76人目 井出秀嗣さん:株式会社マザーランド

会社名:株式会社マザーランド
URL:none
公開日:2011年01月17日


今回の旅は、株式会社マザーランドの井出秀嗣さんです!

お仕事のご紹介をお願いします。

平成9年にカイロプラクティックの施術院を開業し、
「アスレティックトレーナー」という準医療従事者の人材派遣や
ファイテンの専門ショップを何軒か経営しています。

昔、音楽をやられていたと。

元々はミュージシャンです。
ドラムを叩いていたんですけど、
それによって腰や首を悪くし、腱鞘炎にもなってしまい、
あちこちの治療院に通っていました。
それがきっかけで手技療法に興味を持つようになったんです。
30歳になり、音楽では将来の不安があったんです。
要するに自分の才能に限界を感じていたんですね。
何か手に職をつけないとつぶしが利かなくなっちゃう。
漠然と人を揉みほぐすのは嫌いじゃなかったんです。
普通の人は揉むと疲れちゃうけど、
僕はドラムやっているから、手を使うのは苦じゃなかった。
ある日、メンバーに音楽を諦めて手技療法をやる。と告げたんです。
すると、メンバーのお父さんがカイロプラクティクの学校をやっていたんですね。
お金も持っていないし、漠然と考えていたんだけど、
「信用で学費もサインなしのクレジットでいいか聞いてやる」
と言ってくれて。
で、友人のお父さんの学校に行くことになったんです。
その学校は「マニピュレーション」を教えていたんです。
「マニピュレーション」というのは、
骨をゆがませる原因は筋肉にあるという考えで、
筋肉を主に操作していく理論です。
体験入学で体験させてもらったら、
頭をガーンと殴られたように「これだ!」と。
今まで治療院に通っていたけど、
こんなに気持ちが良くて、
安全で効果をすぐに感じられたので、こんな商売はないと。
その瞬間、天職だと思ったんです。
僕は10歳でドラムを始めて将来はこれで食っていこうと思っていたんです。
もちろん、それで食えてはいたけど限界も感じていました。
演奏能力や才能にいつも疑問があったんです。
だけど、「マニピュレーション」を受けた瞬間にこれは天職だと。
すぐに音楽を辞めて、学校に入学ました。
ちょうど31歳の時ですね。

ちなみにインタビューのテーマでもある29歳の頃は?

その頃が一番、音楽に限界を感じていた時期ですね。
それなりに、贅沢しなければ食べられるくらいの収入はあったけど、
今の若い人と違って、車を持っていなくちゃ移動に困るし、
アパートも借りていたので、音楽の収入だけじゃ足りなかったんです。
それだけでは食えないので、
アルバイトから社員になった仕事をこなしながら
音楽活動をしていたんです。
その仕事は22歳の頃からずっと続けていました。
その頃は、主任でしたが、次期係長の話も出てきて、
音楽を諦めようかと思うと同時に、手に職をつけたい気持ちもあったり…。
決めかねてグチャグチャしていましたね。

その時にどんな行動をされたんですか?

結局は何もできませんでした。
気持ちはグチャグチャしているけど、それなりに居心地がいいわけです。
音楽の収入もあるし、正社員で待遇もとても良かったので。
休みも多かったから音楽活動に何の支障もなかった。
暮らしていく分には何も不満足なことはなかったんですよ。
だけど気持ちの面では何か今ひとつでしたね。

ご縁があって今の素晴らしいお仕事に出会えたんですね。

そうですね。
おかげでその学校に行って、天職に出会いました。
天職だと思ったのもそうですけど、
やっていける自信がすごくあったんですよ!
「これで絶対やれる!」という変な自信です。
何も根拠はないんですよ。
ここ(立川市)も当時は、
針やマッサージ、指圧、カイロプラクティックなどの同業者が
たくさんいて激戦区でした。
でも、「ここに来てやってやろう」という変な自信があったんです。

ある意味、立地的に悪い場所ですよね。

事前に調べてはいましたよ。
同業者がいっぱいだなって。
でも、自分の腕試しじゃないけど、
「ここで絶対やろう。ここでダメならどこに行っても通用しない」
と思っていましたね。
ある程度自信もあったけど、
それ以外に特別な根拠はなかった。
こうすれば流行るという戦略もなく、
変な自信だけで、ここでやってやろうと思って開業したんです。

13年間の経験の中で苦労されたことなどはありますか?

販売ビジネスを始めたので、
昨今の不景気の波はありますね。
従業員さんを雇っていますから、
売上がダウンして、資金繰りで苦労することはあります。
ただ、手技ではまったくないですね。
それがあるから、精神状態が保たれている面はありますね。

ファイテンの商品が並んでいますけど、
それは開業中に出会ったのですか?

僕が学校に通っていた時に卒業された方がたまたま来ていたんです。
その人は静岡で開業することになって、
いろいろ話した結果、卒業したら手伝いに来いと。
卒業後、1年半ほど静岡で仕事をしていた時に
卸業者さんがファイテンのテープを持ってきてくれたんです。
少し凝っていたのでテープを貼った時に、
「何だこれ!」とまた頭にガーンって。
「こんなテープが出たら僕らの仕事にならないじゃん!」って思うくらい。
それがファイテンとの出会い。
開業した時にはすぐにファイテンから卸してもらいましたね。
ファイテンと出会ったのは、かれこれ15年くらいかな。

マザーランドという社名をつけたきっかけというのは?

僕が静岡でお手伝いしていたカイロプラクティック施行院を退社し、
自分で開業しようと立川に帰ってきたのが平成9年です。
開業するに当たってどういう名前にしようか考えていたんですね。
まずは若い人からお年寄りまでの幅広い層に
1回聞いたらすぐに覚えられる名前。
それでいて優しい名前。
いろいろ考えていた時に、
マザー・テレサさんがお亡くなりになったんです。
そのニュースを見ていて、マザーってすごくいい響きだなと。
たぶん、ご存知ないでしょうけど、
浪越徳次郎さんという指圧の神様がいたんですね。
指圧を日本で体系付けた人。
その昔、テレビによく出ていたんですね。
その人がテレビで
「指圧の心は母心、押せば命の泉湧く」
と言って、親指を出していたんです。
それもあって、母心だよなと。
手当ては、英語でマザーズタッチと言って、
子供の痛い部分を触ってあげるのが語源です。
そういうことも相まって、マザーとつけたんですね。
13年前は個人事業で設立をしたんですけど、
8年前にファイテンさんのビジネスを始めるときに法人にしました。
それを契機にマザーランドに変更しました。
マザーランドには母体、母国という意味があり、
僕らはここからを母国として、
色々な事を発信していこうという想いが込められています。

今後の会社のビジョンや目標は?

ちょうどトレーナーの派遣を始めたばかりです。
7月にトレーナーの人材を雇い入れて、10月から始めました。
それも出会いなんです。
今いるトレーナーは、高校時代にテニスをやっていたんですけど、
腰痛がひどくなってうちに通っていたんです。
それがきっかけで興味を持って、
大学に行きながらここで勉強に来ていたんですよ。
当時はちゃらんぽらんなヤツでしたけど、
「何したいの?」
といろいろ聞いていくと
「トレーナーに興味がある」
って話してくれたんですね。
語弊があるかもしれないですけど、
日本のトレーナーは国家資格じゃないんですよ。
アメリカのトレーナーは国家資格なんだと話したら、
「じゃあ、僕アメリカに行きます」
英語もできないのにアメリカへ行っちゃったんですよ。
そして、大学を出て「ATC(米国公認アスレティックトレーナー)」の免許を取って、
大学院で3年勉強して、日本に帰ってきたんですよ。
で、挨拶に来てきれたんです。
「先生、帰って来ました」
と言って出したのが免許だったんです。
「先生、これをその辺に飾ってください」
「えっ、どういうこと?」
「僕、しばらくここでやらせてもらいます。」
彼ぐらいでしょうね。
履歴書も出さずに就職したのは。
「先生、僕トレーナーで派遣に行きますよ!」と。
それが7月の終わりくらい。

無茶振りですよね。

でも、よく勉強しているんですね。
こんな風になるとはまったく思っていなかった。
あの時、教えたことがこんな流れになってくれて、
親心じゃないけど、良かったと思いますよ。
今のスタッフもしばらくはうちでやるでしょうけど、
ちゃんとした免許なので、成長したら彼も巣立っていくかもしれませんね。
うちを発展させようと彼もがんばってくれているので、
何段階かはわかりませんが、
ここでもう少し発展させられそうだなと思っています。

例えば、多店舗展開も考えていらっしゃるんですか?

彼がしばらく続けて、
もう少し彼の患者さんが増えてきたら。
違う場所に引っ越そうかとか、
もう1店舗出そうかと漠然と考えていますね。

~~~同行サポーターからの質問ターイム~~~
普通に暮らしていると、
何となく体がだるいなと思うことはあるけど、
普通の人も整体に行こうと思うようにするには、
どうすればいいのかお考えでしょうか?

うちの商売は難しいと思うんですよ。
スポーツをしていた方や調子の悪い方だけを相手にしていたら
正直なところ商売にならないんですよ。
一般の人たちを相手にしないと全然商売になりません。
学生さんは別として、
社会人になったら使える時間は少なくなるわけで、
「どこをターゲットにするのか?」と考えたら、
主婦層なんですよ。
午前の終わりくらいから午後の夕方くらいまでの時間帯は主婦層なので、
彼女らをターゲットにしなくてはダメなわけです。
治療という風に考えているかもしれませんが、
治療だと遅かったりするんですよ。
1回、2回じゃ良くならないんです。
それよりも、予防を考えましょうと。
うちでは治療よりも予防に取り組んでいるんです。
宣伝も必要ですけど、
同業者も多いので、チラシを打とうがポスティングをしようが
新しいお客様はほとんど望めないんですよ。
「疲れが万病の元なんですよ。
健康であれば何でもないけど、
疲れというものが一番良くないんですよ」
と丁寧に説明して、主婦層を口コミで紹介していただくようにしています。
たまに主婦の人でも体が辛いから来てくれて
「私は何にもしていないのに何でこうなるんでしょうね?」
と言うんですよ。
それは何にもしていないからなんですね。
少しでも動いていれば血行は上がるわけですから。
そうすると、疲労物質が流れるので、
疲れはそんなに残らないんですよ。
人間は眠れば疲れが取れるようになっていますから。
疲れが取れないのは、どこかで動かなくなっているんです。
それは姿勢だったり、アイロンがけや洗濯なのかもしれない。
毎日の反復の動作によって疲れているんですよって。
その話をすると、
その人が主婦のお友達をどんどん紹介してくださるんですね。

社長は音楽で行き詰まりや限界を感じて、
うまいことスイッチが入ったじゃないですか。
僕も大学生活で新しいことができるんじゃないかと考えているんですけど、
自分の中でスイッチが入らないんですよ。
何か参考になるような話があれば教えてください。

今の若い人たちのほうが
周りに何でもつかめるレバーがいっぱいあると思うんですよ。
門戸が広くていろんなものを吸収できるし、
たくさんの情報を得られますよね。
結局、器用貧乏じゃないけど、
何がいいのかが自分でもわかっていないだけだと思いますね。

それを気づくためにはどうしたらいいんでしょうか?

もし、自己分析ができないのなら、
親友やご両親に
「僕ってどういう人かな。
どういうところが悪い、どういう面がいいかな?」
と素直に聞いてみて。
あとは好きこそものの上手なれじゃないけど、
好きなことを続けていたほうが何か見つかるかもしれない。
焦らずにいくこと。
焦ってしまうと、とんでもないものをつかんでしまうから。

親にも言われるんですけど、
つい焦ってしまうんです。

それもわかりますけど、
焦らずにある程度のんびり構えながらも
いろんなものを吸収していくことです。
まだ20歳だから大丈夫だと思う。

そのさじ加減がよくわからないんです。
今日、お話を聞いていて、マッサージの世界もいいなと。
自分の中で興味のあることが絞り込めない状態です。
どのタイミングで選択すればいいかがわかりません。

アルバイトでもできるんだから、
自分に向いているのか、
本当に楽しいと思えるかどうかかじってみる。
想像だけではわからないから。
料理の本を買ってきて、家で作ってみたり、
何か行動が伴わないとイメージだけでは難しいですよ。

ありがとうございます!
~~~同行サポーターからの質問タイム終了~~~
20代のときにこんなことをやった方がいいよという
アドバイスはありますか?

僕は音楽しかなかった。
「絶対にこれだ」と思っていたんです。
たまたまそういうものに出会えたんですね。
何かに出会って、それを吸収してチャンスを活かせるかだと思うんですよ。
やっぱり、具体化しないことにはイメージだけではわからない。
なぜ、僕が10歳でドラムを始めたかというと、
近所のお兄さんがバンドをやっていて、
その姿を見てドラムってカッコいいと思い、スティックを持ったんです。
そして、具体化して
「絶対にこれで食おう」
って思って、叶ったんですよ。
才能はダメだったけど、
ある程度のところまでは行けたんですよ。
手技療法の世界も漠然といいなと思っていたら、
友達が「親父がやっているよ」って。
そういったチャンスや出会いをうまく活かしいくことです。
それがダメなのかいいのかは自分の判断を信じて行動するしかない。
行動に移らないとイメージのままで終わってしまうので、
決めるというより、とりあえずかじってみる。
絵に描いた餅じゃ駄目なわけです。
食わなくちゃいけないわけだから。
思ったらとりあえず行動してみる。
ただ、あまりお金がかからない範囲でね(笑)
話を聞けるものだったら聞いてみる。
料理だったら家にある食材でできるわけだし、
マッサージだったら、仕事で疲れているお父さんにできますよね。

昔の20代の人たちと今の20代の人って何が違いますか?
僕はちょうど狭間にいるので比べようがないですけど。
今の20代は何か夢中になっている気がしないんですよね。

僕も同じくそう思いますね。
やっぱり、いろいろありすぎて決められない。
みんながみんなそうではないんでしょうけど、
僕にはそう見えますね。

ある意味、贅沢なのかも?
インターネットが流行ってしまった原因もあるかもしれませんね。

そこにいるだけで情報が得られちゃうから。
だから、腰を上げようという気力がないのかもしれないですね。
でも、みんながみんなじゃないと思いますよ。
(同行サポーターを見て)
すごくいい顔やいい目をしているし、何かやりそうですもん。
みんなじゃないと思いますが、
残念なことにそういう風に見られちゃうことが多いですね。
話は違うかもしれないけど、
最近、うつ病も
「首のコリが原因によって引き起こされるかもしれない」
という文献が出てきているんですよ。
そう言われている時代なんですね。
ですから、まんざらでもないかもしれませんよ。
やる気を取り戻させる。
うちのチラシのコンセプトは、
「とにかく元気を思い出しましょう。
あなたの元気だった時を思い出しましょう」
なので、ちょっと行動してみよと思うかもしれない。

最後にみなさんにお願いしているのですが、
当時、29歳のご自身に向けたメッセージを色紙にお願いできますでしょうか。

ちょうど暗黒の世界だったので。

諦めてもう投げ出そうと?

それはなかったんです。
ただ、何だかぬるま湯に浸かっているような状態で
音楽も限界だからダメだなって。
就職もできていたから、そのままいけば良かったのかもしれないけど、
何か将来的にやってみたいといろんな思いがあった時ですね。

サラリーマンの方も含めて
何かやりたいけど悶々としている人って多いと思うんですよ。
たくさんの人と出会うことで、
チャンスを活かしていくことが一番の近道になるのかなと。
僕もいろんな方と出会うことで変わってきました。

やっぱり出会いですよね。
何と出会うか?
人もそうだし、物もそう。
僕だって音楽しかないと思っていたから。
それ以外は何にも考えていなかった。
なのに、何でこんなに満たされないんだろう、
やればやるほどダメで、
やってみなくちゃ、わからなかった世界ですけどね。
曲もそこそこ売れたものを出ししていれば、
ファンは観に来るわけですよね。
だけど、僕らは何千回も演奏していて、
もうこれを演奏したくないと思っていても、
それを求めてくるから、自分のテンションではムリだって演奏をする。
人間だから調子が悪い時もあって、
そんなテンションでもお金を払って観に来てくれているけど、
ちょっと出しきれないみたいなものがずっとありましたね。

そういう時代があって今に至るんですね。
本日はありがとうございました!