23人目 古市哲尉さん:株式会社ベストプランニング

古市哲尉さん
会社名 株式会社ベストプランニング
URL http://www.bestplan.co.jp/
公開日 2010年04月08日

今回の旅は、株式会社ベストプランニングの古市哲尉さんです!

早速ですが、29歳のときは何をされていましたか?

その時はもう会社を経営してました。
私は高卒なんです。
高校卒業してそのまま18歳の時に
某大手通信企業に入り電報配達をしていたんです。
大きな組織って、
入社した時からレールが決まっているんですよね。
この某大手通信企業は
4本のレールがあるんです。

A採用、B採用、C採用、D採用。
一流大学の人達はA採用。
二流の大学だとB採用。
三流大学はC採用。
高卒はD採用。

このレールからは抜けられない、絶対に。
私は一生
「D採用」
っていうレールがついてくるんです。
そうするといくら頑張っても
その大企業の社長にはなれない。
そういう決まったレールに耐えられなかった。

僕も大手の雰囲気が嫌で、
大手音楽放送企業をたった2ヶ月で辞めて、
その後、ベンチャーばかりでやってきました。
レールが敷かれているのは、僕も耐えれないかもです。

さらに評価も正当じゃないんです。
後から入社してきた若い大卒の人たち
彼らはどんどん出世。
我々高卒は中々上げてもらえない。
そして6時に仕事終わって帰宅して。
また朝出て行く。
そのパターンのサラリーマンの仲間、同僚、おじさん達。
そういう人達を見ていて、
25歳くらいの時に結構悩んでいました。

「自分の人生これで終わってしまうのか」

すごく、苦しくなったんです。
我慢できなくなって、辞めようと。
辞めるのが先だったんです。
別に会社を興したかったわけじゃない。
起業を目標としていたわけじゃなかったんです。

なるほど。
当時、結婚とかはされてたんですか?

20歳で結婚して、子供も、もう生まれていました。
26歳の時には長男6歳、長女が4歳、
そして女房と3人扶養していたんですよ。
「辞める」って宣言してから2ヶ月の間に、
色んな方に相談したら、ある印刷会社の社長が、

「まずは版下屋をやれ!」

と。要はデザインとかの元になる仕事。
印刷の元になる文字が並んでいる原版を作る作業です。

「これは儲かるぞ」と。
それからその社長から色々教わって、
26歳の時に見様見真似ではじめたのが今の仕事の原型。
実家の敷地に6畳の物置小屋があったので、
6畳1間ではじめたのがスタートですね。

起業は目標にされてなかったとのことですが、
20代前半、大手の通信会社にいた頃。
夢とか目標は何かあったのですか?

ないですよね。
そういうこと考えたことがなかった。
一生安泰だな。
って思っていました。
社宅は安いし、福利厚生はしっかりしているし。
食ってはいける。
周りからも

「良い会社に勤めて一生安泰だね。」

って。
でも一生懸命仕事をやっても認めてもらえない。
そこが耐えられなかった。

26歳の頃から社長として。
それから4年後。
29歳から30歳に切り替わる誕生日
何か思い出はありますか?

その時って3人目の子供が生まれてすぐなんです。
3人目の子供が生まれて、

「ああ良かったね」

って言っているくらいのタイミングですね。
私の誕生日にも女房は多分退院してまもなくで、自宅で静養してたかと

私は26歳で創業しちゃったから、
30歳になって、

「夢」や、「やるぞ!」

って気持ちよりも、
日々生きていくので大変でした。
必死。
ただ、その頃、いくつかの出会いがあって、

「会社経営って何?」
「将来をどうしなきゃいけない?」

ってことを、考えさせられる
出会いがありました。

それはどういった出会いだったのですか?

27歳の時に2人の友人と出会ったことが大きい。
1人はGMO(グローバルメディアオンライン)インターネットの熊谷正寿氏。
20代、30代前半まで彼と毎日一緒に飲んでました。
彼の分厚い手帳に、
ものすごい色んな事が書いてあってね。

「20代はとにかく土台作りをし、
30代前半で上場するんだ!」

って。
もう何のことかわからないですよ。

「ありえない!この人、変!」

って思いました。
もう一人は、横浜市長だった中田宏氏。
彼も、ものすごいバイタリティー。
真剣に日本のことを考えている。
出会った時からそう。
日本のこと、どうのこうのって。
俺はまたピンとこないわけ。

ピンとこない2人が近くにいるわけです。

どんどん彼らは言葉に発している事を現実にしている。
常に同じこと言って、
そのために努力をしている。
豪快で、メリハリがはっきりしている。
そういう姿を目の当たりにしていて、徐々に

「自分もこのままじゃいけない」

と思い、将来設計を立てたり、
事業に対する考え方も意識しはじめました。
熊谷氏の紹介でJC(青年会議所)にも入りましたし。
色々な影響を与えてくれました。

名刺の裏を拝見させていただくと、
事業以外にも社会的な活動もされているようですが、
JCでの活動の影響は大きかったんでしょうか?

そうですね。
ボランティアとか社会貢献的な感覚は常にあって
当たり前だと思っているので。
頼まれればやるという姿勢でもありますよね。
NPOの絡みで社会貢献をずっと続けていますね。
最近はじめたものもありますけど
現在は3つのNPOに関わっています。
自然にそういう感覚はついている。
30代の時にずっとやってきていたので。

社会貢献といっても色々あると思います。
その中でもキーワードって意識されていますか?

キーワードはいくつかあると思うんです。

まず1つめは「環境」
それからもう1つは「子供」
それからもう1つは「高齢者」

環境を良くしたり、子供のための仕組み作りとか、
高齢者に向けた対策とかっていうのも
社会企業家が頑張っていかなきゃ駄目だと思う。
政治家も社会企業家の中の1人だと思います。
そういう人たちを支援するのも大切なことだと思います。

3つのキーワード。
20代の頃から意識をされていましたか?

ないですね。私の場合、全て遅い。
そういう感覚が芽生えるということが遅い。
勉強もしていないし。
偶然の出会いかもしれないですけど、
2人にお会いしたのはやはり大きかった。
それぞれ別で紹介を受けたんですけど、
それはもうありがたい話。
色々な人と出会うのかもしれないけど
本当に素敵な出会いっていうのは
もしかしたら数少ないのかもしれない。

でも自分はそういった出会いに沢山恵まれた。
今回浅井さんと私をつなげてくださった小原社長もそうです。
凄く感謝をしますね。

20代のときは「夢」「目標」は
なかったということでしたが、
さかのぼって、10代の頃はありましたか?

それこそ安定した会社に入ることかな。
だって周りが、大人が。
みんな言うんです。

「高卒でも入れるんだから」
「入っておいた方が良いよ」

大人の声を聞いて、それが当たり前だと思って。

確かに、僕の親も同じです。
大きな企業や公務員。
安定しているから!って。

気持ちはわかりますね。
自分の子供、3人いますけど

「独立して、起業したい!」

って言ったら、あまり喜べないかな。
大変じゃないですか。
嫌じゃないけど、

「よしいいぞ!」

とは言わないでしょうね。

26歳から経営者として、
色々と学ばれてきたかと思いますが、
経営者として何かポイントってありますか?

調子の良いとき、景気の良いときって
誰でも出来るんですよ、経営って。はっきり言って。

ピンチの時に
どう切り抜けられるか、
どう耐えられるか、
どう決断できるか

が、本当の経営者だと思うんですよね。
ピンチの時に経営者としての真価が問われるんじゃないかな。
だから今の時代を生き抜いている経営者は凄いと思いますけどね。

これから就職する人や、
現在、新しいチャレンジに向けて頑張っている人も
数多く見てくれていると思います。
そういった方々に何かアドバイスはありますか?

すぐに結論を出したりとか、
諦めたりして欲しく無いですね。

多くの人はなにか嫌なことや辛い事があるとすぐに逃げるじゃないですか。
弊社の信条なんですけど、

「逃げない、あきらめない」

という言葉があるんです。
きっと逃げなければチャンスがまた巡ってくるんですよね。
そこまではやっぱり我慢しないと駄目。

ちゃんとお互い納得して会社を卒業していけばいいのに、
辛い事があると逃げていく人がいる。
そういう人達ってやっぱり駄目なんですよ、その先。
起業したいから辞めていくっていう人、あんまりいないですよね。
信条としていつも意識している言葉。
ものすごく簡単な言葉なんだけれど、
意外と皆出来ない言葉なんです。
これをやると、きっと他からも信用されるし
幸せになれるだろう。
と思っているんです。
だって仏頂面している人より笑顔の人の方がいいでしょう?
街歩いていたって笑顔の人は少ないですし。
結構多いですよ、苦い顔をしている人達って。

この信条を作ろうと思ったきっかけは?

あまり朝礼をやったりとか、
皆が同じことを唱和するのは好きじゃないんです。
でも何かルールが欲しいなと思って。
簡単なのがいいなって悩んでいて。
あと、自分自身に対する戒めじゃないけど、
自分自身がこうならなければ。
っていうことを表しているし、
言う言葉がぶれない方がいいと思ったので。
いつも違うこと言ってるよりは、
言葉がぶれないようにするっていうのは重要だと思ったので。

なるほど。
ぶれないというのは重要だと思います。
失敗の経験はない。とのことでしたが、
逆に成功したな。という経験はありますか?

それもないよね。
まだ成功しているとも思わないですからね。
全然成功の途中じゃないですか。全てが。

ちなみに、成功の定義
ってどう考えていらっしゃいますか?

成功している人ほど
成功した。
って言わないんじゃないですか。

「まだまだだよ」

って絶対言いますよね。
終わりが無いんでしょうね。
ものすごい大会社になっても、
最後、失脚しましたじゃあ、成功じゃない。
そういう会社沢山ありますよね。
逆に浅井さんの成功の定義って何ですか?
色々な社長の話を聞かれて何か良い答えなかったですか?

色々な経営者の方々とお話させてもらって、
いつも思うのが、
答えが無いんです。
だから僕も答えが無い。
終わりが無いんだなって認識してますね。

だから成功は要らないんじゃないですか。
社会に貢献できればそれで良いんじゃないのかな。
成功っていう終わりが無いから。
私は、将来、社会貢献の中でも
スポーツ分野に関して意識があります。
何かスポーツの事業で貢献したいなって思っていますね。

インタビューをしていて、
スポーツ、健康、に
目をむけている経営者の方はとても多いです。

今の子供達、特に都心だと運動する場所全く無いですね。
良くないですよね。
私の場合、1番は自分が知っていること、
自分の趣味のところからいければいいと思って、
1つはゴルフですね。

ゴルフ場経営して子供達には全日無料とかね。
お金かかるじゃないですか、ゴルフって。
そういったものを開放する。

ゴルフって精神的にも鍛えられるんですけど、
ルール、マナーに厳しいスポーツですから。
そういった礼儀もきちっと教え込む事が出来る。
一石二鳥だと思うんですよ。

あとは運動神経が良い人だけが活躍できる場でも無いんです。
運動神経が無くてもそこそこ運動神経の良い人に勝つ事が出来るスポーツ。
諦めずに運動神経が悪い人でもチャレンジできる世界。

あとは本当に冗談ではなくって、
もっと前はプロ野球球団を経営したかったんです。
それこそ今では楽天とか色々ありますけど。
俺はずっと前から、20代のときから

「ジャイアンツは俺の会社の球団だ!」
って思ってました(笑)

熱い夢持ってたじゃないですか!

ありましたね。
球団は持ちたいですよね。
手帳にも書いてありますから。
手帳に書く。
これは熊谷氏の影響ですね。

手帳に書かれるっていうのは意味があります?

そりゃあ絶対ですよね。
忘れちゃうでしょ。
口で言ったって。
書いたりしなきゃ駄目ですよね。
常に持っているものに書いておくのが一番いいと思います。

ここで、同行サポーターからの3つの質問タイム!
1.古市さんがサラリーマン時代から経営者となって、
そこで一番大きく変わったのってなんですか?

ものの見方が変わりますよね。
特に数字。
数字を意識して仕事をするってことです。
サラリーマン時代は言われたことをただ普通に仕事するだけ。
勿論、営業職だったら数字とかって出るけど、
本当の意味での数字っていうのは意識していない。
というのは、自分の数字しか見ないってことです。
経営っていうのは会社全体の数字だったり、
この先の数字も見なきゃいけないですから。

2.自分の目標やビジョンを忘れない為に、
ノートに書かれているとのことでしたが、
それ以外に工夫ってされていますか?

目標を貼ったりとか。
ビジョンは自分の机の脇に貼ったりとかしています。
自宅はさすがに無いですけど。
自宅は寝に帰るだけですからね(笑)

3.モチベーションが下がった時、
自分でモチベーションを回復させる工夫って
何かされていますか?

人と会う。人と話す。
悩みは打ち明けちゃう。溜めない。
特に自分を格好つけずに、何でも話す。

すると良いアドバイスがもらえますよ。

勿論それは同じポジションの人じゃなきゃだめ。
同じっていうのは
経営者の立場とかじゃないと、
ちゃんとした答えは返ってこないってことです。

経営的な悩みを
サラリーマンに伝えたとしても
向こうもピンとこないから。
相談する相手をちゃんと見極めないといけない。
例えば

「今月300万円足りない。困ったよー」

って友人に話す。
その友人が、うち3億足りないんだけどねって。
そしたら俺、

「全然ちっぽけな悩みなんだな」

って思うでしょ(笑)
もっと大変な人は
世の中に沢山いるってことです。
モチベーション下がって、悩みがあったり、
くよくよした時でも
もっと大変な人って沢山いるんだ。
自分のことは大したこと無いな。
って思えるじゃないですか。
この発想を持てたのも最近。
新たな事業へと導いてくれた2人の経営者、
不動産事業を経営している私の偉大な先輩と、
偉大な後輩のおかげなんですよ。
やっぱりキーワードは「人」ですね。
人によっては、
自分で解決できる人もいるのだろうけど。
僕の場合は「人」ですね。

ありがとうございます。
では最後にですね、皆さんに色紙をお願いしています。
ステキな未来にむけて。
そしてこれからの未来を担う多くの人達、大人の人に向けて。
お願いします。

この言葉は、何か大変な困難とか、
どうしようもない事が起きたときは、
流れに任せなさいと。
どうしようもないから。
でも1度立てた目標や志は忘れちゃ駄目だよ。
という意味です。

常に意識されている言葉なんですか?

めっちゃめちゃ意識していますね。
日々、問題ばっかり起きるじゃないですか。
辛いでしょ。
その時はもう開き直るようにするんですよね。
会社が大きくなればなるほど問題も大きくなる。
人が増えれば増える分だけ悩みも増える。
大変な事が起きて、どうしようもない時は
流れにまかせる。

黙ってても夜は明ける。
止まない雨は無い。

これって重要だなって思ってます。
あとは簡単な言葉で

「あせらず、おこらず、あきらめず」

これ森光子さんが言ってたのかな?確か。

そうなんですね。いい言葉です。
今日はどうもありがとうございました!


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:(2018年時点)
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指すこと11年目。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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