47人目 秋山直樹さん:新光ネームプレート株式会社

秋山直樹さん
会社名 新光ネームプレート株式会社
URL http://www.shinko-name.co.jp/
公開日 2010年08月12日

今回の旅は、新光ネームプレート株式会社 秋山直樹さんです!

まずはどんなお仕事をされているのか
お話を聞かせてください。

新光ネームプレート株式会社をやらせていただいております。
作っているものは樹脂の成型品です。
具体的には、自動車の鍵のマークやエンブレム、
携帯電話のパネル、外装パーツ、
デジタルカメラの外観の意匠パーツなどですね。
プラスチックを溶かして金型に入れて、
スクリーン印刷や塗装を行なって製品を仕上げます。
この仕事のやりがいは、
お客様に目に直に触れる外観を作って評価してもらえること。
外観で買うか買わないかを決める方もいらっしゃいますしね。

景気の影響はありますか?

やはり、影響はありますね。
最終製品が売れないと、エンブレムが売れませんから。
開発品などもやっているので、
そんなに驚くほどの影響はありませんでしたが。
逆に今年はモデルチェンジを遅らせたり、
機種を多く出さないメーカーさんが増えるので、
その影響は受けるでしょうね。

創業は50年以上前でしたよね?

1947年になります。
祖父が創業しまして、
父が二代目を引き継ぎ、
私で三代目になります。
以前に大和市に本社が有った時は金属のエンジンプレートや
ホイールキャップを作っていたのですが、
金属は廃液など環境の問題がいろいろとありますので、
プラスチックの表面を金属で加飾できる特性を活かして、
プラスチックを使用しながらも
金属の深さや輝きなどを忘れずに表現していこうと、
今の形になっています。

今回のインタビューのテーマである
29歳の頃についてお聞きしたいのですが、
どんなことをしていて、どんな夢や目標がありましたか?

営業をしていました。
自分で話すのも恥ずかしいですけど、ガムシャラでした。
私はデジタルカメラなどを担当していたんですけど、
全メーカーの外観部品にうちの商品を使ってもらおうと、
走り回っていましたね。
なぜなら、ある会社は使ってくれているけど、
別の会社は使ってくれないじゃなくて、
うちの製品の良さと自分という存在をお客様に伝えて、
全てのメーカー様から受注、発注してもらいたい、と思っていたからです。

素敵ですね。
29歳の誕生日の思い出はありますか?

パッと思い浮かぶものはないですね。
確か海外出張に行っていたような気がします。

30歳になったとき何か思いはありましたか?

いつのまにか30歳になっていた。
という感じ。
あえて言うと
30歳までに結婚できれば。
というのはありました。
今も未婚なのですが。
どんどんずれこんでいってますね。
30歳と思っていたのが、33歳になって、
そして、今に至りますので。
子供と一緒に動きまわったり、
同じスポーツをやりたいと思っているので、
40歳までには、と思っていますが…。

確かに30歳を前に結婚については考えますよね。
他の会社や業界で働いた経験はありますか?

ないです。
学生時代は車が欲しかったので、
アルバイトを掛け持ちして頑張っていましたが。

父親の会社に就職することに葛藤はなかったですか?

ありましたね。
もともと整備士など、
自動車関係の仕事はしたいと思っていて、
そのために本当は専門学校に行きたかったんです。
4年制大学に行くと、むしろ自動車関係の仕事への就職が難しいと思って。
ただ、父に「四大は出ろ」と昔から言われていて。

就職活動は一切されていなかったのですか?

就職活動は経験として少しやりました。
仲間と一緒に活動しているような感じで。
ただ、その頃は自分の中ではこの父の会社でやっていこう、
という思いに切り替わっていましたね。
ものづくりはすごく好きだったので、
遅かれ早かれ父の会社で働くのもいいかな、と。
父は代表取締役としてやっていたんですけど、
この会社にいても親子の関係はまったく持ち込まずに、
営業として自分の力を試せました。
もちろん、周りの人は意識している方もいらっしゃったと思いますけど、
自分は意識せずに働いていました。

お父さんが社長だと、
ついつい甘えてしまう方もいると思うのですが。

そう言う方もいらっしゃると思います。
しかし私は自分の実力を試したいが為に、
特別扱い無く、甘えずに営業に専念してました。
私は父の会社で働いて良かったと思いますね。
営業をやっていたことによって、
いろんなお客様と人間として付き合っていましたので、
そうすると相手の社内事情、
人間関係とか見えてきて…。
それは自分の経験から何からすべて大きいものになりましたね。

社長に就任したのはいつ頃ですか?

2007年の7月です。
33歳のときでした。
だから今年でちょうど3年になりますね。

社長にいずれなる、という意識はありましたか?

そうですね。
ただ、いつなるか、というのは全く意識してませんでした。
もっと営業で自分の力を試したいと思っていた33歳の時、
父が病気で他界して。
引き継ぎもなく、
社長の業務を知らず、
社長になることになったんです。

すごいプレッシャーだったのではないですか?
反発する人も出てきたりとか…。

発言の重さや孤独をもの凄く感じました。
この会社に10年以上いますので反発はなかったですよ。
ただ、今まで上司だった方と立場が逆転するので、
お互いにギクシャクしちゃう。
指示を出しにくかったりとか、
いまでもそういう所で時間を費やしている。
やはり、その辺は自分がもっとしっかり切り替わっていかなくてはと思いますね。

33歳で突然経営者になったわけですが、
それまで経営の勉強はされていましたか?

恥ずかしいですが、
まったくやっていないです。
自分の中では営業をとことんやって、
私の名前と会社名が製品会議にて客先で常に話に挙がる事を目標に
営業のみをのめり込んでやっていました。

まさか社長になるとは!って感じですよね。
引き継ぎもなしに社長になって、
まず何から手をつけられるんですか?

いろんなことをやった覚えがありますね。
まずは一言の重さを認識する作業からですね。
自分の簡単な気持ちで言ったことが、
従業員の方々に少なからず影響を及ぼしますので。
勉強どうこうじゃないですね。
意識の問題です。
自分がどういう立場で、
どんなものを背負っているのかと考えると、
知識がなくても自分が何をやらなくてはいけないのかを自然とわかりますね。
会社をゼロから見つめ直しました。
社員の方の家族構成やどんな生活をされているのか、
自然と調べるようになりますね。
そうするとプレッシャーにもなりますし。

逃げたいと思ったことはありますか?

逃げたいというより
みんなと気軽に話してやろうというのが率直な気持ちですよ。
今までは飲みに行こうと言っていたのが、
自分が社長になることで、
向こうも誘いづらいし一人の方を誘うこともできないですし。
今度は飲んでいるうちでも自分は運転代行で帰りますけど、
みなさんが運転代行で帰っているのか気になったり。
ただ、自然とリスクを考えてしまうようになっちゃいますね。

僕もしっかり意識しないといけないな。と反省します。
まだ仲間内で楽しくやっている感じがありますので。

それが理想ですよ。
それをやりたいですよ!
立場が違っても、人間じゃないですか。
パソコンや携帯電話が発達しようが、
パソコンを打つのも携帯電話を押すのもみんな人間じゃないですか。
その人間がしっかり人間として接触しているのが
一番のベストな会社だと思うんですよ。
そうしないと新しい物が生まれないですし、
人のいい面も見ないでしょうし。
みんなのベクトルが合えば
一番強い力が出るんじゃないんですか。

今後は会社をどういう方向、
ビジョンで進んでいかれようと?

私は日本発祥の技術を残したいですね。
量産の立ち上げから試作、開発は日本でやっているんですけど、
お客さんに届く製品を大量に作っているのはタイでやっているんですよ。
メイド・イン・ジャパンをできていないんです。
でも、私どもの製品は、
日本が生み出した技術の組み合わせで、できているので、
その体制を残していきたいですね。

どのように残していくか、戦略はありますか?

海外の支社が、独立してある程度動ける体制を取っている中で、
日本は技術開発に注力して、
未来のものづくりに取り組んでいく体制を作る。
そうすれば、私どもが出遅れるようなことは少なくなってきます。
海外にもライバル商品が多くなっているので、
そこは先手先手で向こうの情報は海外支社でしっかりと吸収できて、
日本は日本でちゃんと発信源として動ける体制を考えていますね。

ものづくりという業界に対して、
僕みたいな小さな会社が協力できることはありますか?

それでしたら、ものづくりの業界をみんなに知ってもらって、
興味を持ってもらう。
たとえば、携帯電話を多角的に見ると、
いろんな部品で構成されてできあがっているし
一個でもパーツがなくなれば機能しませんし、売り出せませんから。
私どもが作っている品物も娘のように思えてくるんですよ。
子供がいないから何を言っているんだと思われるかもしれないけど、
嫁にやるくらいの思いでお客さんに製品を渡しています。
そうすると一人ひとりの子供が世の中に出て、
みなさんの目に触れて評価をもらっているので、楽しいですよ!
そうやって思っていくと興味も出てきますし。
一個の製品だけと思わずに、
いろんな思いが製品に入っちゃいますからね。
一番、私が思うのは興味を深く持ったほうがいいことに尽きますね。
人間何か興味を持てば絶対やりますよね。
物についてちゃんと知れば、
違った見方が出てきますから。

20代のうちにやっておいたほうがいいことなど
アドバイスはありますか?

今できることは全部やる。
あとは自分を見つめ直す時間を短い時間でもいいから作る。
社長になると、
やらなければならないことはある程度決まってしまう。
でも、若い頃はそうじゃない所がいっぱいあるじゃないですか。
第三者の目線から
「自分は何をできるのか?」
と考えていたら、
もっと違うことができたのかなと思いますね。
たとえば、これから役職が上がられる方がいらっしゃったら、
その前にできることはたくさんあるんですよ。
私は1か月後に社長になることが決まったとき、
会社の掃除を始めたり、
会社のお客様の靴を毎回揃えたり、
工場を毎日周って見ている間に来客用の靴を揃えたりすることにしました。
今までそんなことをやっていなかった営業時代に、ある日ふとやると、
上司などから、
おまえ、何か悪いことやったんじゃないの?
会社に問題起こしたんじゃないの?
問題があったら言ってくれよ。
となりますよね。
だけど、いいも悪いも上の立場になる状況が来たのなら
立場が切り替わる、その時に出来る全ての事や、
やろうとしていた事を一気にやっちゃった方が絶対にいいんです。
何かの節目から自分の変化をちゃんと決めて、
小さいことでもできることをやることですね。
それを自分で考えておくといいと思いますね。
私も社長になった時に全然できていなかったんですよ。
「もっとこんなことをやっておけば」
といろんな思いがありますよ。
それからもう一つ。
現在はネットで本当にいろいろなことを調べられて、
情報を自分に落とし込まずに頭に残してしまう方が
多いような気がするんですよ。
それは非常にいいことではあるけどそれだけでは寂しい。
ネットで仕入れた情報を、
自分の体験にまで落とし込めるようにできるといいですね。

~~~同行サポーターからのインタビュータイム!!~~~
ものづくりが日本人に適している、
ということはテレビなどをみて漠然と思っていました。
でもそれが実際にどういうことか、という実感が薄くて。
今日、秋山さんのお話を伺い、製品も見せていただき、
「こういうことか!」とリアルに伝わってきて、
「なんて素敵な仕事だろう!」と思いました。

そう感じてもらえたら一番ありがたいですよね。
例えば日本の自動車産業は、
かつてアメリカから学んできたのですが、
日本人のいい所は、ただ真似をするだけではなく、
自分たちに落とし込んで、
自分たちに合った形、カラーに変えて、
ものづくりを行ってきたんです。
ゼロから作っているのと一緒に近い形を取れていると思うんですよ。
そういった意味で日本人はものづくりに適していると思います。

最近日本の産業や経済がダメだ、って
話が多くて、日本人として悲しく思っていたんです。
だから、自分たちが持っているすばらしいものを
もっと活かしていくことが本当に大切だと感じました。

「大和魂」とか、いい言葉がいっぱいあるじゃないですか。
自分の中から新しいものを生み出すことを、
日本人だったらできると思うんです。
それは危機感の中でも、
不景気を経験している中でも、
残していきたいです。

ものづくりって素敵な仕事ですね。

本当にそう思います。
一人じゃ何もできないですけど、
集団組織で作り上げることができる。
目に見えないインターネットであっても、
それをつないでいるのは人間ですから、
こういったインタビューを通して私が考えていることを載せていただいて、
いろんな方に聞いていただけるのは本当にありがたいです。
自分も自分で5年後くらいに読み返してみて、
「こんなことを言っていたんだ」
「何だ、小さいことを言っているな。今では全然違うよな」
と思ったりするのも楽しいでしょうし。

5年後に今回インタビューした社長さんを
一から回るのも面白いかもしれませんね!

おもしろいと思いますね。

それから、もう一点お聞きしたいのですが、
会社外で何か人と接する機会を設けたりしているんですか?

いろいろと趣味がありますので、
スノーボードや自動車などで人と接触することを今でも続けていますね。
プライベートでは、自分が社長という立場にあるというのは、
自分からは言っていないですね。
そこら辺は問題もなく普通に接しています。
別に社長が偉いわけではないので。

~~~同行サポーターからのインタビュータイム終了~~~
こちらの名刺に書かれている一番上のロゴはつなげて
「知機遊人=地球人」とされているんですか?

その通りです。
これは私どもの会社のキャッチフレーズ、テーマでもあります。
簡単に言ってしまうと、
いろんな人の「知」識を持ち合いながら、
この「機」は、
もちろん設備から人と会う機会も全部活かしていきたいと。
それらを人間性でもあり、
自分でもある固くならない「遊」び心。
その三つを大切にした人の集まりを、
「知機遊人=地球人」
と表現しています。
名刺にも書かせていただいてそれを持ってやっていますね。

素敵ですね。
この言葉はもう長く使われているんですか?

もうずっとですね。
これだけ話せばご理解いただけると思いますけど、
何よりも人が大切だと考えているんです。
どんなに文明が発達しようがそれを生んでいるのも人ですし、
つなげているのも人なので。
だから、いつの時代もどんな景気であれ、
このキャッチフレーズも変わらないですね。
名刺にも書いているのは、
見る度に振り返ることができますからね。
自分が忙しくて見えないものが多い時に、
「地球人だ、日本人だ」
と考えると、
落ち着いて自分を見つめ直すことができますし。
自分の力だけで、この私ができあがっているわけではないんです。
皆さんに支えられたり、
こうしてお会いすることからいろんなことを教えてもらったり、
刺激を受けたり、新たな考え方ができたり。
こういうことがあるのでもっと人と接したいと思いますしね。

僕もそう思っているので共感します。
では最後に。
29歳の秋山さん自身に向けたメッセージを色紙に書いていただけますか?

直筆で書くと2年前に教えてくれれば、
書道を習っていたんですがね(笑)
「何事も興味を持ってやり通す」


これが29歳の自分に向けたメッセージですね。
何事も興味を持ってやられていたわけですよね。
それを忘れるなと。

間違いなくそうです。

今日はどうもありがとうございました!


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:(2018年時点)
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指すこと11年目。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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