25人目 丹有樹さん:ダイタンキッチン有限会社

丹有樹さん
会社名 ダイタンキッチン有限会社
URL http://ameblo.jp/fujisobar/
公開日 2010年05月02日

今回の旅は、ダイタンキッチン有限会社の丹 有樹さんです!

インタビューの前に、社名の「ダイタンキッチン」
そして、お父様が社長の「ダイタングループ」
何が大胆なんだろう?
と、気になって仕方ありません。
もしよろしければ社名の由来を教えてもらえますか?

諸説、色々とありますが、
通説として、「大きい丹」
丹が大きくなる。
という意味で使っていますね。

なるほど。
大胆なのかな?
とドキドキしていましたが、すっきりしました。
これで安心してインタビューできます。
それでは、丹さんの29歳の頃の話をお伺いしたいのですが。

29歳の頃はがっついてましたね。
全日本に一番出たかった時期。

全日本ですか?

テニスをしていたんです。
小学校からテニスを始めて、
大学時代からはツアーに参加しはじめていました。

大学を卒業してからも、
それまでバイトをしていたところでテニスコーチをしていて。

僕は選手志向だったので、
3年間近く、アルバイトしてお金稼いで、
自分で全国のツアーに試合に行っていたんです。
結構がんばっていたんですよ。

だから、29歳の頃は仕事をしながらも全日本を目指して、
結果が欲しくて欲しくて仕方なかった時期ですね。

練習に明け暮れていたんですか?

明け暮れてはいないですね。
ほとんど、週1回か2回。

29歳になる年に結婚したんですよ。

今年で結婚7年目になるんですが、
結婚を機に、富士そばの本業に専業するようにもなりました。

「プロテニス日本」

という会社の仕事も行っていたのですが、ほぼ手を放した時期です。

並行でお仕事もされていたんですか?
プロテニス日本という会社ではどのようなことを?

大学を卒業してから、テニスコーチをしてたんだけど、
当時、一番お世話になっていた先輩が、

「テニス界に夢がない。」

と言って、会社をはじめたんです。
正直、テニスのプロになっても稼げない。

日本の選手、特に男子は稼げない。
という状況が続いていて。だから、

「テニスのプロを目指したい!」

っていう若い子もあんまり出てこない。

この状況を変えよう!

と、先輩がテニスのイベント会社を作ったんです。
先輩に

「一緒にやらないか?」

といわれて、
イベントや大会を作る側で仕事を始めたんです。

大会をつくったりイベントをやったり。
自分も試合をしながら。

それが有る程度軌道にのって、形になった段階で、
富士そばの仕事も少しずつ増やしだして。

イベントの時だけ、テニスの会社をやって、
普段は富士そばの仕事を覚える。
といった事をしていました。

そのような状況から29歳で、結婚を機に、
富士そばの仕事に専念するようになった。
というわけです。

富士そばの2代目として、
仕事をしないわけにはいかないですもんね。
ただ、常に「富士そば」というレールがあったわけですよね?
そこからはずれて
違う道にいきたいな。
といった気持ちはなかったんですか?
僕だったら反発してしまいそうなんですが。

継ぐのは自分しかいなかったので、
嫌でもなかったです。

ただ、実は大学を卒業をするときは少し悩みました。

将来、こういう仕事をするのはわかっていた。
だからこそ、テニスでもなく、そば屋でもなく、
普通に就職して、違う仕事も経験するべきかな
とかって思ったりしたんだけど。

ただ、その時に面倒をみてくれた先輩が、

「道はなんでも一緒なんだよ。」

って話をしてくれたんですね。
「要するに山登りみたいなもので、
どの道から登っても、登った高さから
見える景色は一緒だから。」

って。

あ。いい言い訳だな。
と納得したんです(笑)

「見える景色は一緒」
とはいえ、やはり違って見える気はしますが。

当然。
同じ景色といっても、
スキル的には違う。

でも、心のあり方とか、決断力とか。

いわゆる自分の成長っていう部分ですよね。
やはりフィードバックしていくものは同じ。

スキルに目を奪われると、
全然違う話になるんですけど。

でも、大事なのは自分が成長していくことだと思うんです。

そう言う意味でも、結果的にも
先輩が作るテニスの会社で仕事をさせてもらって。

立上げもやって、潰れるってところまで見て。
っていうのは、経験として大きかったです。

結婚を機に、富士そばの仕事に専念するようになった。
とのことでしたが、
やはり結婚で変わるものなんでしょうか?
自分がまだ独身なのでその辺りの感覚がわからなくて。

そうだね。
自分の中では区切りがあった。

自分がやりたいこと、夢を追ったりとか。
そういった時期が終わって、
仕事をしっかりとやらなきゃいけないかな。
って思うようになったかな。
それまでは僕は、

テニスプレイヤーの生活

をしていたわけです。

行きたいときに試合にいって、
出たい試合があれば地方にも行って。
練習があれば、朝だろうが夜だろうが、練習に行って。
本当フリーランスのような生活でしたからね。

それはイベント会社をやっているときも感覚的には一緒で
会社には行ってるけど、
それ以外の時間はテニスをしたり、
自分の事をやっていたわけ。

その時間が、結婚をすると、
家族。妻。家に帰る時間になるので。
ある意味、窮屈さを感じましたし、
そこに慣れていくには時間がかかりました。

それでは、29歳から30歳に切り替わる
誕生日の思い出は何かありますか?

僕はそういうのは、あまりなかった。
多分、うちの奥さんと食事に行ってたんじゃないかな。
30歳だからどうだとか。
あんまり意識してなかったですね。

なんでだろう?
年齢であまり考えた事ないからかな。

それより目先の仕事に追われていたよね。
それまでが、テニスのイベント屋さんだったので、
そのイベントまでの盛り上がり感でテンションがあがって、
その勢いのままイベントが終わって、
打上げで飲んで、

うへぇ~。みたいな(笑)
それで一息ついて、
また次の仕事に取り掛かって。
そのリズムで生活していたので、
年齢はそのリズムに関係なかった。
日常の中にそういうリズムがあったから。

30歳。
僕が気にしすぎなんでしょうか?

女性は大いにあるかと思いますけどね(笑)

ところで、テニスは今でもやられてるんですか?

やってますよ。
去年から35歳以上のベテランのカテゴリーに出てます。

今度も、あたらしいイベントをやろう!

って企画を進めているところです。

どういった活動なんですか?

経営者のテニス倶楽部ですね。

経営者のためのテニスサークル(仮称)としてはじめたばかりです。
経営者、社長さんをあつめたテニスの会ですね。
色んな企業の経営者さんがテニスに夢中になってる姿。
この姿をどんどん広げていきたい。

さらに週に何回かテニスをすることで、
気分のリフレッシュに繋がったりと、経営に役立つ。
しかもそれが人脈形成にもつながっていく。

そういう情報をだしていけば、

「経営者って結構、テニスやってるよね。」

ってことになってくるんじゃないかな、と思うんです。

経営者ってゴルフってイメージが根強いですから。
テニスであれば、
お金もゴルフほどかからないですし。

そうなんです。時間も少なくてすむ。
さらには、

テニスという分野で憧れを作っていきたい。

メジャーな経営者さんたちもけっこうテニスやってるんです。
そういう人たちを含めて

テニスをしている人たちはカッコイイ

みたいな空気が出来たらいいな、
と思うんですよね。
これからは個人の時代で、
絶対に体力と精神力って必要になる。
だからトライアスロンが、
流行ってきたりしてるわけです。

だったら、テニスでもいいじゃん!

テニスが好きな人は、どんどんテニスをやろうよ、と言いたいんです。

テニスだって体力や精神力をつけれるし、
何より相手がいる。
っていう違いがある。

相手がいるという分、
自分への厳しさももちろん必要なんだけど、
相手の事を考えないと試合って勝てない。

自分がやりたい事をやっても勝てない。
相手を観察しないといけない。
自分のことだけやればいい、と言うわけではないので、
コミュニケーション能力も鍛えていける。
そういうところも考えて、
テニスを広げていきたい。

なるほど。
僕であれば、
自転車をつかって何ができるか。
何を打ち出せるか。
これを上手く考えていきたいですね。

自転車は風を感じれるじゃないですか。
さらには自然を感じる。
自然を感じること。
最近、少ないじゃないですか。

経営者って勘が必要。

自然に触れていると、
そういう勘が戻ってくるんです。
変な話かもしれないけど、
無人島に一週間くらい居ると、
目がよくなったりとかね。
ネイチャーライフとして、
日常と離れた、自然のエネルギーが強いところで、
多くの事を感じることで、
何か返ってくるんじゃないかな。

なんでも気づきはあるわけだしね。

今は大ブームって起こりにくいけど、
小さなブームはわりと起こりやすい。
メディアも飢えているから。
浅井さんのやっていること、
面白いですし、色んなことできますよ!

ありがとうございます。
今までの社長インタビューを通して、
気づいたことがあります。
それは、スポーツをやられている方が多いんです。

スポーツを共通に、
スポーツを通して、

起業家や社会に何か貢献できたらいいな。
おもしろいと思うのですが。

単純にリンクすることはいっぱいあると思いますね。
決断力ももちろんあるし、
視野の広さもある。
うちの父親が僕にテニスをやらせていたのは単純な話で、

「男は仕事にのめりこむと、やりすぎる。」

という理由。
特にうちは飲食業なので、
初期投資に対して回収する金額が300円とか、400円でしょ。
勢いで出店していると、経営が苦しくなりやすい。

スポーツとか、やりたいことをやっておかないと、
やりすぎで失敗しちゃうよ。と。

うちの父も趣味で作詞をしたりしていますからね。
仕事以外のことも持っておいた方がいい。
というスタンスです。
上場企業とかとは違うので。
利益をどんどん出して株主に還元して。とか。
そういうのではない。

変な言い方をすると、
別にここで成長がとまっても、
借金は減っていくだけなので、ある意味、困らないのかもしれない。

でも、やっぱり止まるわけにはいかない。

というのも、中に人が働いているわけで。
成長の止まった会社にいてもつまらないでしょ。

店が増えてくれば新しくポジションが増えたり。
そういう刺激は常に必要。

そう言う意味で、無理はしないけど、止まりもしない。

「常に夢をみれる状況」

は、創っておかなければいけない。

とはいえ、そこに自分の夢を乗っけちゃうのは少し違う。
要は、「潰す」というリスクが出るくらいの、
エゴが乗ってしまうのはまずい。

成功して有名社長になりたい。
みたいな、自分の欲が出てくると、
潰れるリスクが増えてくる。

それをスポーツや趣味の仕事以外の活動で解消できれば。
という考えはありますね。

今後やりたい事、「夢」はありますか?

個人的にやりたいことはあります。
単純に、僕、浅井さんみたいな人、好きなんです。
ていうのは、
「先輩の会社の立上げを一緒にやった。」
という話をしましたけど、
立ち上がりのエネルギーってすごいんですよ。

変化をしていくじゃないですか。
ああいう場に僕は居たい。
最近すごく思いますね。

やはり仲間が創った会社で、
スポーツラーニングという会社も立ち上げから手伝わせてもらいました。

何かを始めようとする人がいて、
その人が変化をしていく。
育っていく。
それを間近で見ながらサポートしていく。
のが好きなんでしょうね。
そういう人達に出会えるようにしていきたい。
関わる場を持っていきたいと思ってます。
コンサルってほど固くなく。

そういう夢は持ってるかな。
もちろん富士そばもやりながらですよ。
僕は人が好きなので、
人を育ててもいきたいですしね。

人を育てたいという気持ち。
テニスコーチの経験がきっと活きてきてるんですね。
では、これからの若い人、
29歳前後の人たちにアドバイスがあれば。

みんな色々と答えを探すじゃないですか。
本当にこれはすごく思うんだけど、
答え探しをした結果、

「答えはどこから出てくるの?」

っていったら、
結局最後は自分の中から出てくるケースが多い。
企業家さんとか、色々な人に話を聞いていみると、

「振り返ってみればこれがやりたかった。」
「振り返ってみれば、自分の人生、これしかなかった。」

とか。
結局、自分らしい生き方をしているわけじゃないですか。

もちろん背伸びしなきゃいけない時期とかもあるんですけど、
それぞれの瞬間、瞬間が
自分の人生そのもの。

だったら、その瞬間を楽しんでいった方が
いいんじゃないかな、って僕は思う。

僕はたまたま親父が富士そばという仕事をして、
そこを継ぐ者なんですけど、
それを嫌がるでもなく、
素直に受け入れて、
それに見合う自分になるように努力をしている。

いろんなものを受け入れていくしかないと思うんだよね。

受け入れていった結果、
すごく違和感が出てきたものは違うんだと思うし。

そこは自分の感覚をある程度信じて。

結局、自分への信頼がどこかにないと見失っちゃうし。
変なところに連れて行かれちゃうよね。
本当は思っていないのに、
そこに熱がある人達に寄せられていって。

「これがお金稼げるんだよ。稼げるんだよ。」
って言われて、
別にお金そんなに稼ぎたいと思ってなかったのに、
その熱にフラフラっと寄せられて行っちゃったりとかね。
自分が行きたかった道じゃないところに連れていかれる。

自分らしくしていれば、
自分らしい生き方が見えるよ。

自分への信頼がどこかにないと、
そう言うところに流される可能性が高いんじゃないかな。

僕は、あまりお付き合いしたくない人だったら、
多分2度目は会わないでしょうし。
ある意味素直に。
もちろん大人として、きちんとした態度はとりますけどね(笑)

わざわざ、踏み潰されていく必要はないわけで。

結局、自己責任だと思う。
自分で選んだ人生。
自分が腹を決めてやってることなんだから。

僕はそう思う。
もちろん、障害や苦労がないっていうわけじゃないですよ。
障害がきても、

「きたー!」

みたいな感じで楽しんでいきたいですよね。
平坦な道じゃつまらないからね。

自転車で旅していると、
正直、平坦な道の方がいいんですけど(笑)

では、29歳の当時の自分に向けて
色紙に言葉をお願いします。

今日はどうもありがとうございました!

ママチャリで日本一周している経営者
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指しています。ほぼ一周を終えつつ、ゴール目前で、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人の理事として活動中。
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