あまり変わらなかったです。
研修受けても挨拶もしなかったですし、腹を立てていたんです。

腹を立てたって?

そうなんです。
「凄い!」って思ったんです。
挨拶も行かなかったですし、名刺も交換もしていません。研修の時は後ろで腕組んで聞いてましたから。

ムスッとしながら聞いてたのですか?意外ですね。

それぐらい自己概念が低かったんです。
あるいは意固地になっていたり、いじけてたんです。
なぜなら、やれてるんですもの、向こうは。
お金を持っているし、言いたいこと言ってる。
自己実現してるんですよね。あまりにも出来すぎてて、凄いなぁと思ったんです。

でも、このとき、はじめて頭を下げようとも思いました。他人に対して。
自分が漠然とした不安を持っていて、化けの皮が剥がれることを29歳ぐらいの時に感じていたから、今だったらまだ間に合う。だったらゼロから再スタートしたい!と想いました。

よく言う言葉ですけど、「人生は出会いで決まる」
自分もそういうきっかけを沢山頂いたので、だからこそ僕もそういうきっかけを提供できる人間になりたいと想いました。

20代のときに振り返ってみて、最大の分岐点は?

27歳の時です、神戸、大阪、京都、東京と営業所があり、それを全部閉めて。ワンルームに引っ越して。スタッフも去っていって、自分1人になりました。
それでも返済をしていかなければならない状況の中。
今から思えば本当に無知でした。
無知だからコストを支払ったんですが、27歳の時に改めて自分が負けたと。
心の中でバキッて音がするほど折れましたね。
情け無いし、格好悪いし、どうしようもないし、惨めだし、お金も無い。

ただ、壁に目標だけを貼り続けていましたね。

ちなみにそこには何を?

売上、年商の目標とか。
それが妙に空しかったんですけどね。
1人。夜中2時くらいだったと思うけど、見ながら、

「ああ、俺負けたんだな」

ってしみじみ想いました。

自己破産はしないって決めていたのですか?

格好良く言うとそうだけど、知らなかったんです。返すものだと思っていましたから。
結果、良かったけど。コイツ返すやつなんだなって思われていましたし。

その時の自分と今の自分をいつも比較してきました。いつもいつも。
情け無いでしょ?格好悪いし、惨めだし、その時の自分が今の自分を見てどう思うかをね。

何故なら、失敗した自分を肯定してあげるれるのは、唯一僕しかいないから。

あの失敗があったからこうなった。って言わせてあげないと可哀想過ぎる。
そういうところが僕のモチベーションの源。
こんちくしょうパワーになりました。

だから自分とばかり会話してきました。
サボりたいし、楽したいし、ズルしたいし。
その一方で豊かになりたい、成功したい、人に色んなことをしてあげたい。
その願望と願望がぶつかっていく中でどっちを選択するかなって思ったときに、
その時の自分を肯定してあげれるのは僕しかいないんだ。
踏ん張って、悔し涙を1人で流した過去の自分が、今の自分に対して、
「あの時のことと比べたら今は全部幸せだから」
といつも応援してくれていました。
そしたら、どちらを選ぶかは明確にわかるんです。

そういう目で見たときに自分のモチベーションが下がるとか下がらないとか一切無くなります。
そんなことしてることは、暇だもの。
モチベーションが上がるだとか下がるだとか。
そんなことはどうでもいいって思っています。

20代のときにこれうまくいったな!という思い出は?

23歳から27歳はめちゃくちゃうまくいきました。
お金が入ってきたし、月に300万くらいは自由に使っていました。お姉ちゃんに(笑)。
やんちゃしていましたね。
車も買って、乗って。遊んでいました。
23歳で結婚して25歳で子供が生まれてしましたが、、
その時が一番家に帰らなかったと思います。
周りが見えてない。俺凄いんだ!
って思っていましたから。結果出してるでしょ?って。
その時に謙虚になって次の未来だとか、自己投資とか、能力の開発をしていたら違ったと思いますけど、それが、そのときの、自分の器なんだと思います。

元々起業をされたきっかけだったりというのは?

21歳の時から自営業をはじめました。
サッカーを志してて、サッカーで夢を描いて。
社会人サッカーでプロになりたい想いがありました。でも夢が破れたのが20歳の時。
その時に夢破れて浮浪者を経験しました。3ヶ月ほどでしたけど。

でも、そのとき、浮浪者の人から説教されたんです。
「お前はここに来ちゃ駄目だ!」
「まだ勝負していないんだろ?勝負して敗れた人間だけがここに来るんだ。お前はここに資格が無い!」って怒ってくれたんです。
その方は、神戸大学出身で。
このときの出会いにも今では感謝しています。

わかりました。と言って、
私が、その時に自分が考えたのが、
社会に一番役に立つ人間って何だろう?ということです。
世の中に成果を出している職業って政治家かなってふと思いました。
その時のボキャブラリーで。
そして、政治家を志すわけです。単純でした。
30歳で市会議員。40歳で県会議員。60歳で国会議員になろうって決めていました。
安直なんだけど。ホント子供ですよね。
30歳で市会議員になるためにはお金と人脈と経験がなきゃいけない。
それを一番得れる職業を考えたら、経営者だったので、経営者を志しました。

経営者があったわけではなくて、その先があってということだったのですか。

そうそう。20代は儲けるとか稼ぐとか、やり方にフォーカスが凄く当たっている人生でした。
どうやったら儲かるんだ?これ儲かるな?
そんなのばっかりいつも考えていました。
今もそういう癖は抜けないときがあるけれど。
自分は今、人材の教育を通じて自分自身の自己成長と共に自分と関わった全ての人の成長と成功。
そういう貢献をしていこうと思っています。
だから、立ち返る事が出来るんですが、20代の頃は立ち返れず、お金に振り回されてました。
30歳の時に、なぜ自分が豊かになりたいか?って質問された時に、答えられなかったんです。
なぜ成功したいのか。曖昧でした。
子供がガンで、子供の入院費用のために1000万円が必要だ。って稼いでる人と、
ただ稼ぎたい!って言ってる人であれば、
問題が出てきたり、障害が出てきた時にそれを諦めたり乗り越えたりする、量とかスピード、最終結果が絶対に違うんです。
よく言われる「ミッション」という「何のために生きているのか」と同じように、自分が何のためにそれをやろうとしているのか。
目標思考から目的思考に変わったのが20代から30代でした。
だから恥ずかしいしね、20代のこと言うのって、格好悪いし。
でも今では、格好悪いは格好良い。とも思っていますけどね(笑)

では、話を今に戻して今やっていることとか今目指していることの話を聞きたいのですけれども、今はどういったことを?

この3月末で2004年4月からこの会社を興してちょうどまる6年。
モノの付加価値を追求する会社としてドリームインテリジェンスという会社、夢の情報を売る会社、商売人の人たちや商売に役立つ情報を必要としている人に必要なモノを届けるという会社を興しました。
提供する人やそれを売る人、買う人、それは全部、「人」
人が付加価値の向上をしない限りモノが流通しません。
モノだけではなくて、モノと人の付加価値の向上をしていかない限りは事業なりビジネスは発展していかないなっていうことがわかり、自分達が人やモノの付加価値の向上に寄与する。
それを研修やコンサルティングを通じてお客様の問題を解決しています。

個人であればパーソナルバリューポイントという講座を開いて、その人の価値を10倍にするという講座をやっています。
その人の何が一番のバリュー、付加価値なのか。
人は自分のことがよく見えていなくて、よく言われることは

「魚には水が見えなくて、鳥には空気が見えなくて、人には自分の心が見えない」

じゃあ見えている人はどんな人かというと、自分の志を持った良質な人を仲間に持っているか。或いは、自分自身が本当にこれを実現していきたいという目標を持っている人。

目標は鏡にもなるし、自分の仲間は全部鏡になります。
そういう鏡を使いながら自分自身の何が強みで何が人に影響を与えられているのかということをまず知ってから、人に影響を与えていきます。
話し方から、伝え方から、自分の中の強い弱いのレベルではなくて、言語化までを徹底的に講座でサポートしています。

実際に研修をされたり、色んな方とお会いされたりしていると思うんですけれど、今まで会ってきた中で何か感じることはありますか?

悩んでいる人が凄く多いです。
皆悩みは複雑ではあると思うけど、もちろん僕も悩みは無いわけではないです。
けれども、悩んでいるってエゴだなだと思っています。

エゴですか?

悩んでいるってことは自分1人で何かをして、何もしていない状態で悩んでいるわけでしょ。
それは、つまり暇であって、その時間あるわけで。
忙しい人は悩む時間さえ与えられないから。
暇なことに気づけばいいって思います。きつい言葉だけど。
それぐらい勿体無いなって感じるんです。
悩んで悩んで悩むことって大事だとは思う。
でも悩んで終わってて、何の意味があるんだろうって。
だから悩むんだったら人の悩みに悩んだ方がいい。とね。

人の悩みに?

自分のことで悩んでいるのは暇か、それともせこいか。
って僕は自分に言い聞かせています。
だって人のために何かしていないわけでしょう?その瞬間。
僕は仕事は人の役に立つ事が仕事だって思っています。
ビジネスで何かをしているっていうのであれば自分のことで悩む前に人のことで悩むのを一緒に悩む方がいい。
凄くそれを思いました。
20代のときに自分のことしか考えていなかったんで、僕が。
だから僕がお客様に言うのは、「暇なんですね」「暇でしょ」って。
自分の能力を誰に使うかでしょう?誰に使っているんですか?
って聞いても大抵は自分のことだけ。
だから豊かにならない人が沢山いるし、あなたのことを必要としている人が要るのに、あなたは気づいていないでしょう。と問いかけいます

暇ですねって言われて普通怒る人が多いかもしれないですよね。

やっぱり、みんな自分がやれないことって想像できないんですね。
やりたいはずだし、こんなことしたい、あんなことしたい、でもやり方がわからない。
やり方って凄く大事だし、どんな風にやっていくかで時間のロスやお金もかかります。
でもやり方の前に
「やるって決めているのはあなた?」
っていう話だと思います。

僕がそうだったけど、儲かるからやろう、儲からないからやめようとか、或いは、これやりたいことじゃないな。ってコロコロ変わってたら自分の中で自信なんてつくわけ無いんです。
もっといえば、世間や周りや社会はそれを、しっかり見ています。
ああ、何かやっているんだな、面白いですね。みたいな。
遠巻きでは苦笑いしながら見ているはずです。
でも中に入って本気でコミットしてやるかっていったらやらない。お金も突っ込んで、自分の労力も突っ込んで、自分の人生を突っ込んでやるかっていったらそこまでやらないんですよね。そんな人に。本気っていうのはそこだと思う。

人も体も時間も労力も突っ込んではじめて本気だと思います。
儲かるからやる、儲からないからやめるっていうレベルでやっているわけじゃない。僕は。
自分がやりたいことをやれなくなった瞬間っていうのがあるから。
お金のためにやらなきゃいけない状態。20代に経験した時に、それほど辛いことって無い。そういう意味で言ったら、今はやりたいこと、好きなこと、自分が本当にワクワクする。そのことをやっているのに本気でやらなくてどうするのって。「結果ある」「ない」じゃないっていうか、結果が出なくても結果が出るまでやるしかないですからね。

「やるからできる(笑)、本のタイトルです」

今の会社が4月から7年目に入るっていうことで。
今後どういった発展をしていこうっていうビジョン的なものはありますか?

組織を拡大していこうというのは、あまりイメージしていなく、しているのはこの会社から10人、社長をつくっていこうって思っています。要は社長が育つ会社です。

10人ですか。

僕を入れて11人、ちょうどサッカーって11人でしょ?
僕自身の50歳以降の夢の一つの中にブラジルのサッカーチームを持つっていう夢があります。
だから。11人だったら何か見えてくるものがあるかと。
極々パーソナルな夢の一つではあるけど。
後はこの日本っていうところで見たときに、今年は香港、カンボジア、ベトナムで仕事をしいこうと決めています。
今、ドラマで龍馬伝やってますよね?
その龍馬伝の龍馬が黒船を見た瞬間と同じようなことを僕はカンボジアやベトナムで見てきました。
だから、日本人が日本って凄いんだ!とか、そんなレベルって本当に小さいと思います。
砂浜の砂粒みたいね。
そんなことじゃなくて、東南アジアでまだまだ新興国じゃない発展途上国がある中で、日本の役割って大きいのに、そこが見えてないなと。
自分達のことだけっていうのがすごくあるなぁって思っています。
先月ベトナムで講演会をしてきたんですが、自分の本の「やるからできる」というテーマで話をしてきて、約300人の参加者が、全員が日本語で読んでてくれていました。
彼らは、「良くなりたい、豊かになりたい」と日本に羨望の眼差しを持っていて可能性を持っています。質問タイムでは全員が手を上げてきて、質問攻めになりました。
そんなベトナム人の彼らの家まで遊びに行き、驚いたことは、彼らの部屋の壁に。

「僕の夢は第ニのホンダを作ることだ、第ニのトヨタを作ることだ」

と。
今の日本にそんな若者がいると思いますか?

多くの日本人が「何かをしてあげたい」って言う時に、力が無いんですね。
力が無いってことで、それに対して悔しさを持って自分が何をしているって事がちゃんと言えなきゃ駄目だと思います。僕が20歳の時に「ナポレオン・ヒル」を読んで、成功哲学を読んだ時、ナポレオン・ヒルはアンドリュー・カーネギーに依頼されたわけですよね。
「100人の経営者と会ってその100人の人は何故、成功したのか」と。

多分、この浅井さんの経験は、すごく活かされると思います
浅井さんがこのインタビューする相手はこれからは、もっと超一流の人たちにインタビューできる自分になり、たくさんの若者に影響を与えてほしいです。
誰にどのくらい影響を与えているかは、おそらく、僕達は4000人とか10000人レベルじゃないでしょ。
そうなると、
もっと10万人、100万人に影響を与えている人にインタビューしないと価値無い。
そう思います。
そのために自分が知恵を絞るわけです。
知恵を絞って、どうしたらこの人にインタビューしてもらえるかっていうところに修行があるんじゃない?
それが全てあなたのスキルとなり、ノウハウとなり、振り向いたらそれが自分のコンテンツになっているはず。
今でも十分コンテンツにはなるとは思うけれど、100人の人達にインタビューしていくプロセスでその人たちがうまくいく考え方、それから物事の捉え方、成功していくためのスキルを学んでいるわけだから。

最後の質問です。
20代のときに特に影響を受けた人や本はありますか?

20代のときにフォーバルの大久保社長に影響を受けました。
凄く影響を受けて、その後に船井幸雄先生、京セラの稲盛さん、自分の師匠も勿論。
一番自分が尊敬しているのは松下幸之助さん。
すごく沢山の本を持っています。マニアです、マニア。
涙が出ます。こんな風に捉えて会社をやるんですね。
あの人は生前に「水道哲学」といって、自分の会社の事業計画を300年分作ったそうです。
全てのインフラの中に松下電器は参入していくんだ!と。
松下さんは、
「成功した理由は何ですか?」
ってインタビュアーが聞いた時に2つ答えたそうです。

「私は小学校中退だから、学歴はなかった。だから頭のいい人に聞いた」
「もう一つは体が弱かったから、皆に働いてもらった」

その中で見たときに、僕達はうまくいかないときに言い訳をする傾向が強いけど、言い訳じゃなくて松下さんは、頑張る理由にしているんだと思いました。

それが成功者のメンタリティ。
だから、僕もそうなっていきたいと思います。


ありがとうございました!

ママチャリで日本一周している経営者
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指しています。ほぼ一周を終えつつ、ゴール目前で、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人の理事として活動中。
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