81人目 伊藤豊さん:スローガン株式会社

伊藤豊さん
会社名 スローガン株式会社
URL http://www.slogan.jp/
公開日 2011年04月19日

今回の旅は、スローガン株式会社の伊藤豊さんです!

まずは会社のことを含め、自己紹介をお願いします。

平たくいうとベンチャー企業さんの採用をお手伝いしている会社です。
人材系の会社さんや採用のお手伝いをしている会社さんって、
人の役に立ちたいとか、人が好きだからその仕事をしている。
という所が多いと思うんです。
他の会社さんとちょっと違うのは、僕は
「新しい産業とか新しい事業をもっと創っていく社会にしないとまずい」
という危機感から会社を始めたんです。
新産業や新事業を作っていくうえで必要なのは人です。
挑戦する人が一定数いないとそういう社会にならない。
ベンチャー企業に投資をもっとしなくちゃいけないとか、
起業家を支援するためにもっとお金が必要だと言いますが、
お金は十分あると思っています。
イケている優秀な人や志のある人がいっぱいいれば、
お金はいくらでも引っ張れる部分もあるわけです。
むしろベンチャーキャピタルは、
投資先がなくてお金が余っているくらいのところもあります。
だったら、優秀な人材をもっとベンチャーや起業家の世界に送り込まないと
新しいものをどんどん作っていく社会にはならない。
そうならないと僕らの親世代が作ってくれた遺産を
どんどん食いつぶす社会になってしまいます。
有名企業やブランドランキングに乗っかろうとする安定志向は、
国を滅ぼすくらいの危機的な状況につながるんじゃないかと思ったんですね。
少しでもチャレンジする人を増やしたいという思いから起業し、
「ベンチャー的な分野にヒューマンキャピタルを供給する」
というコンセプトで会社を経営しています。

事業はいつ頃始められたのですか?

5年前の28歳の時に会社を創りはしましたが、
1年くらいは右往左往していました。
その結果、何をしていいかわからなくて、
2年くらい迷走していましたね。
世の中を良くすることをしたい。という思いだけで始めましたから。
人材や教育という分野を変えなくてはいけないって。
その分野にダイレクトに取り組みたいと思ったので、
前職の会社を辞めて飛び込んでみたものの、
大企業の中でそこそこ優秀だという能力と
実際に起業して事業を立ち上げるのに必要な能力はまったく別なんですよね。
使う筋肉が違うスポーツみたいなもので、全然通用しなかった。
いろいろ勘違いしていたことがいっぱいあったんです。
今思えば、世間知らずでした。
ただ、たまたま出会った起業家の方々から色々と教えてもらいながら、
大企業でなまった体をリハビリしました。
起業家体質に変えるのに2年くらいかかりましたね。
3年目くらいから今のコンセプトや事業ビジョンを持って、
会社の経営を何とかできるようになってきました。

起業した頃から仲間はいらっしゃったんですか?

当時は1人です。
学生インターンは何人かいましたが。

そこから自分の夢や志を語りながら仲間を増やしていったんですか?

ミッションステートメントがあるんですけど、
会社のミッションをより明確にして、
それを言葉にしたのが転機といえます。
一言一句にこだわり、
時間を取って作成したのが2年半くらい前。
そのタイミングから社員やインターンも増えましたし、
それをみんなと共有したことで
チームとしての結束や強さは増したかな。

今回のインタビューのテーマは29歳なのですが、
29歳は迷走していた時期になるんでしょうか?

ちょうどその頃ですね。

29歳の1年間で思い出に残っている出来事は何かありますか?

起業して1年半くらい経った時期に
会社を辞めたほうがいいんじゃないかと思ったことが一度ありました。
このまま僕が会社を続けていると、
お客様や会社で働いているスタッフも迷惑するだろうと。
能力のない人間が起業するのは、
やってはいけないんじゃないかと。
さらに、ある方から
「君、辞めたほうがいい」
と、言われたんですね。
お世話になっていた先輩の一言です。
「君は1年半経ってもその程度なのか。
一度出直して修行したほうがいい」
と、言われました。
さすがにショックでした。

あきらめなかった原因というのは?

これはよくわからないんですけど、
何の嫌味でもなく、単純にネジが抜けていたというか。。。
どこかネジが抜けていたり、
バカでないと起業しないと思うんですね。

バカでないと起業しない。なるほど。共感できます(笑)

バカな状態だと起業しないでしょうね。
そのバカな状態が2年間続いていたと思うんです。
普通の心理状態だったら会社をたたんでいると思います。
最初の起業した2年間って収入がゼロでしたから。
会社の売上はありましたが、
それをすべて経費などに払って僕には残らなかったので、
給料を取らない生活を2年間続けていました。
28歳から29歳の時に収入ゼロというのは、
世の中にはあまりいないと思うんですけど、
そんな2年間を過ごしていました。
自分の個人の貯金を食いつぶす2年間。
個人のお金なので生活できなくなる可能性もあります。
それをまったく気にしなかったので相当なアホですよね。
ありえないくらい気にしていなかった。
ちょっと異常な精神状態かもしれなかった。
鈍感なのかもしれませんが。

お金に執着せず、
日本や社会のためという意識が強かったんですね。

ただ、あるとき、お世話になっている経営者の先輩から
「自分の理念や夢を言ってんじゃねぇ。
まずはお客様のことを考えろ。
ちゃんとお金を稼がないとあなた自身の生活もできないし、
あなたの夢に共感してスローガンに乗員してくれている
スタッフにも給料を払えなくなる。
理念的なことを語る前にちゃんとお金をいただけるだけの
価値を生み出すことをしっかりやれ」
と、言われたことがありました。
当たり前の話なんだけど、
目の覚めるきっかけでしたね。
こうやって深刻そうに語っていますけど、
どちらかというと能天気なタイプで、
ほとんど落ち込んだことはないんですよ。
今、話した出来事もその夜はさすがに落ち込みましたけど、
一晩寝ると回復するタイプ。
だから、ちょっとネジが抜けているんでしょうね。

迷走した2年間を経て、
利益をきちんと出せるような形に持ってこられたわけですよね。
具体的にどういったアクションを起こされたんですか?

自分たちのやっている活動が
誰かに感謝されているかってことを常に意識しているんです。
お客様が何を求めていて、
どんなことを提供すれば価値を感じてお金を喜んで払うかということを
ちゃんと考えたんですね。
当たり前のことなんですけど、
当時の僕は、少なくとも最初の2年間は
ちゃんとできていなかったんです。

みなさんに聞いているのですが、
29歳から30歳に切り替わるお誕生日の思い出。
何か覚えていらっしゃいますか?

正直に言うと覚えていないですね。
自分が何歳かなんてそんなに意識していなかったんですね。
「伊藤さん、何歳ですか?」と聞かれたら、
適当に答えていました。
29歳の時は30歳くらいだと答えていたと思います。
30歳はターニングポイントだと思う人もいるとは思うんですけど、
僕はあまり意識していなかったですね。
29歳になった時点で30歳のつもりだった。
これは自分でもよくわからないですね。
25歳くらいの頃から常に1~2歳上で考えるようにしていました。

では、20代のうちにこういったことをやってほうがいいよという
ご自身の経験を踏まえて、アドバイスみたいなものがあれば教えてください。

学生にいつも話しているのは、
休学中に自分がおもしろいと思う会社に飛び込み、
そこへバイトで入らせてもらって、
社員になるくらいフルタイムで働いて
社会人の経験を先取りすることを大学時代のどこか1年間でやること。
社会人経験に近いことを半年以上したうえで大学に戻ると、
もっとこういうことを学びたいとか、
これが必要だということがわかってくるから
大学の授業の見え方も変わると思うんですね。
「会社でお客さんにこう話したけど、
お客さんはこんな反応したけど、
どういう意味だったんだろう」
例えば、心理学の授業で学んだ理論を
実践と結びつけて考えられるようになってくると思います。
大学での学びもより有意義なものになるでしょうし、
自分のやりたいことや向いていることが
より早く見えてくると思います。

学生のうちに社会人の経験を先取りする。
ただ、一歩を踏み出す勇気の無い学生さんが多いのかと思います。
そういった方々にどう一歩を踏み出させばいいのでしょう?

優等生でいることはそんなに価値がないということに
どう気づいてもらえるかですね。
あるいは逸脱するのは評価が悪くなるという誤解をどう取ってあげるか。
採用側から見て、
1年留年していろんな経験をした人とストレートで卒業する人の
どちらがほしいかと言ったら、
1年留年してでも、いい経験をしている人のほうが
ただ大学の授業に出ていた人より魅力的に見えるでしょうね。
1年留年していることだけでダメだというそんなバカな話はない。
根本の価値観として横並びなのはあまり価値がない。
どちらが価値のあるかということを判断する価値基準を
いろんな本を読んだり人の話を基にして
価値観の転換をしなくてはいけないと思うんですね。

価値観の転換。すごく共感できます。

希少な物に価値があるということを腹の底から理解できるか。
一生、自分の中に背負える希少な物を作っていくこと。
その辺がわかってくると、全然怖くないですね。
4年間ストレートで卒業するほうが逆に怖い。
普通のよくいる学生の一人だと思われないように、、
休学して何かをやったほうがいいですね。
こんな学生が本当にいるんだ!と言ってもらえる希少性をどう作るか。
そのために経験をどうデザインするかが必要だと思いますね。

~~~同行サポーターからの質問ターイム~~~
(女性サポータ1人目)
以前、伊藤社長の講座でお話をきいたことがあるのですが、
就職ランキングの話のときに、
「ランキングに入ってくる企業はほぼ50年前にできた会社」
と、おっしゃっており、確かにそうだなと思いました。
小さい頃からテレビでCMを観ていたり、
商品を買っている影響は当然出てくると思うし、
親の話から広告としていいよという風に言われることも大きいです。
接点が多いことが関係してくるんじゃないかと思うんです。
だけど、私はGoogleのような会社が入ってきたり、
もっとこれから成長するであろう会社が
ランキングに入ることが必要だと思っているんです。
伊藤社長の視点でそれを改善していくには
どうしたらいいのか。どうお考えなのかをお聞きしたいです。

そもそもランキングを止めたほうがいいと思うんですよね。
学生が就職活動の初期段階に
人気企業を聞いているという問題点があります。
質問票自体を見たことはありませんが、
学生から聞く所によると、
最初から前年度のランキング上位の有名企業が
プリントされていて、そこから選ぶとか。
だから、大企業に集中するのは当たり前。
知っている大企業の中で人気投票をしているだけに過ぎなく、
いわば好感度調査のようなものです。
でも、学生は大企業志向かというと、そうでもないんじゃないかと。
「もっと現実に考えてリアルにその会社に行きたいですか」
と質問した時に、「違う」って答えると思います。
お客様の立場として使う分にはいいけど、働く会社としてはどうかなって。
とはいえ、大手志向、安定志向も強いので、
そこをどう変えたらいいのかというのは結構難しいですよね。
いろいろな大手企業に有利な情報が出ていますから。
例えば、生涯年収ランキング。
これもちゃんちゃらおかしいんですけど、
今の23歳の人が55歳の人や60歳の人と同様の
給料カーブを描けるかという保証なんてないわけですよ。
これからの30年間、一流企業が同じように
人口ピラミッドを社内で形成できるかという保証はないわけだから。
生涯年収ランキングも非常に危ないんですね。
ただ、そういうものがウケるので、
メディアとしてはネタとして使わざるを得ないんですけど。
もっと読む側のリテラシーも向上させなくてはいけない。
いろんな物に対するリテラシーが足りないというのが
根本原因といえるかもしれません。
安易に踊らされないようにデータの見方や
その企業の発展の歴史をちゃんと教えていく。
産業史や企業史、キャリアに対する理論を
もっと広めなくてはいけないと考えています。
キャリアというのは理論としては研究されてはいるんだけれども、
誰もちゃんとわかっていないようなものですから。
学生はもちろん、社会人でもわかっている人は少なくないですね。
僕自身も完全にわかっているかというと、わかっていないだろうし、
学生はさらにわかっていないでしょうね。
キャリア自体が世の中的に誤解に満ちたものなんですね。
それに光を当ててわかりやすく伝えていけば、
社会や会社の見方も変わってくるとは思うんですけどね。
それはあくまで理想論なので。
全体に広げるのは難しいですけど、
数千人単位の人たちへの波及効果は
できなくもないと思っているので、チャレンジはしています。

私は今20歳なんですけれども、
伊藤社長が20歳の頃はどういう生活をされていたんですか?

僕は本当にグータラな学生でシャレにならないくらいダメでしたね。
大学は基本的に週1回くらい、
本当に出なくてはいけない授業にしか顔を出さなかった。
家で昼過ぎまで寝ていて、夕方から活動していました。
活動といっても何も打ちこめるものもなく、
音楽や服が好きで、それらを物色していただけの学生ですね。

横並びではなくて何か差別化できるほうが魅力的とおっしゃっていましたけど、
その当時は、就活で自分をどのように売り込んでいたんですか?

僕は何もないまま就職活動に突入したので、
相当ヤバいなと思いましたよね。
何かアピールしてくれ。と言われても、
アピールするものが何もない。
当時、無理矢理アピールしていたのは、
直感でバランス感覚はあるほうだと思っていたんですね。
それを何とかして伝えようとしていましたね。
でも、伝わっていなかったんでしょうね。
ただ、大学に入ってからもいろんな人に会おうとしていました。
家庭教師や塾のバイトをすると似たような集団になっちゃうので、
付き合う人の幅を広げなくてはいけない。と思ったんですね。
で、パチンコ店や飲食店で働いていましたね。
自分のようなタイプがいない所に行こうと思ったんです。
自分なりに努力はしたつもりです。
そういうバランス感覚みたいなものを無理やりアピールしていましたね。

幅を広げた結果、今でも役立っているものは何かありますか?

スティーブ・ジョブズの点がつながる話があるんですけど、
それに似た経験は僕にもあります。
大学時代は洋服が好きで裏原宿とかをよく歩いていて、
いろんなファッションやデザインを物色していたんですね。
色彩についてちょっと勉強をしたし、
個人的な趣味で
文字のフォントの本を見ていたんですよ。
それが起業した後も何回か役に立っていますね。

いろんな人に会うことが好きだとのことですが、
今までで自分に大きな影響を与えてくれた人は?

実は、どちらかというと僕は人と会うのが苦手なタイプです。
人と会うのが好きか嫌いかでいうと好きですけど、
たぶん、人と会うのが好きですと敢えて言う人ほど好きじゃないですね。
結構、内向的な性格で籠っていられるなら、
ずっと籠っていたいタイプです。
そういうタイプですけど、
原点になっている出会いは、ディーバの森川社長との出会いです。
社会人3年目に入る頃、
初めて目指したいと思えるカッコいい大人に出会いました。
僕が初めて1対1に近い形で話をした起業家が森川社長なんです。
今でも僕の中で森川社長をロールモデルにしています。

ありがとうございます!
~~~同行サポーターからの質問タイム終了~~~
29歳の当時のご自身に向けたメッセージを色紙にお願いしています。

「愚直に誠実に情熱をもって」
効率で考えたらやりたくないこともありますよね。
その時に、ここまで愚直にやったら誰も真似しないとか、
愚直にやることでありがたがれることも多いと思います。
常に愚直にやり続けるということを、忘れてはいけないと思っています。
誠実さも大事だと思っています。
誠実に取り組んでいれば、
長い目で見れば損はしないだろうと。
そして、情熱を持ち続けていれば周りの人たちの心も動かせると思います。
僕が起業する時に森川社長が教えてくれたのは、
「情熱・誠実・実力」
その3つを持っていれば何でもできるからがんばれと。
僕はまだ実力がないだろうから、
愚直にやるしかないなと思ったわけです。

今後のビジョンや夢をお聞かせください。

ベンチャーヒューマンキャピタルをやっている根本の理由は、
新事業、新産業を創造する社会を作るというミッションのためです。
これを実現するために
若い人たちがベンチャー的な環境へ乗り込む支援をしたいです。
そして、新産業や新事業を作り育てたい。
それは僕らが作っておかなくてはいけないですね。
新産業や新事業というフィールドにナビゲートすることはできつつあるけど、
そのフィールド自体をもっと増やしていきたい。
それが新産業、新事業を作る社会の実現に早く近づくと思っていますから。
インキュベーションの活動をもっと増やしていきたい。
ベンチャー的な組織体が増えていって、
優秀な若者たちがそこへチャレンジしていく社会を
作っていきたいと思っています。
それをずっとやっていきたい。
10年後、20年後に「スローガン」という会社のおかげで、
新産業、新事業がどんどん創造されていったんだ!
と言われるようにしていきたいですね。

本日はありがとうございました!


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指す。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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