29人目 鳥生耕司さん:トミー株式会社

鳥生耕司さん
会社名 トミー株式会社
URL None
公開日 2010年05月23日

今回の旅は、ことだま師でもあり、飲食業など様々な事業を行われているトミー株式会社の鳥生耕司社長です!

まず、気になったのが、
名刺に命名言霊学協会とかかれていますが?

僕の使命は、「名前のことだま」に出会って判かった。
自分探しをずっとしてたのね。
私は、人の夢、やりたい事を形にすることがミッション。
そう「愛を形にすること」
こんな形でね。

自分探しをしてみつけたと?
今までの人生を少し教えていただけますか?

奇跡が起きてから、全国47都道府県ずっと周って来た。
ここ7年くらいで。
っていうのも、きっかけは難病になっちゃったからなんです。
2年続けて、違う難病に。
うちのカミさんと19歳で付き合い始めて、
もう会ったときに僕はこの人と結婚するなって思ってた人。
20代に入って、とにかくがむしゃらに仕事をして、
で、さぁ、これから結婚しますって結納を決めたのね。
で、日にちが近づいて来る。
そんな時に僕の体に変調が起きちゃったの。
何が起きたかって言うと、
ある日突然、左耳が聞こえなくなった。
会社に行く間にツーって音が消えちゃって、
受話器持ったら何も聞こえないわけ。
耳鳴りはしてるし、聞こえないし。
で、病院に行ったら、
これはもううちじゃ手に負えない。
原因がなんだか分からない。
下手したら脳腫瘍なんてこともある。
で、即日都心の大病院にすぐ入院。
僕は同意書を書かされ、入院させられて、
薬づけでの治療に専念。
体がとにかく膨れ上がって痒みが伴う副作用。
隔離された状態で4週間、注射打って、点滴して、
薬飲むだけ。
結局、入院を終えても、少しも回復しなかった。
突発性難聴。今も聞こえてないし、
ずっと耳鳴りがしてるんだけど。
でもね、その時思ったの。
「調子に乗ってんじゃねぇぞって。」
死んだ親父がね。
お前が話すことは分かった。
お前が言いたいことは分かる。
それよりもお前ね、
もうちょっと人の話聞けって。
そういう風に感じた。
すごい我が強いから。
だからもっと人の話を聞きなさいっていうことで、
僕は片方の耳を取られたと思った。
で、退院して、仕事に戻り・・・、結納が近づいてくる。
そしたら今度はね、足。

耳の次は足に??両足ですか?

右足なんですけど、痛くて痛くて。
どんどんどんどん痛みが増して、
手をついても歩けなくなっちゃったの。
レントゲンとってもらったら、先生が
「何やってるんですかこんなんなるまで」
「あなたこれ難病ですよ」って。
「難病ってどういうことですか?」
って聞いたら
「一生治らない病気を難病って言うんですよ」
って。いや俺、結納なんだけど。。。
そんなこと関係ない!って言われて、
大腿骨っていう骨、骨頭が全部腐ってて。。
陥没していて、軟骨が飛び出しちゃってる状態で
俺仕事してたらしいの。
「これから先、もう車椅子になります。」
「足切断します」
宣告された。
なんで2年続けて、難病にならなきゃいけないんだろう?
病名を調べるために、医学書を見てみたわけ。
そしたら3つ原因あったの。
1つ目アルコール性、
2つ目は激しい運動による壊死、例えばバレーボール選手だとか。
で、僕のはね、3番目、薬の過剰投与による副作用。
しかも両足に出る可能性がものすごく高い。
その文字読んじゃった時にはすんごいショックだった。
右足だけなのに、え、両足に出る可能性?って。
はっきり言って生きた心地がしなかった。
たまたまうちのおじさんが弁護士をやっていたので、
ステロイドの過剰投与だからどうする?
って言われたの。

訴えるとかそういうことですよね?

で、俺ちょっと考えたの。
俺はそういうことをするために、
生まれてきたんじゃない。
それはすごく大事なことで尊いことなのかもしれないけど、
多分僕がやることは何か自分で仕事を興こすことなのかも知れない。
「鶏の頭なれ!」
って・・・
小さい頃から親父が言ってたことに僕は集中したい。
足が壊死して腐って切断しなきゃいけないって言われたことは、
僕にとって何か大きな意味があることだと思うんで。
そう言って断ったの。

「鶏の頭なれ!」
とは一体どういう意味ですか?

親父が小さい頃から
「コウジな、自分でやらなきゃだめなんだ!」
「人の会社に3年以上勤めちゃだめだぞ」って。
「大事なのは鶏の頭になることなんだ」
って言うわけ。
俺が幼稚園の時から言ってた。
「鶏の頭になれ。豚のしっぽじゃだめだ。」
って。何でもいいから自分でやれっていうわけ。
俺そんなの刷り込まれちゃってるから、
20代の時はがむしゃらに仕事をしていた。
俺、調子に乗って、面白くて仕事に夢中になってた。
確かにそれは大事なんだけど、何かが違っていた・・・
「自分にとってもっと一番大事なことを見なきゃだめだよ」
っていうのを僕は病気を通じて聞こえた気がする。
俺はね。これを受け入れていくしかないなと思ったわけ。
だから、もう70近いお袋だけど、この先ずっと働いて
もらわなければいけないかもしれないし、
うちのカミさんも当然働きに出てもらうと思ってたし。
で、僕は役所の施設とかに行って、
出来そうな仕事を与えてもらい
家のことでも手伝いながら、
今後はそうやって生計を立てていかない
と、どうしようもないなと思っていた。
で、とうとうね、アパレルの仕事を辞める時が来ちゃったの。
難病だし車椅子になるし、
日曜日だって取引先の人やお客さんたちとゴルフ行ったりとか。
やっぱ仕事を取ってくるためには色々あるわけですよ。
自分の人生には、もうケリをつけないといけない。
それが結婚してだから、30歳を過ぎてた頃かな。
難病になって、病院を出た後に、
もうこれ以上、治療しないで欲しいって思ったの

治療しない?なぜですか?

なぜかっていうとその、
西洋医学って、良いところも沢山あるんだけれども、
良くないところもあって。
まさしくその薬っていうもので僕の足は壊死したらしい。
(薬だけが全ての原因ではないかも知れませんが)
じゃあもっと違う形、東洋的な考えとか免疫療法、代替医療とか統合医療とか。
そういったものに僕はその後出会っていくようになっちゃったんですよ、
うちのカミさんに、申し訳なくてね、
10年も付き合っててこのザマでしょ。
もうほんとどうしたらいいかなぁって。
そしたらね、うちのカミさんが一言だけ言ったの。
「だいじょぶよ!」
ほんとにね、あの一言。
それがね俺の人生を思いっきり変えてくれた。
暗黒のカーテンで締め閉ざされた真っ暗な部屋の中。
カビが生えてるような陰湿な部屋の中。
たとえそんな最悪な状況の中でも、
ほんの僅かな隙間から
光がピッってわずかに見えただけでも、
人間ってそっちに歩みだす。
だいじょぶだ。って言うんだもん。
だから俺もね、意味不明なんだけど、
「そうだよな。だいじょぶだよな。」
って思えた。
そう思った時にうちの親父が言ってたことが蘇って、
「何でもいいからお前は自分でやるんだ」って。
その時にね、そうか!
アパレルを起こすことだけが、一人でやる。
立ち上げろっていう意味じゃない。
新聞紙集めてたって、
カンカラ拾ってたって、何でもいい。
一人でやれっていうのは、
立ち上げろってことですよ。
それがね、天の声として聞こえた時に僕は決断した。
自分で事業興こそう!って。
だけど何が出来るか全然分かんない。
だって車椅子宣言されてんだもん。
そして初めて神様に祈った。
ごめんなさいって思ってね。
全て僕の責任です。
ほんとにごめんなさい。
だけど、もう一度僕に神様ね、
仕事与えてください。
なんでもやるから。
なんでもやるから仕事与えて下さい。
初めて祈った。

祈るということと同時に、
やはり自分自身をみつめられたと思います。
何か気づきなどありましたか?

そうだね。
どこにも所属してない自分に出会った時に、
俺は一体、何をやってどこにいくんだろう?
そんなことを感じるようになって、
何で今俺がここにいるんだろう?
俺が生まれてきた目的は?
考えもしなかったこと考えるわけ。
そしてすごく不安になって怖くなって、
空虚になって無になって。
だってどこにも所属してないんだもん。
もう幽霊のようにさ、彷徨ってる自分がいる。

すごくわかります。
どこにも所属していない時の不安感。空虚感。
僕も大学を卒業後、新卒で入った会社を辞めて、
詐欺の社長に騙され、お金も職も失った経験があります。
そのとき、違反で、白バイに捕まって、
フリーターです。と言ったら、警察に
「無職ね。」
と、吐き捨てられ(たように聞こえた)。
それが痛くて、そしてはじめて自分の位置に気づけたんです。

所属がない。
だけど、朝起きたら心臓が動いてるよね。
生かされてる。
コンビニでレジ打ってる子を見たり、
自動販売機にジュース詰めてる兄ちゃんを見て、
すっげぇな。こいつら。とか思っちゃって、
すげぇ仕事してる。
輝いてる!俺もやりたい!
何でもいいから俺もやりたい!働きたい!
そんな風に思った。
それで、僕に訪れたものがお寿司の事業。
お寿司屋さん。
お金が無い。
アパレルの経験でお店を持つ大変さってすごく分かっていた。
だから、なにかを自分でするにしても、
待つ商売のお店を持つのは嫌だと思ってたんですよ。
じゃあどうする?って言ったらこっちから届けるしかないでしょ。
こちらからお客さんのところに直接お届けするような事業。
僕は、ピザの宅配を研究した。
この王子という場所で。
地元に貢献する総合デリバリーサービス。
そんな事業を展開できたらいいなぁ。
っていう漠然と夢を描きながら、
ピザ屋さん研究してた。
あるとき、弟から電話かかってきて、
宅配のお寿司で大成功してる人がいるんだよ。
その人がまた変わり者で、
元捜査一係デカ。って言うの。
そんな人が、
コンビニエンスストアと宅配のすし屋で大成功しちゃったの。
アフリカの大統領のSPとかもやってた人。
ピザじゃない。寿司。
なんだか面白いかも。って思って、
どうやってるのとか、全部聞いてさ。
それから、俺、地元のお寿司屋さんをシラミ潰しに研究した。
わざと裏から入って行って、メニューをもらったり。
そうすると裏から全部見えるわけ。
もうちょっと掃除すればいいのにな、とかさ、
俺がやったらこんなバイクの止め方はしないなとかさ。
俺がやったらこうするな。
ってのがだんだん見えて来て、
仕舞いには「地域で絶対一番店になれる」と思ったわけ。
ほとんど調べたから。
そして完璧なマニュアルを作った。勝てる。
そして僕は1500万を投資して
宅配のお寿司屋さんを立ち上げる事になったんです。

その頃、足はどうなっていたんですか?
動かない足で、宅配というのも辛いと思うんですけど。

実は、不思議な事がおき始めてきて(笑)
決まってた足の手術の予定日を先延ばし出来る状況がきて、
実は先延ばする事によって、
経過観察をする事になって。
その間に僕の所に色んな情報が来て、
で色々試す事によって僕の足は自然治癒の方向に向き出したの。
難病が。
今思うとね、意味付け理由付けは出来る。
僕のスイッチが変わっちゃった。
全てを受け入れた途端に、そっから奇跡がおき始めた。
で、いまだに奇跡はおき続けてる。
歩いてるでしょ?

確かに。ただ、事業を興すにしろ。
普通、難病だと聞いてしまった時点で、
諦めてしまう人が大半だと思うのですが。。。

あきらめるって細胞じゃないみたい。
難病になったことで起業のチャンスがやって来たんです。

そこがすごいですよね。
口ではプラスの事を言えても、
実際にその状況になり、
その場に置かれてしまうと違いますからね。

自分でも分からないんだけど、
結局その宅配のお寿司をやるって事になって、
僕は座りながら板前修業全部研修して、
握りからおろしから全部。
マグロからアジからタイから全部さばける訳。
だってそれ出来ないと舐められるから。
そして板さんを雇えば良いわけ。
そして回転寿司の経験があるおばちゃん雇ったわけ。
60歳以上の。あと学生。
そんなメンバー20人でやってた。
そして、そのお店がメッチャクチャ売れたの。
俺に神風が吹いた。
自分の力じゃない力を初めて感じたときだね。

なんだか一つの映画。
ドラマを見ているかのように引き込まれてしまいます。
が、29歳というテーマを
すっかりすっ飛ばして聞き入ってしまいました。。。
これはこれでありですけど(笑)
ここで、一問一答でサクッと質問させてください。
憧れてる人とかっていらっしゃいますか?

いません。

好きな本は?

ありません(笑)

毎日の習慣って何かありますか?

朝起きたときと夜寝るときに感謝を語る。

語る?
一人で自分に対してってことですか?

今日一日ありがとうございました。
っていうことと、
朝起きたときに自分の命が動いていてありがとう。
っていうこと。
僕が今やっていることは、
名前のことだま呼吸法って言って、
自分の名前って一番の究極のことだまだと思って名前を言う。
だから僕は
鳥生耕司。鳥生耕司。鳥生耕司。鳥生耕司。鳥生耕司。
って、お風呂に入っているときに
息が続かなくなるまで言う。
大体30回くらい言えるんですよ。
で、またはぁーって息を吸ってもう一回言う。
だから自分の名前を唱えるっていうのが僕の祝詞。
音に力があるから。
まさに、名言なんです(大笑)

今 現時点での夢とか具体的な目標は?

何もないんです。
夢に生きてるんです。
夢を追いかける事も大事だと思う、
いいと思う、凄くいいと思う。
でも、自分のあり方に気付けと。
それは、ミッション。
自分の命を何に使うか。
要はやりたいことと、
やらせていただくことは違う事があるかもしれない。
同じなら同じがいいです。
でも、違う場合があるんです。
だから、どっちを選べって僕は言われた場合があったら、
僕はミッションを選ぶ。
ことだま教師の山下弘司先生に言われてハッと気づいたのです。

では20代の若い子だったり、
何かにチャレンジしたい。だけどやり方がわかんない、
そういった方になにかアドバイスとかあれば。

だいじょぶってことなんだよね。
全ては良くなるように出来てる。
50年後100年後に、
ウチのおじいちゃんたちって鶏飼って、
産めよ増やせよ。で餌を与えて、
最終的には殺して食ってたらしいよ。
なんて言われたり。
一人一台ずつ車を持ってたんだって。
通勤地獄なんてあったらしいよ。とかね。
世の中って良い悪いじゃなくって、
その時代に生かされて、
体験させてもらえることに価値があるんじゃないかなぁと思う。
だからなるべくありのままに受け入れられたほうがいいんじゃないかな。
最近僕らの仲間の合言葉は「武装解除」(笑)
物事の判断基準を善と悪とかそういう感覚じゃなくって、陰陽的なね。
全ては良い方に向かってる。
要は大丈夫。大丈夫。大丈夫。

では最後に色紙を。
29歳、当時の自分に向けた言葉をお願いします。

感じる力って表現じゃないんだよな、感じる・・・力。
感じるだな。感じるしかないな。感じることだよな。
身体の中に何かを感じるのではなく、感じている中に
肉体があるって言った方がいいような気がする。
ようするに全ては繋がっているんですね。
感じる。そこにくつろぐ。噛み締める。受け入れる。
ただただそこにアル。
感じられることは凄い事だと思う。
抵抗するな。感じてればいいんだよ。
それが一番大事。
別に何もしなくてもいい。
感じてればいいんじゃないかな。
そうすれば、ちゃんと必要なものが訪れるんだよね。
「おとづれる」って言葉、僕は好きで、
その人のタイミングでちゃんと訪れるんですよ。
全ての出来事は。
私を素の状態に近づけるための出来事だから。
スピリットの中に肉体が存在している感覚で
それが、スーッて入ってくる?スーッって。

だから、この色紙、○に「す」なんですね(笑)

今スーッって思っちゃったからね。
僕が思っていることは。
そんなに特別なものじゃないんですよ、人生ってものは。
皆平等な中にいるんで。


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:(2018年時点)
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指すこと11年目。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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