64人目 千田利幸さん:オフィスT.S

千田利幸さん
会社名 オフィスT.S
URL http://ameblo.jp/yume-ouen-senda/
公開日 2010年11月08日

今回の旅は、オフィスT.S 千田利幸さんです!

どんなお仕事をされているのか教えてください。

仕事はセミナーの講師や塾の主宰をしたり、
医療系のコンサルティングで歯医者さんや眼科さんに訪問しています。
女性スタッフさんの心のケアをしています。
僕の中でコンサルタントやセミナー講師という枠組みがない。
がんばっている人や悩んでいる人を元気にしたくて、
「目の前の人を元気にするお仕事」
という風に名乗っています。

今のお仕事をされる前に
どういった経歴を歩んでこられたんですか?

勉強をたくさんしたかったので大学には6年行きました(笑)
就職活動をしたことがありません。
奥さんとはその当時から付き合っていたので
「そろそろ働いたほうがいいんじゃない?」
と言われたので、雑誌をパッと開いたら、
求人をしていた会社があったのでその日に就職をしました。
それが舞台照明の会社。
会社に入って全国ツアーの仕事を3年くらいしたかな。
26~27歳の時に「このままではツブシがきかん」と。
毎日違う舞台だから刺激があって、
楽しい仕事ではあったんですよ。
その後はゴルフ練習場の支配人をしたり、
ネットワークビジネスをかじっていた。
3000人くらいのネットワーカーの前で
2時間くらい、こんなに儲かるんだよ!
みたいな話をしていましたね。
その頃、28歳29歳位から成り上がりたい気持ちが出てきて、
人の上に立ちたくなった。
「三十にして立つ」ということわざがあるから、
30歳で独立だと思った。
その歳に出会ったのが株式会社ネクシィーズの近藤太香巳さん。
彼は4歳年下なんだけど、
「この人、おもしろいな」と思った。
当時はデジタルツーカーやジェイホンなどの
携帯電話会社が出てきて自由化になったの。
僕は0円で携帯電話を配っていたのね。
それが最初の起業。
一台配ると6万円。100台配ったら600万。
ビジネスは簡単だと思って、
いろんなことにお金を投資したら
33歳の時に1億円の借金ができちゃった。

1億円!?
そんなにお金を投資していたんですか?

投資をしたり、接待営業をして仕事をもらったりね。
いつでもお金を取り戻せると思っていたから、
お金をどんどん借りていった。
22社から借りたお金が4000万円で
返済しなくちゃいけない金額が1億円。
33歳の時は毎日どこかから電話がかかってきた。
今でこそ弁護士が間に入って、
脅しをしちゃダメだと言ってくれるけどね。
当時は脅しもOKだったから、
何でもありの電話がかかってきた。
そんなことを経験して自己破産しようと思ったけど、
お金を返そうという気持ちがあった。
何でそう思ったかはわからない。
そこから借金を返済する人生に入って、
平成10年から平成19年までに9000万円を返していった。
返済している時はフルコミッションの営業で、
200万円くらいのコンピュータのソフトや
3000万円くらいの商品を販売したりしていた。
平成19年までその仕事をしていたけど、
契約がダメになり営業ができなくなってしまったの。
月10万円くらいの収入になってしまい、
まだ1000万円も借金が残っていた。
それが43歳の時。
43歳の4月から生活費や借金を含めた支払いが1か月100万円。
僕はサラリーマンができなかったのね。
サラリーマンでは返せない金額を抱えた状態だったから。
どこかに就職するというレベルじゃなかった。
43歳までセミナーや講演を聞いたことがなかった。
人の話なんか聞けるかって。
でも、そう言ってはいられなくなって、
一から学び始めたのが43歳の時。

意外でした!

若い人が世界一周をしたり学んでいる姿を見ると、
僕もその時に学んでいたら
相当違う人生を歩んでいたと思う。
いずれにしても僕は43歳から一気に学び始めた。
最初に聞いたセミナーが福島正伸先生。
2時間のセミナーを一番前で聞いて、
この人に付いていこうと思っちゃった。
一人でできるものはコンサルタントしかないと思って、
コンサルタントとセミナーで検索したら、
福島先生が出てきたんですね。
それがセミナーに参加してみようとおもったきっかけ。

ネットサーフィンをしていて出会ったんですね!

セミナー名が「超人気コンサルタント養成講座」
その上の講座が「究極のコンサルタント養成講座」なの。
「究極のコンサルタントって何だろう?」と思っていたら、
福島先生が
「究極のコンサルタントとは何もしないで側にいるだけなのに
その人がヤル気になって困難を乗り越えていってしまう人」
と言ったの。
意味がわからないけど謎めいてドキドキしたね。

確かにそれは究極のコンサルタントですね。

側にいるだけでコンサルタントになれるわけ。
「ヨッシャー!」と思って借金中なのに18万円払った。
2007年4月に出会い、12月までに77回東京に出てきた。
7か月で交通費とセミナー代を含めて600万円使った。
借金があるのにまた借りて年末には2000万円の借金があった。
先生に付いていけば何とかなると思ったけど、
最後には10万円の仕事さえなくなって、
2007年12月31日に完全な無職になってしまった。
年が明けた1月8日に「夢をかなえる塾」という塾があって
それは12回で50万円なの。
福島先生が「どう?」って聞くから行くしかないと思った。
お金はないけど、何とかお金を集めて塾に行ったのよ。
休憩時間に福島先生に
「先生、去年セミナーへ行ってがんばったんですけど無職になりました。
借金も2000万円で3日後の10日に130万円の決済があるんですよ。
そのお金もないんですよ。
今日も50万円も持って来ちゃったし、どうしたらいいですか?」
5分くらい話したら
先生がどんどんニコニコしてくるのよ。
「何をうれしそうな顔をしているのかな。
こんなに悩んでいるのにバカにしているのかな?」
と思ったね。そしたら福島先生が
「いや~千ちゃん、チャンスが来たね。日本を変える時だよ!」
と言うわけよ。
本当にわけがわからなかった。
「何のチャンスなんだろう?
福島先生はチャンスって言ったな」と考えたのよ。
「俺は今まで44年生きてきて、
本当に自分がしたいことをしていなかった」
みんなから「営業が得意だね」って言われたから営業をやって、
「話すと声が通るじゃん」と言われて話をしていたけど、
自分がやりたいことをやっていなかったことに気が付いた。
話すことが好きだから、
セミナーや人前で話すことを仕事にしていこうと思って、
4月に初めてのセミナーが天野さんだったの。

それが初めてだったんですね。

天野さんはベストセラー作家だから、
一般の人を対象にすれば60~70人を呼べると思ったの。
歯科業界にソフトを売っていたから
歯医者さんを元気にしたいけど、
彼らをターゲットにすると僕にはネームバリューと実績がない。
集まっても10人もいかないと思って、
福島先生に相談したの。
「歯医者さんをターゲットにするか、
一般の人をターゲットにしようか迷っているんです」
「そんなの千ちゃん、苦しいほうを選ばなくちゃ」
と先生はすぐに答えたけど、全然会話にならない。
「苦しいほうってどっちか?」
って考える自分もおかしいよね(笑)
苦しいほうは人が集まらないほうだろう。
難しいほうを選んだ結果、
歯医者さんのクライアントは15人いる。
会社は一度潰したので、
「チーム千田」というチームには7人いる。
一人ずつ契約で結ばれているけど、
みんな本業を持っていているの。
「千ちゃんをプロデュースしたい」という仲間が集まっている。

怒涛のような人生ですね。

福島先生にこう言われたの。
「千ちゃん、お願いを絶対したらダメだ。
人は苦しい時にお願いをするけど、
それに応じる人はほとんどいない。
応援したくなる人にならなくちゃ。
お願いをしていないのに
『何か手伝わせて』と言われる人にならなくちゃ。
そのためには何をしたらいいかを考える。
どうしたら向こうが
『手伝わせてください』と言われるようになるかを考える」
ホームページを見てもらったらわかるけど、
僕の収入の9割はコンサルティングとコーチングなのに
コンサルとコーチングの説明も料金体系も何も書いていないの。
ホームページに書いてあるのは、
一般の方が来てもいいというセミナーと
塾のお知らせが書いてあるだけなんだよね。

応援したくなる人にならなくちゃ。
この言葉は本当に的を得ていますよね。

福島先生のその一言で変わった。
僕は勘違いをしていたの。
お願いしないというのは「宣伝しちゃダメだ」と思っていた。
名刺にも肩書きや資格も書いていないよ。
あり得ないですよね。
ゼロになってみたからできるのかな。

29歳はノリノリな時期だったと思うんですけど、
その頃に夢や目標は漠然とあったんですか?

たぶん当時は夢を持っていなかったと思う。
「千田の夢は何だ?」と質問されて、
「夢なんて簡単に言えるか」と言っていたから。
なぜかというと話せなかったんだと思う。
夢という形でこれだというものはなかった。

20代から30歳に切り替わる前に
不安なことや危機感のようなものはありましたか?

不安だらけだった気がする。
不安は未来からやってくると思う。
未来が明確でないから不安になる。
目の前にあるもので不安になることはなくて、
「俺、3年後に死ぬかな」と未来がわからないと不安になってしまう。
当時は粋がっていたけど、
今から分析すると僕の心は未来に夢がなくて、
不安だらけだったと思う。
人に不安だとは言わなかったけどね。

表では不安ではない素振りを見せていたわけですね。

本人も不安だという意識はなかった。
意識が不安じゃないからって不安だとは限らない。
気付いていないだけ。
人間って意外と心の状態に気付いていないんだよ。
意識で「俺は大丈夫だよ」と言っているけど、
本当に大丈夫なら「大丈夫だ」と声に出さないよ。

そうだったんですね。意外でした。
今の姿からは全然想像がつきません。

人に勝つことや社長になって大金を稼ぐことで
不安を打ち消すと思っていたのかな。
きっとなりたいことではなかったと思う。
年収3000万円になりたかったわけじゃなくて、
お金を稼ぐことで不安がなくなると思っていた。
漠然とした不安じゃなくて、
何だかわからないけどモヤモヤしている。
不安として認識していない不安だったと思う。
何をしたらいいのかわからない。
社長になって名刺をもらった時にホッとしたよ。
目の前に形としてできたし会社も登記したしね。
でも不安を解決することには
何もならなかったね。
当時は不安でいっぱいだったな。

20代の人もそうですし、
日本全体が不安に包まれている所があると思うんです。
セミナーで人を元気にしていくと話されましたけど、
今後、どういう発展をして、人を元気にしていかれるのでしょうか?

「チーム千田」のミッションは、
「目の前の人を元気にすること」です。
人が元気になる時って誰かを応援している時だと思うの。
子供が生まれた時に父親と母親がすごく元気になるのは、
自分が支えなくちゃいけない対象ができるから。
運動会のお父さんとお母さんって元気じゃん。
子供が小さくてビリなんだけど、あきらめずに走ったり。
途中でビリだからって止まったらその子を応援できないじゃん。
「夢(ドリーム)プラン・プレゼンテーション」も
なぜ大人の夢を語る大会をやっているかというと、
夢に向かっていく姿がまさに応援すべき資格なの。
本当にやりたかった夢を40~50代の大人が
あきらめない宣言をしていく姿を見るだけで
間違いなく応援したくなる。
自分の夢を見ようという人もいるし、
子供の夢を聞いて応援しようと思って帰る人もいっぱいいるのよ。
僕は人の夢を応援することを
これからもやっていくことで元気にしていく。
ビジョンは「安心できる空間づくり」。
安心できる空間づくりが人を元気にしていくと思っている。
安心できる空間というのは何を言ってもいい空間。
わがままを言ってもいい空間ではなく、
何を言っても相手から受容される空間。
夢が最たるもので、
僕は43歳の時に「世界にたった一冊の本」という子供たちに
一冊の本を贈る夢を持ったの。
それを安心できる空間じゃない所で言うとさ、
「それに何の意味があるの、儲かるの?」
と言われちゃう。
それは安心できる空間じゃないじゃん。
本当にやりたいことが大きい小さいに関わらず、
話せる空間というのが安心できる空間。
それを会社とかセミナー会場でも
塾の20人の塾生の空間でも全部同じことをやっているの。
安心できる空間を作れば人は夢を語れる。

~~~同行サポーターからの質問ターイム~~~
歯医者さんに目を付けたきっかけを教えてください

平成6年に会社を創った時に
友達の会社と一緒にコンピューターのソフト開発をしていたの。
美容院で髪型の写真を撮って、
次回来た時に前と同じ髪型と言うとその写真が出てくる。
自分の顔写真に髪型を変えるソフトで、
60台くらい売れたかな。
会社を創った階の下にいた歯医者さんがそれを見て
「歯がこんな風になるソフトを作ってよ」
と言ったの。
平成7年にソフトが完成したのね。
歯医者さんはお金を持っているだろうから、
120万円くらいで売れるかなと思ったけど、
全然売れなかった。
それから改良し続けて
平成9年の段階では相当いいソフトになっていた。
平成20年までに4000台売ったね。
その時に3000人くらいの歯医者さんへ訪問していたの。
僕が会社を創っていろいろやっていたことを話すと
興味を持ってくれるわけよ。
平成12~13年から歯医者さんも競争時代に入ったんですね。
今は5人に1人がサラリーマン以下の年収。
コンビニが3軒あったら、
歯医者は倍の6軒もあるから競争が激しい。
お客さんに来てもらうマーケティングや
女性スタッフさんのマネージメントも必要。
お金も簡単に儲からないので経営も学ばなくちゃいけない。
相談を受けているうちに
この人たちを元気にしたいと思って、
歯医者さん向けにコンサルティングを始めたの。

別の新たな仕事を始めるとしたら何をしますか?

ブッ飛んだ夢は、世界中で講演していること。
もう一つは子供たちの夢を応援する村を作りたいので、
子供に携わる仕事をしたいかな。
やっぱり話すことで元気にしていきたい。
ビジネスじゃないこともいっぱいやっているけど、
仕事がなくなったら本気でやりたいこともできなくなるから、
そこに入っていけない気持ちがちょっとあるかな。
何も制約がなかったら子供と関わりたい。

ありがとうございます。
~~~同行サポーターからの質問タイム終了~~~
20代の人に向けて、今からやっておいたほうがいいことを教えてください。

今浮かんだのは二つ。
まずは師匠を見つけたほうがいいね。
見つからなくてもいいから
この人は俺の師匠と思えるかという視点を持ったほうがいいかな。
人間って、人格の7割は両親から受け継いでいる。
生まれて最初に見た大人が両親だから。
両親の箸の持ち方から話し方まで間違いなくロールモデルになる。
だから10~20年後にどんな自分になりたいかという
ロールモデルを探したほうがいいと思う。

ロールモデルになる人を探す時に、
探し方がわからない人が多いと思うんですよ。
「どうやったらいいんでしょうかね?」という質問が多いと思います。

師匠を持つ意味を考えたり、
「あなたの師匠は誰ですか?」と質問していけばいい。
一流と呼ばれている人に
師匠がいないなんてあり得ないから。
もしくは今いなくても
「誰を目指してきましたか?」とか「誰が心の師ですか?」とか、
「今、師匠として仕えている人はいますか?」でもいい。
二つ目が徹底すること。
自分の目の前のことに夢中になって徹底する。
目の前のことが
将来の何につながるかなんて関係ない。
夢中にやれない人が
チャンスに出会ったって徹底的にやるわけがない。
一事が万事につながっているの。
徹底する生き方は若ければ若いほどいいね。

あきらめる人のほうが多いかもしれませんね。
情報が多すぎるからあれもこれもと
すぐに変わってしまう人が多いのかなと。

やりたいことや好きだと思ったことを
徹底してやっている姿に誰かが共鳴すると思うよ。
僕は師匠から
「たった一つの生き方は徹底することだ。
徹底する以外に人を動かす生き方はない」
と教わった。

それでは、当時29歳の自分に向けたメッセージをお願いします。

「徹する人が成す人」

今日は、貴重なお話をありがとうございました!


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:(2018年時点)
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指すこと11年目。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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