22人目 武田貴之さん:有限会社mid

会社名:有限会社mid
URL:http://www.mid.gr.jp/
公開日:2010年04月04日


今回の旅は、有限会社midの武田貴之さんです!

29歳の頃、なにをしていたか覚えていますか?

めちゃくちゃ仕事してました。
ちょうど、今の会社が3年目くらいのときで、
新規事業を立ち上げたんだけど
下降しだして、バタバタしてました。

どのような新規事業を?

リクルートのホットペッパーってあるでしょ。
同じ時期に同じような事をやっていた。
で、うちの地域(平塚)には、
リクルートは出てこないっていってたから、
ガツンと2000万円位借りて、はじめた。
そしたら、まあまあの売上。
でも先行投資がでかいし、
何年もトントンでいけるほど余力もない。
これはまずいってことで、ワシャワシャやってた。

ワシャワシャって(笑)
お金に余裕は無かったんですか?

全然。
お金借りた次の月から返済がはじまるでしょ。
うまくいかなくて。
会社をたたんだ方がいいかな。
って、薄々思いながらやってた。

29歳から30歳に切り替わる誕生日の思い出はありますか?

めっちゃ覚えてる。
みんながお祝いしてくれたから。
社内でお祝いしてくれて、

「俺30歳になったんだ。」

って。基本、誕生日とかって覚えてないし、
自分が今何歳なのかも気にしてなかったから、
ケーキとかプレートも作ってくれて。
嬉しかった。
でも、正直、この頃は、

「やべえっ!」

て気持ち。
借金もあるし、うまくいってないし。
この後にダメージがさらにでかくなって、
傾きかけるわけですよ。
こういうときに

「社長って自殺するのかな」

とか思った。

そこまで追い込まれて、
相談する人とかはいなかったんですか?

いなかったね。
家で仕事の話、しないんで
誰にも言ってないし。

犬にしか喋れなくて。

実家に行って、ダメもとで

「お金かしてくれ」

と言ったんだけど、

「あるわけないでしょ!」

万策つきたわけ。
しょうがないから犬と喋ってた。
俺はどうすればいいんだ?って
ばあちゃんの家にいったときに、
仏壇の前で涙が出てきちゃって、

「助けてくれ。」

って。そこではじめて折れそうになった。
だけど、かあちゃんが生命保険に入ってて、
そこから100万貸してくれて。
100万円じゃ何の足しにもならないけど、
一応借りて。
そしたら、お客さんに何も言ってないのに、
入金日よりお金を早くいれてくれる人がいて。
それでなんとかなった。
一番苦しい時期だったから、
29歳とか30歳とか、
考えてる暇はなかった。

どうやって潰さないようにするか
必死に考えていた時期だったんですね。

多分、潰した方が話は早かったんだけどね。
変な借金あるわけじゃないし。
でも、このときに気づいたのが
フリーペーパーって容量がきまっていて、
お客さんに伝えたい事を伝えるには、
容量が小さすぎる。ってこと。
それじゃあ、チラシに専念しよう!

「チラシしかしません!」
「集客の手伝いをする会社です!」

ってチェンジをした。
そこからはなかなか評判がよかった。
当時の話を今の会計士にきくと、

「本当に潰れたと思った。」

って。
立ち上げる前は大反対されてたんだけどね。
反対されれば反対されるほどいい
っていう話があるじゃない。

あれは嘘だから。

反対される意見を聞くべきだった。
なんでもできると思ってたし、
俺のアイデアはばっちりだとか思ってたし。

なぜ起業しようと思ったのか。
動機を教えてください。

16歳のころ喫茶店で働いてたとき、
夜になるとサラリーマンのおっちゃん達が来て、

「お前16歳か!いいな若いな」

って、全員言うわけ。
みんな後悔してる話をしてたの。
それをみて俺は、

「そうなりたくない」

って思ったんだ。

「若いころに戻りたい。」

なんて言ってる生き方を
しないようにしよう!
って思いはじめて。

で、最初に社長になろうと思ったのは19歳のとき。
19歳のときは新宿にいたんだ。
浄水器の訪問販売。
先輩とか何人もいたんだけど、
全員をバカにしてた。
それをそっこう見抜かれて。

「お前はもう人間のクズだ!」

って言われて。
昼間はなぜか社長に

「ミット持って打ってこい!」

とか言われて。ミット打ちしたり。
その人は寺とか神社とかで修行したことがあったらしくて、
色々と話もしてくるんですよ。
話を聞いては凹んで。
で、ある日、

「わかった!俺自分でやればいいんだ!」

って、思いついて。
その日に辞めたの。
でも、怖くて言えないから、
手紙書いてバックれた。
そしたら家にバンバン電話かかってきて。
おそるおそる電話出たら、

「アホかー!」って。
「お前なんか別に、キャラクターでとっただけ。」
「調子のんな!」

とか、全部本音言われて。

お寺とか神社で修行した人の言葉とは思えないです(笑)
それでいよいよ社長になろう!
って気持ちになったんですね?

そう。でも、最初はバイトをするわけ。
ピアノの運送。
その後も色々とやったけど。
大体、運だけできてる。
そんなに苦労とかしてないんじゃないかな。
潰れかけて大変だったくらいで。
なんで、自分でやろうかと思ったのは、
やっぱりやりたい事を、
やりたいようにやりたい。
っていうのと、
あと俺は、朝が苦手だから。
勤められないわけ。

起きりゃいいじゃん!

っていう簡単な話じゃないんだ。
俺の場合は、重症って思ってる。
サラリーマンになると急に起きられなくなる。
反逆心みたいなものかも。
社長って楽チンなもんだと思ってたので、
楽したいっていうのが一番の理由だった。

どうやったら楽して稼げるか。
貧乏だったからね

具体的な目標はあったんですか?

当時は漠然と1000万と思ってた。
1000万円も貰うようになると、
さらにもっと増やそうと思う人とか、大勢だと思うけど、
俺はそう思わなくて。
これくらいでいいやみたいな。

お金を稼いでどうっていうよりも、
自分のやりたいことやれて、
そこそこお金をもらえて。

っていう環境の方が居心地がよくて。
変に新しい事をはじめるよりも、
存続させる方が大事だな。

って考え方に変わっていった。
今のテーマは、
うちの会社を100年くらい続く会社にして、
俺は2000万くらい貰っとけばいいかなぁ、みたいな。

もっと拡大思考があるのかと思ってました。
もっと大きくして、もっと稼ぎたい。とか、無いんですか?

全然。大きくなればなるほど忙しくなるし、
あんまりやりたくないんだ。仕事。
ベースが怠け者スタイルなので。
それを正当化するために、色々考えたわけですよ。
社員に主体性を持って動いてもらいたい!
とか。
でも結局俺が楽したいだけ!みたいな。

俺の今の役目は経理。

もし今、腕利きの経理が入ってきたら、
俺の仕事は全く無くなる。
だからなんとか、この仕事を死守しなくちゃいけない(笑)
30歳過ぎたくらいから、
俺の力だけでやってきたんじゃないんだな
って気づきはじめてから、
ちょっとまともになった。

それまでは、俺のおかげだ!
くらいに思ってたから。

会社にも感謝の態度で接するようにしたら、
会社も良くなって。
っておもってるのは俺だけかもしれないけど、
俺はそう思う。

社長として、結構反感を食らったりしたんですか?

ばりばりですよ。
すごく偉そうだったし。
社員が「辞める。」とか言ったら、
「いつ?早めにいって。次の人探すから。」
みたいなタイプだったし。

周りの存在、感謝に気づくのに
人からのアドバイスとか、きっかけは、あったんですか?

あった。セミナーだね。
名刺交換して2回くらいしか会ったことない人から、
急に電話かかってきて。

「武ちゃん。これ行ってくんない?」

みたいな感じで。
めっちゃ怪しかったの。
そういうの大っ嫌いで。
でもわざわざ言ってきてくれたし。
それがありがたかったので、

「いいっすよー」

って、即決したわけ。
で、よくよく聞いたら、
一週間泊り込みのセミナー。

「うわーめんどくせー」

と思いながらも、
なんとか行くんだけど。
行って、いつバックレようかなぁと思ってた。
3日目くらいでどうやって帰ろうかって思ってて。
4日目の朝、
6人のチームだったんだけど、
俺以外の5人全員
俺を見てることに気づいたわけ。
みんなもう、一通り終わっててさ。
すっきりしてるわけよ。
俺は、

「こいつら俺のことウザイって思ってるんだろうな」

って思ってたの。
ずっと無視してたから。
一言も喋ってないし。
で、何言われても、

「あんたらは問題あるかもしれないけど、俺は別にないし。」

って、態度だった。
でも、みんなをよく見てみると、どうもね、
俺のことを心配してるんだよ。
敵対的な目ではなくて、心配してくれてる目。
そこで俺、

「今までそうやって生きてきた」

ってすごく思って、すごく申し訳なくなって、
みんなに謝ったんだ。

「すみませんでした。」
「俺はそこを気づけなかった。」

って。
そんな人間に色々と力を貸してくれたり、
手を貸してくれたりする人は凄く沢山いてさ。
ありがたく思ったし、申し訳なく思って。
それで素直に生きよう。
って思ったのね。

大きな変化だったんですね。
会社に戻られてからも変化はありました?

会社戻ってからみんなびっくりしてた。
「滝にでもうたれてきたか?」とか。
本当に酷かったから。

本当に自分以外の人はモノとして見てたし。
たまたま、周りのみんなが年上だったから、
なんとなくバランスを保ってはいたけど、
あれが下ばっかりだったら、って思うと、
みんな辞めてるね。

いつ帰ろうか。と思っていた人間が、
気づけて変われるんですね。
それまでは本などで勉強したり、
変わるきっかけは無かったのですか?

まったく読んでない。
バカでもわかる決算書的なものは読んだけど。
最近は凄く読むようになったよ。
最近っていても、ここ5年くらいかな。
箱の本(「自分の小さな「箱」から脱出する方法」)があるでしょ。
あれに出会ってから、また読まなくなった。
箱で全部すむわ、みたいな。

成功した社長の本とかあるじゃん。
ああいうの好きで。
現実逃避という感じが好きで良く読んでたけど、
最近はもっぱらワンピースですね。
ワンピースとナルトしか読んでない。
あ、あと、水滸伝かな。

20代の夢は、なんでしたか?

夢は、なかったかなぁ。

今の夢はどうですか?

夢はね、こういう生活を続ける事と、
プロゴルファーになること。

おっと!(笑)

俺、シニアプロでデビューしようかと思ってる。

本気で狙ってるんですか?

うん。

笑ってすみませんでした。

年間2勝ぐらいしてさ。
2000万ぐらい貰えるでしょ。
すごいんだよ!
優勝すると。
夢、あるでしょ。
で、結構、長い歳まで、できるしさ。
副業としてプロゴルファーをやるの。
「来月のツアーはセミナーだから無理だ!」
とかね。
そんなノリでいこうかなぁ、って。
新しいでしょ?(笑)

シニアプロだとさ、
みんな知らないし、
なるべくこっそりとやりたいわけ。

ゴルフにはどうして目覚めたんですか?

ゴルフはね、全く一生やる気がなかった。

「何がおもしれーの?」

って思ってた。
政治家のコンペが、
田舎町だと結構あってさ。
ある時、その実行委員を、若い衆がやれ!っていわれて。
そのとき200人くらいのコンペで。
もうね。

蹴ったら死ぬんじゃないか?
みたいな、おばあちゃんとか、いっぱいいて。

で、負けたの。

200人中ぶっちぎりでビリだったの。
それ、デビュー戦なんだけど。
おばあちゃんとかにも負けて、
悔しいと思って始めることにしたの。

負けず嫌いからはじめたんですね。

そう、単なる負けず嫌い(笑)
周りは結構、何年もやってる人多いし、
敵がたくさんいるわけ。
よし、こいつを倒した。とか言って、

ドラクエみたいな感じ。

だいぶ今、ボスまで近づいてきた。
めちゃくちゃ練習してるもん。
来年は、神奈川アマに出るつもりだし。
本当は今年出たかったんだけど。

そういう社長の生き方って、ありですね。
副業としてプロゴルファー。

社長っていう意識がないのかもね。
社長って自分で事業起こして
会社をまわして、
スタッフ動かして
っていうイメージがあったんだけど、
それは正反対だっていうことに気がついた。

どうしても、できる人とできない人がいるし、
できない人をできるようにしなきゃって思ったり。
会社のスタッフにランクをつけるような意識がずっとあったんだけど、
赤ちゃんのときは、
箸をもつことはできないけど、
そのうち持つだろう、みたいな。
だから、全員フラットなんだ。
っていうふうに気づいて。

その人たちが自分の力を
120%出せる環境を作るのが経営者の仕事なんじゃないか。
って思って。
それで前線にでることをやめて、
環境作りをしようって思ったのね。

20代のころはホント、人の上にたちかった。
お金もそうだし地位もそうだし。
誰と会っても、
俺より上か下か。給料が上かどうか
しか、見なかったからさ。

では若い人や、元気のない人たちに向けて
アドバイスとか、ありますか?

ないです。
昔は、いいアドバイスをしなくちゃいけない
とかあったんだけど、
今はもう、そういうのはおこがましくて。
好きなようにやってください。
だから、アドバイスはないなぁ。
頑張ろう一緒に。みたいな。

座右の銘とか、常に意識してる言葉
最後に色紙に書いてもらってます。

ないんだよなぁ。
こういうのを書いてって言われると、
いいことかかなきゃとかさぁ、
そういう変な事を思いだすから。

これはどういった気持ちを込めていただいて?

まさにこのまま。
なんかね、今日みたいに時間をとって、
こういう話をすることもないし。
こういう経験をさせてもらって、ありがたい。
修行の場を与えていただいてって。
本当に酷かったから。

もう嫌なんだよ、昔みたいになるのが。
そうならないように、したい。
っていうのが常にあるんだよね。

今日はどうもありがとうございました。