63人目 山口哲史さん:株式会社プロ・アクティブ

山口哲史さん
会社名 株式会社プロ・アクティブ
URL http://pro-active.tokyo/
公開日 2010年11月04日

今回の旅は、株式会社プロ・アクティブ 山口哲史さんです!

まずは自己紹介とお仕事の内容を教えてください。

会社を創業して20年になります。
そのうち16年はファイテンのチタンテープを扱っていました。
事業は「自然とつながり、自然に生きる。」
をコンセプトに商品展開をしています。
よく言われますが、
僕は商品を探したり見つけたりしていません。
人と出会って直感的に「この人が作った商品すごいな」
と感じたものを売っています。

ご自身で開拓したわけではないんですね。

開拓するものではないと思っていますから。
結局、人なんですよ。
誰と出会っているかなんです。
良くも悪くも人生の分かれ道はそこです。

10代から20代の頃に将来のビジョンはありましたか?

学生時代はめちゃくちゃぼんやりしていた。
そんなもんだと思いますよ。
なんとなく関西学院大学に入学して、
流れに流れて現在に至っています。
僕は「人生は運ばれている」と思います。
自己実現なんかないと思います。
自己顕現です。
一生懸命やっていると、おのずと人生に現れているんです。
狙ってできません、人生なんか。
現れてくるのを純粋に掴んで、たぐり寄せられるかどうか。
その人が本来やるべきことに純粋にやっていたら道筋が出てくるんですよ。
それに乗っかれば苦労だけど苦労と感じない。

では起業されるまではどのようなお仕事を?

最初に就職したのは、自転車のシマノ。
現場のおっちゃんにギアやペダルの生産依頼、管理をする仕事。
おっちゃんにどれだけ愛されるかが勝負です。
高校時代に野球をやっていたから、
おっちゃんのいる野球チームに入って、
朝練して一緒にお風呂に入ったりしてね。
そうしていると、難しい納期の依頼でも、
「おまえだからしゃあないな」
と、快諾してもらえる。
結局、何でも商売は
「気は心」
でしかない。
それは現場のおっちゃんに教えてもらいましたね。

ある意味、営業の究極ですね。

次にキャノン販売に勤めました。
飛び込み営業をしてコピー機の直販をしていました。
他社のコピーパンフレットや名刺が置いてあるので、
そこでどれだけ印象に残るかが大事。
自分でチラシを作ったり、似顔絵スタンプも作ったりして
営業していました。
女性の下着屋とか、本当にいろいろなところに飛び込みました。
なぜ下着屋にコピー機かというと
「下着のこの柄がよく出るでしょう」って。
デモ機を見せながら
「月4000円なら安いと思いませんか? コピー機を持っている人もいますよ」と。
「おまえ、おもろいな」
と言って買ってもらって。
わけのわからない所に飛び込んでいましたね。
そして、リクルートに転職。
自分で営業先を探しながら自由に飛び込んでいくんだけど、
人が100件飛び込む所を30件飛び込んでコツを掴んだ。
どこか嗅覚があったんでしょう。
「3cmの隙間から人の懐に入ってくる」
が僕の座右の銘です。
リクルートではもう一つ力を入れたことがあって、
それがアメリカンフットボール。
同好会以下で河川敷や競馬場の芝生で練習をしているような
リクルートのフットボールチームを
三部から一部に上げてから辞めたんですね。
学生でもやらないことを社会人になってからやっていた。
こういった体験から
「アホ力」
を学んだわけよ。
アホにならないと何もできません。
そうするとこちらの信念や不安とかが良くも悪くも伝わるんですよ。
でも、やってきていることはムダじゃないないんです。
そのことを疑ったら負けです。

「アホ力」ですか。重要ですよね。
山口社長は思っていることをパッと行動に移しますね。

成功法則では、思ったことは実現するでしょう。
嫌だと思ったことも実現するわけです。
これは真実です。
無意識の世界で作っている成功法則。

その考え方は昔から意識されていたんですか?

経験から。
ネガティブに思ったことが実現するなら、
ポジティブに自分の都合のいいように解釈をすること。
自分はOKを出していますから、
失敗してもOKを出せますよね。
嫌々だったら愚痴や不満が出るし嫌悪感も出るよね。
ゼロからできるわけではないけど、
そうなったほうが楽しいよね。
それはネジが3本抜けていないとできないです。
ネジ3本抜けていることが大事。

ファイテンのチタンテープとの出会いを教えてください。

うちが流行らせた商品「ファイテン」との出会いは、
リクルートの先輩があるクライアントさんからパンフレットをもらって
「こんなのがあるけど、おもしろいからやろうか。」
「これから気が出てきているらしい。」
というんです。
おもしろそうだから話を聞きに言ってみると、
「実はこれを関東で広める代理店を創ろうとしていて、
会社を立ち上げようと思っている」
と言うので、
「じゃあ、僕それに乗りますわ」
と手を上げたんですね。
当時のファイテンは、
日本ファンドというサラ金みたいな社名でしたね(笑)
ファイテンの年商が2億5000万円で、
うちの初年度の年商は6600万円だったかな。
2億5000万円だった年商が現在では150億円くらい。

すごいですよね。
約60倍ですもんね。

一世を風靡してある程度の市民権を得る商品にするまでに時間がかかりましたね。
起業してから16年、
その大部分を支えたんですよ。
それくらい「ファイテン」に命をかけていました。
そもそも「ファイテン」は波動商品。
遠赤外線が出て、エネルギーや波動とかを細胞に転写しているんです。
すると人間の細胞はつながって命令を出して、身体の乱れを整える。
血流が良くなって、栄養と酸素が送られてきて、こりが解消されてなくなってくると。
「チタンテープ」ができる以前の創成期「ファイテン」は、
水晶の粒を伸び縮みするキネシオテープに3粒くらい並べて、
肩や腰に貼る形態だったんです。
30粒入って3万6000円。
最初は地道に実演販売をしていって、
お客さんに貼ってあげて調子が良くなったら買ってもらっていた。
めちゃくちゃ効率が悪かったですね。
「今からやれ」って言われたらもうできません。

なぜそのときはできたんでしょうか?

結局は先ほども言った、
純粋なアホさです。
ただ、市民権を得ると、違った困難もでてきた。
矛盾になるんですけど、「ファイテン」が認知されてくるにしたがって、
うちの通販以外でも消費者が入手できるようになって、
会社の売り上げは下がってきた。
ファイテンも大きくなったからあちこちで買えるようにチェーン店を展開して、
目で見て触れて購入できるようになる。
僕も「ファイテン」にしがみつきかかったけど、
それを辞めて今に至っているわけ。
70人いたスタッフが順に減らして30数人になって、
最後は10人にした。
欲を出して160坪くらいのオフィスも借りていたんですね。
セミナーをやろうと思っていたけど、
そうやって頭で考えていたものはダメだね。
物の見事に外れて20坪のオフィスへ移転しました。
最終的には2tトラック5台の在庫を廃棄したんですよ。
ものすごく痛かったです。
もう一回やり直し。
スゴロクみたいなものですね。
だけど、そんなことがあっても、
スパイラルで上がっている。
それは間違いないです。
進化はしているんです。

先ほどのお話で欲を出したとおっしゃっていましたが、
欲は結構あったんですか?

一時は、
「一社10億、10人の社長を作って100億の企業にしたい」
と頭の中で考えていましたね。
でも、それは間違っていました。
それもその人の器や個性で、さまざまですよ。
ステレオタイプみたいに売上を大きくして人を抱える20世紀型の成功モデルは、
21世紀には合わなくなってきています。
企画単一的なフォーマットに乗っかったものはもうムリ。
もちろん、やれる人はやったほうがいいですよ。
それは器と使命がありますから。
僕にはなかったんでしょう。
使命と器があったとしてもまた70人ではやりません。
うちは今10人ちょいです
10人ちょいだけど外部のブレーンパートナーさんが
準社員化しているわけです。
これで70人はOK。
やろうとしていることは、
そんな組織体を運営することです。
企業が生まれた以上、どれだけ続くかってことも重要なんです。
「success(サクセス)」は「succeed(サクシード)」
続くってことでしょう。
老舗が続いていることはすごいことですよ。

やはり今の会社を長く続けていく想いはあるんですか?

それはできたらうれしいよね。
それで飯を食って幸せになれる人がずっと続いたら、
社会的にいいし、歴史的にも残っていくわけだから。
僕らが生きてきた意味があるわけ。

僕も今の会社を105年は続くものにしたいと思っていたので、
継続することの意味や意義、すごく共感します。
今回、29歳がインタビューのテーマなのですが、
その頃のお話を聞かせていただけますか?

29歳は「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一さんの本をよく読んでいた。
未だに僕らは彼の恩恵を受けているわけ。
遺産として会社や学校、施設が残っているわけでしょう。
「論語」と「算盤」で道徳と経済は合一する
道徳経済合一説を唱えた人。
7~8年ほど渋沢さんの命日に墓参りしていた時期があった。
谷中霊園へ毎年11月11日に。
それくらい感じるものがあったんですよ。
そのこともあったから、
渋沢さんも僕を応援してくれたんじゃないかと思っている。
渋沢栄一さんは三つの「魔」を持っていたというんです。
一つはスポンジのように何でも吸収する「吸収魔」
次に、何でも提案する「建白魔」
そして、何でも結びつける触媒のようになる「結合魔」
この三つが僕もどこかに残っているんですよ。
城山三郎さんの『雄気堂々』を読んだらいいですよ。
その本に渋沢栄一さんの半生をまとめてあります。
坂本龍馬の時代に出てくる人だからおもしろいですよ。
あとは、船井幸雄さんの本を読んで、
気とか目に見えないものが大切で
それらを健康に取り入れるような時代になると知って、
「ファイテン」にも繋がったかな。
僕は直感型だけど、名前が哲学の「哲」に歴史の「史」だから、
哲学や歴史も好きだから洞察力もあるよ。
だから単なるアホじゃないです。
ちょっと変わったアホでしょう(笑)

社長インタビューでいろんな方にお会いしていると、
渋沢栄一さんのお名前がよく出てくるんですね。
まだ本は読んでいないんですけどここでも来たかという感じです。
これは読まないといけませんね。

今は明治維新や戦後より大きな転換期と言われているし、
それもまだ序章かもしれないしね。
昔はちょんまげを切って未知のことを始めたわけでしょう。
今のビジネスだって、ちょんまげを切ってやらなくちゃいけない。
今までやっていたことを捨ててやらなくちゃいけない時代だと思う。
それには、空気が大事。
その空気って初めから考えてできるものじゃない。
いつもその瞬間でやる。

まさに、直感型ですね。

僕はそう思う。
後付けの理由を付けるとそれが僕の役割なのかもしれない。
僕は子供の頃、ビー玉やメンコ、
石当てとかのいろんな遊びを自分が最初にやって、
おもしろいから流行らすことが好きだった。
大人になっても気づくと同じようなことをしている。
おもしろい商品やおもしろい人に出会って、
それを社会に流行らせることで、
人が元気になったり楽になったり、
不安がなくなって幸せになったらやっていて楽しいですよね。

子供の純粋な心のままでやっていらっしゃるんですね。

だからチタンテープも流行らしたわけです。
当初は胡散臭いと思われたかもしれないけど、
そんなことは別にどうでもよかったです。
チタンテープを売っていたんですよ。
こんなもの売れますかという話。
しかも、会社の名前は「日本ファンド」、どこのサラ金屋みたいな名前だし(笑)
だけど、経営者なら誰でもそういう経験に心当たりがあるんですよ。
みんな芋虫から始まるんです。
芋虫からさなぎになって蝶になるわけ。
みんなわけのわからないことをやっているんです。
そんな所からいろんな人との出会いとかで生かされていったから
次が出てくるわけです。
それが自己顕現です。
出てきたら開いてきたら現れるでしょう。
それが成長。
もう自己実現でどう生きるかという時代じゃないんですよ。

なるほど。

インタビューもこの瞬間です。
僕もインタビュアーの仕事もしていますけど、ほとんど考えていません。
質問で答えていることと心の中で考えていることって意外と違うでしょう。
考えたことを話すと逆におもしろくないんです。
答えを導いていくなんてしょうもない、テレビと一緒ですよ。
そんなインタビューなら、酒飲んで話したほうがいいですよ。
自然体で話しているときに無意識に出てくる言葉に、
エッセンスが含まれているんです。
それは考えていても出ないもん。

いろんな経営者の方にお会いして、
ちゃんと考えて話さなくちゃ、という不安はないんですか?

そう言う時もあるよ。
いろんな立場で考えて話しているけど、
できるだけ自然体でいられるようにする。
子供の話や嫁さんの話を振ることで、
パッと出てくる言葉がおもろいんですよ。
インタビュアーをしていても居酒屋トークですよ(笑)
インタビューをしている内容が定期購読誌で表に出ないから何でもござれです。

僕は独学でインタビューをやっているのですが、
何か勉強をされていますか?

しないほうがいいと思います。
これからは素人の時代ですよ。
素人の良さがだんだん高まっていったほうが、
逆に新鮮でおもしろい。
その中で、自分に必要だと思ったら知識とかを入れていったらいい。
情報が必要になったタイミングで得るのが一番いいんです。
タイミング以外で初めから参考書で覚えておいたら忘れますからね。

~~~同行サポーターからの質問ターイム~~~
山口社長が昔から大切にされている言葉はありますか?

自然体ですね。
アホになって夢中でいたいな。
そういう時は間違いなく輝いていますよ。

山口さんが起業された時代、
チタンテープだの、眉をひそめる方が多かったのではと思うのですが。
そんな時代に興味を持ったことを素直にやれたことがすごいなと思いました。

やっぱり興味があっておもしろいと思ったことをやっただけですから。
だから抵抗がなかったのも大きいですね。
男性は家でも社会でも鎧を着ている人が多いと思います。
最近思うのは自然体でいると本当の呼吸ができるということ。
カッコつけているほうが弱い。
さらけ出しているほうが弱いようで強いんですよ。
良くも悪くも自然体でいる男性を女性はかわいいと思っちゃうんですよ。
何かと世話を焼いて応援したくなる。
今までの価値観なら、
社長は尊敬されなくちゃいけない。
尊敬される社長が素敵みたいな価値観があるでしょう。
どんなことでも愛されたらいいですよ。
愛され方はさまざま。
僕も以前は、会社が成長する過程で、
No.2、No.3と衝突して、クーデターが起きたりして、
辛い時期もあった。
今にして思うと、その頃、僕は本音で話していなかったんです。
これじゃいけない、と思って
「社長と呼ぶのは辞めよう、ガッツさんでいこう。
みんなニックネームでやろうや。
それで風通しを良くしよう」
とニックネーム制度を導入したの。
ピラミッド型じゃなくてサッカーボール型にしよう。
どこから見てもサッカーボールの六角形。
六角形は反対側から回ったら違う人が中心になるでしょう。
どこから見ても誰もが主役。
役割が違うだけの話。

素敵な会社ですね。
ありがとうございました。
~~~同行サポーターからの質問タイム終了~~~
若い人たちやこれからチャレンジしたい人たちに対して、
20代のうちに何かやっておいたほうがいいヒントやアドバイスはありますか?

直感で思ったことは、とにかくアホになってやったらいいんじゃない。
人との出会いで変わっていくからいい人にどれだけ出会えるか。
無心なくらい夢中にやっていたら、そこに磁力が生まれて、
いい人を引き寄せることができる。
謙虚にやっていたらそういう覚えもあるでしょう。

運命的な出会いだと思っていても実は自分が引き寄せている。

ちょっと儲かったりしたら守りに入ったり、
欲のあるほうに行って、
心が置いてけぼりになることもある。
そうするとうまくいかなくなって、痛い目に合う。
そういうことも経験しないとわからないから、
人生に無駄なんかないんです。
失敗を恐れてやらないよりも
やって失敗して学んで自分の肥やしにしたほうがいい。

今までインタビューをしてお話を聞いてきましたけど、
一度も失敗しない人はいないですね。

それから、家族のことを考えるバランスも大切。
アホになって突っ走るのはいいけど、
「今、走っているからごめんな」
と、一言告げて家族のことも気にかけていることを伝えないと。
僕らの世代は高度成長時代に働いていた両親を見ているから、
家族より仕事となっちゃう。
仕事で成果を挙げることで家族を養って安心させようと思うから
「今は走らなくちゃいけないし、家で仕事のことを話してもしょうがない」
と無口になるんですよ。
男性がそのゲームに夢中になると女性は、
「私は子供を育てて家事をしているのに誰も評価してくれない」
と感じてしまう。
そうならないように、バランスをとっていかないといけない。
僕も痛い目にあったし、痛い目にあわせるようなことを
無意識にしてきたわけですよ。
そこで学んできたんです。
一番苦手で面倒くさくて学びたくない。
見て見ぬ振りをしたい学科ですね。
今もずっと補習ですよ。

では最後に、みなさんにお願いしているんですが、
29歳、当時の自分に向けたメッセージをお願いします。

「アホになってくれてありがとう」

今日はどうもありがとうございました!


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指す。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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