82人目 生田知久さん:株式会社ハッピーバースデイ

生田知久さん
会社名 株式会社ハッピーバースデイ
URL http://ameblo.jp/happy003/
公開日 2011年04月23日

今回の旅は、株式会社ハッピーバースデイの生田知久さんです!

まずは自己紹介をお願いします。

仕事としては法人研修になります。
組織コンサル的なことから入っていって、
研修をさせていただくのが事業としては一番収益が大きいです。
執筆活動も結構あります。
これも一応、去年の10月に本が出版されて、
1か月半で2万部くらい売れて好調に進んでいます。
現在も2冊くらい企画が進行しています。
今年は5、6冊くらい出したくて動いています。
NPO活動では「キッカケ」という団体のプロデューサーをしています。
例えば、『ROLMO(ロルモ)』というフリーペーパー、
これは「大学生の手で作る」というのがコンセプトです。
日本中の学生がロールモデルを見つけたり、
キッカケ作りをしていくために
全国の学生団体や学生NPOを取材・配信し、10万部発行しています。
他には無人島でのサバイバルキャンプや
ツリーハウスの建造といったプロジェクトを通して、
大学生がチームビルディングを学ぶ機会を提供しています。

学生に着目されたきっかけは何だったのでしょうか?

もともと、僕自身が学生時代に
「熱き学生の集いの場(Box cafe)」というカフェをやっていました。
大学3年生の時にプロデュースをし、
起業やNPOをやりたい大学生が毎日のように
そこで夢を語る場所を作ったんですね。
その関係で僕らも当時の熱い仲間と出会い、
そのまま起業したのも学生時代にすばらしいご縁があったからだと思っています。
学生時代の縁って、人生に大きな影響を与えるんですよ。
僕は夢や志を持って生きることができたら、
すごく素晴らしい事だと思っています。
だから、夢や志のある若者が学生時代に出会うきっかけ作りをしたくて
学生向けにフォーカスして取り組んでいます。

最近、学生さんに元気がないと言われていますが、
NPO活動を始めた頃と比べて何か変化を感じられることはありますか?

むしろ、夢や志にがんばっている学生の数は、すごく増えていると思います。
もちろんメディアで言われるようにないわゆる
「ゆとり世代の問題」
と言われる学生たちがいる事も事実です。
しかし、それはいつの時代も変わらないこと。
頑張ってる人もいれば、そうでない人もいる。
メディアがどちらにフォーカスするか?
で風潮が決まってるだけだと思っています。
学生の活動は、社会的には目立たないので見えづらいですよね。
実際は熱いものを持ってがんばっている学生がたくさんいます。
僕らの時代の学生団体は、関東で20団体しかなかったのが
今は関東だけで100以上の団体があったりします。
今回は全国で160団体くらい発足したので、
このくらいの数があるということは、
元気な子たちがいるという事実なのです。

当時カフェをやられて、
2000、3000人くらい集める企画をやられていたと本に書かれていました。
それほどの人数の企画をやるというのは、
簡単にはできないことだと思うんですね。
若い頃から人を集めたり、
何かを自分でやりたいという気持ちがあったんですか?

昔から好きでしたし、
仲間にもそういう人が多かったのも気持ちが強くなっていた要因だと思います。
2000、3000人くらい集めたのは20世紀から21世紀の変わり目でした。
関東の学生団体の全コラボで、これから21世紀を担う若者が
「 I に火をつける」というコンセプトで熱く行こうよ!
という企画だったんですね。
それは関東の学生団体のリーダー達が集ったので、
すさまじいものがありましたね。
僕は大学の入学式の日にその場でできた仲間と共に、
100人くらい人を集めてイベントを企画していました。
5月の頭には、1学年に2000人くらいしかいないんですけど、
そのうちの300人を食堂に集めて、
交流会をプロデュースすることもやっていました。
縁がほしいと思ったら企画をして作ってしまうというのは、
高校、大学時代からずっと好きでやっていましたね。

一番、気になるのが「ハッピーバースデイ」という会社名です。
誕生日をきっかけにした社名だとは思いますが、
その名前をつけたきっかけやストーリーを教えてください。

人が輝いて生きていくためには何が必要かな?と思った時に、
最終的には絶対に「成長」が必要だという結論に至ったんですね。
誰かからイキイキさせてもらっている時は、
環境がよければイキイキできますけど、
会社に入ったり、環境が変わってしまった時に
イキイキできなくなってしまう場合がある。
だけど、どんな時でもイキイキ輝いている人は
確固たる自分ができあがっていて、いつでもどこでもあり方がブレない人物。
そういう自分に成長していくことが
人生を幸せに生きていくための基本だと思うんです。
幸せなことを探すんじゃなくて幸せになれるようにする。
楽しいことを探すのではなく、
楽しめる人になったりするのが人としての成長で大事。
今でこそ教育研修という切り口で若い人たちがたくさん来てくれますが、
当時、10年くらい前は誰も来ないわけです。
起業ブームだったにも関わらず。
人材派遣のパソナの南部代表の講演会ですら学生は30人くらいしかいませんでした。
超大物が来るのに30人くらいしかいない、
告知しても人が来ないんですね。そんな時代でした。

学生が集まらない。
つまりは、そもそも興味がなかったんでしょうね。

今だったらドサッと来ると思いますよ。
当時はmixiやTwitterもなく、
メーリングリストだけで情報網も少ないということもありますけど、
成長の場に若い人たちが足を運びづらい環境だったんですね。
誕生日の日は特殊な感情になりますよね。
自分が生きていることに対しての感謝や
親への感謝、人との絆について考えるようになります。
誕生日の時に感じられることは、
自分の心の成長におもしろいインパクトがあるなと。
普通に主体的に行動しようとか生きようと言っても、
ある意味では押しつけがましいんですよね。
でも、誰かの誕生日のためだったら、
普通の人でも主体的に動きますよね。
じゃあ、多くの人に主体性を学んでもらうためには、
少なくとも誰かのために主体的に行動している文化、
それを活用したほうが絶対にいいなと思い、
「バースデイプランナー」という研修をやろうと。
そこでいろんな誕生日の研究をやったり、
ディズニーで使ういろんな感動の研究をさせてもらって、
「どうしたら感動が生まれるのか?」ということを切り口に
「バースデイプランナー」という研修を始めたんです。
「本当の感動を作るためには独りよがりではダメ。
相手を理解する必要がありますよね。だから、コーチングを学びましょう」
「誕生日は段取りがしっかりしていないと相手にバレます。
段取りをしっかりさせるためにプロジェクトマネージメントを教えますよ」
ということ。
「バースデイプランナー」という切り口で、
いろんな人生を切り開くスキルや考えを教えていたのがスタートです。
ビジネスプランコンテストには来ない若者たちが
バースデイプランナーコンテストにはメチャクチャ来るんですよ。

切り口だけで変わるんですね。
毎回100人くらい来るんですね。

最初はそれを切り口でスタートさせました。
今は直接的な研修や教育の場に人が来てくれるようになったので、
「バースデイプランナー」は、
必要なくなったのでやっていませんが。
ただ、コンセプトとしてまた復活させたいなと思っています。

僕も誕生日を意識しています。
9月3日に作ったのをそのまま「0903」という社名にしたんです。
2112年9月3日は何の誕生日かご存じですか?

わからないですね。

某未来のネコ型ロボットが生まれてくる日なんです。
創業105周年をのお祝いと同時に、
某未来のネコ型ロボットの誕生もお祝いできたらいいな。という気持ち。
僕も誕生日を大切にしたいと思っているので、すごく共感します。
さて、今回のインタビューのテーマが「29歳」なのですが、
生田社長の29歳の思い出を聞かせてもらってもいいでしょうか。

29歳は日本中の学生のきっかけ作りをしたいというのが強い思いとしてありましたね。
その活動が大きく飛躍しはじめるきっかけとなった年かな。
足かけ10年くらいやっていますが、
熱いメンバーも徐々に増えていき、
そのメンバーたちの力を合わせて進んでいく年でしたね。

これは辛かったなという経験はありますか?

社会活動系ってビジネス化するのが非常に難しい部分があるので、
そういった面では苦労はしましたね。
こういう活動は会社でいうと何百万円単位の持ち出しがありますし。
今は売上もありますけど、ビジネス化させる苦労は結構ありましたね。

29歳はいろんなことを考える年だと思うんですね。
僕は30歳になった時にいろんな焦りや
「あれをやっていなかった、これをやっていなかった」って、
いろいろ振り返ったこともありました。
生田社長は何かそういった焦りのような気持ちはありましたか?

親友の松田一完という男がいるんですけど、
大学を卒業して1年半くらい会社を創らずに、
人生を懸けて何をするかということを毎日朝から晩まで話していたんです。
朝の9時から夜の終電まで。
時間でいうと4000時間は話したでしょうね。
「自分たちが死んだ100年後に価値が残る仕事しかしない」
という基準を決めたんです。
当時は就活ビジネスや人材派遣ビジネスが流行っていた時代でしたから、
そこで事業を築けば、短期的に大きな会社を創ることができたとは思います。
ただ、その分野はパソナやリクルートがいますし、
僕らが会社を創ったとして、
死んだ100年後に価値が残っているかというと、
多少なりともあるかもしれないけれども、
歴史に名が残ったり、新しい市場が創造されたり、
そういった意味合いでは残らないだろうと。
その部分は先人たちがすでにやってくれているので、
自分たちの活動が日本規模から世界規模になっていき、
世界に本当に価値が残せるものは何だろう?ってことを話したんです。
実は今やっていることの構想は、
全部その時にできあがっているんです。
その構想が大きすぎて終わりきらないんですよ。

では焦りみたいなものはないんでしょうか。

決めたものに向かってずっと走り続けているので、
何をやろう?とかいう焦りはあまりなかったですね。
30歳からは日本を舞台にと思っていたので、
29歳までは自分を磨いていました。
研修も業界の中では一流というポジションまでいかないと、
若くてそこそこすごいねという程度だと、
やっぱりそこそこになっちゃいますから。
「若いのに業界ではトップクラスだよね」
という実力を兼ね備えることが、夢や志を実現するために大切だと思っていました。
今はそうなれているのかどうかわかりませんけど、
人事の方の評価や業界の中の研修力という意味では、
かなり高評価をいただいているので、
それなりになってきたのかなと思います。
30歳から日本全国を舞台とした時に、どう広げていくのか。
思ったように簡単にいかないものもありますけどね。
その時から「日本一周キッカケワゴン」というラブワゴンみたい感じで、
関東や関西の各地域を代表する学生リーダーを乗せて、
ワゴン車で1か月半かけて、
日本を一周するプロジェクトを立ち上げてました。
そうすると、日本中に熱い学生が山ほどいて、
やっと日本全国に支部がちょこちょこ立ち上がる動きになってきましたね。
29歳は日本を舞台に大きく飛んで行く手前でした。

30歳からは日本を舞台に。ということでしたが、
その先の40代、50代のビジョンはどのようなものなのでしょうか?

30代は日本全国にインフラレベルに持っていくことまでに注力します。
40歳から世界を舞台に、50歳からは世界と日本のかけ橋というのが
イメージとしてあります。
世界という意味では今も動き始めていて、
「ワールドメディア」のプロデュースをしています。
日本中の学生団体と繋がりがあるので、
学生たちの熱い活動や情報を、
全国の学生からニュースサイトに集める動きを作っているんです。
これを半年で作りあげて、次の半年間で世界に留学している学生が、
「イタリアの学生ボランティア団体がこんなことをやりました」
「アメリカではこういう学生起業家がいます」
といったことを世界から集めてくる構想があります。
この目的はあくまでも日本の学生への刺激です。
いろんな国のいろんな熱い学生がこんな活動をやっていると。
イタリアでもやっているなら俺らもやろうよって。
そういう情報を世界から集めてくることを今年いっぱいかけてやっていきます。
それができたら、来年は翻訳していこうと思っています。
世界中の日本人が世界の学生の熱い情報を集め、
日本にいるバイリンガルの人に翻訳してもらいます。
例えば、英語版、韓国版、中国版というように。
世界の熱い学生の思いを日本に集結し、それを翻訳して日本から再発信していく。
そうすると、世界の学生の熱い思いをつないでいるのが日本の学生になるわけです。
CNNみたいな組織になればベストですね。
そして、「ワールドメディア」でつながった学生たちを
毎年、ダボス会議のように集めて、プロデュースしようと思っています。
今は学生ですから、ぶっちゃけ力がないわけです。
ただ、学生の時にリーダーをやっている人って、
間違いなく社会のリーダーになっているんですね。
その彼らが20年後、学生時代の思いがちゃんとつながっているかが大きいと思っています。
学生の時は自国の利益をあまり考えずにガチで語り合えるフラットな状態ですから、
40歳の時に世界に対して何か仕掛けようと思った時に、
「エジプトには彼がいるとか、中国にはあいつがいるよね」
というような形で声をかけられるようなインフラを作るのが僕らの狙いです。

僕が学生時代にあったらよかったなと思いますね。
学生時代にそんな活動を全然していなかったので、
こういうことをできる学生は、
すばらしく優秀になるんだろうなと思いますね。

僕らの時もないですけどね。
ないから作ろうと思って、ひたすら動いています。

29歳から30歳に切り替わるお誕生日は何をしていましたか?

どうしていたかな?
たぶん、何をするかを一人で考えている時間を取っているはずなんです。
ノートにこの10年間をどうするかと書いていたでしょうね。
30歳になってからそれを考えていた記憶があるので、
おそらく誕生日の日にやっているはずです。
僕は基本的に大風呂敷が大好きな人間なんです。
「ワールドメディア」も学生の頃からの構想です。
大学3年生の時に立ち上げた構想をやり続けています。
今の僕の大きな構想は、
研修型のテーマパークを創りたいと思っています。

研修型のテーマパーク?

ディズニーランドやUSJのようなテーマパークです。
「バースデイプランナー」は文化を通じて教育をやるように
テーマパークのアトラクションが学びになるんです。
例えば、坂本龍馬のアトラクションがあって、
そこに乗ると龍馬の志に触れちゃうアトラクション。
そういったエピソードに触れていくアトラクションを建造していきたい。
モデルとしては、ディズニーランドと同じように各パビリオンごとに協賛がつきます。
そうすると、坂本龍馬パビリオンは完全に孫正義さんだと思っています。
日本の若者が子供の時にそういう生きざまに触れていく。
年齢によって受け止めるメッセージも変わるような設計にしていきたいですね。

世代を超えて楽しめるテーマパークですよね!

お父さんが見ても盛り上がるような内容になっていますし、
子供たちが見ても単純にカッコいいと思えるものですね。
子供たちにはヒーロー的に強いというのが大事ですから、
坂本龍馬は剣豪として強いことに憧れ、
大人たちは「船中八策」を見た時に、
自分の人生の八策を降りた時に考えるワークがあったり。
アトラクションにはファシリテータがいて、
考える機会やディスカッションをする機会を作っていく。
僕はそういうテーマパークを創りたいなと思っています。
集客とかを考慮せずに考えるなら沖縄にテーマパークを創りたいですね。
僕らは全国で研修をやるんですけど、
沖縄でやった時の効果は非常に高いんです。
単純にリゾートという意識があって、行くだけでテンションが上がります。
オープンマインドでみんなが語り合えるので、
沖縄という土地は研修に適しているんですね。

では、20代のうちにやっておいたほうがいいこと。
アドバイスがあればお願いします。

何でもいいので「ナンバーワン」といえる自分自身の強みを
作っておくことが絶対に重要ですね。
30代で日本に打って出ようと思った時に、
その業界のナンバーワンという実力があるかどうかで
展開がまるっきり違ってくるんですよ。
一体、何の力を磨きたいのか?
ニッチでもいいんです。
営業力の中でも企画書だけは日本一とか何でもいいんです。
とにかく、超一流という領域まで突き抜けておくのが鍵になります。
業界の超一流同士ってどこかでつながるんですよ。
「○○といえば、誰々」というポジショニングを明確に持ったほうがいいです。
当時、人材派遣や採用で起業していたら、
今はジリ貧になっていたかもしれませんね。
というのは、業界や市場が縮小した時に
自分たちの努力やがんばりを全く無視した領域の社会の減少というもので
会社が回らなくなるだろうなと思っていたんですね。
僕らは次の市場は絶対に教育や感動だと思っていたんです。
10年前から僕はジリ貧になりながら、
「大学生向けの教育」という切り口でフォーカスをしていました。
その結果、何が起こるかというと、
リクルートさんや各研修会社さんから
「大学生向けの教育だったら、生田さんだよね」
という話が来るわけです。
そこは非常にニッチでしかもビジネスにまだなっていない領域ですけど、
業界内ではそこそこ知られているくらいになってきています。
結構、人事担当者の方も「キッカケ」という名前を知ってくださっているので、
志のある大学生にアプローチをしようと思ったら、
「キッカケ」に声をかける流れになっています。

~~~同行サポーターからの質問ターイム~~~
世界中の学生団体のかけ橋になるとおっしゃっていましたけど、
それが実現できた時に世界はどうなっていると思いますか?

それだけでは変わらないと思っています。
志を持っている若者同士のつながりができることが大事なんですね。
彼らが10年後、20年後に力を持った時に、
大きく世界がひとつになっていく原動力になり、
それが世界規模で起こるのは30年後くらいだと思います。
40代になった時に国の偉いポジションに何人もいくはずですから、
その時に各国を代表する人同士が、
学生時代に一緒に飲んだ仲間であるかどうか。で全然違ってくるわけです。
世界にインパクトをもたらすために、30年スパンで種まきをしています。

生田社長が人生を通して実現させたいものは何でしょうか?

僕らのやる活動によって、
何人その国にリーダーを残していけるのか。
リーダーの資質や能力、人間性によって、
丸っきり規模や運営の流れ、実現力が変わるんです。
組織はチームの力ですけど、
その組織の力を決定づけるのはリーダーの存在。
何人のリーダーが日本という国にいるのかが大きな鍵になりますね。
僕の30歳くらい下の代、僕らが50歳、60歳の時に20代になる人たちに、
100人、1000人、1万人というとんでもない数の志を持っているリーダーがいたら、
あとはその層が自然に上がってくるだけです。
「若者は志を持って当たり前」
くらい暑苦しい形がいいですね。
これはある意味、大人たちの押しつけです。
でも、今の大学生の場合は、ビジョンや志が好きだし、
持ちたいと思っている人たちがメチャクチャ増えているんですね。
志を持ちたいけど持つきっかけがない人たちに対して、
僕らが「志を持てよ」というメッセージを発信してきっかけ作りをする。
あとは勝手に志を持ってくれると思いますから。

ありがとうございました!
~~~同行サポーターからの質問タイム終了~~~

29歳の当時のご自身に向けたメッセージを色紙にお願いできますでしょうか。

「20代、思いっきり羽ばたこう」
羽ばたいていましたよね(笑)
とはいっても、自分を磨いている時代ですから。
これから羽ばたいていくための体を作っている感じでしたね。

本日はありがとうございました!


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指す。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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