105人目 諸田高吉さん:株式会社森岡諸田経営センター

会社名:株式会社森岡諸田経営センター
URL:無し
公開日:2013年08月26日


105人目の「社長の29歳を振り返る旅」は、
株式会社森岡諸田経営センターの諸田高吉さんです!

まずは自己紹介をお願いできますでしょうか。

経営センターと税理士事務所の二本立てで業務をおこなっています。
税理士事務所での税理士業のほかに、
株式会社森岡諸田経営センターでは代表を務めており、
主に事業継承コンサルや、相談事を受けて解決するということをおこなっております。
不動産の運用、売買、賃貸、株式の運用など、
税務上やったほうがいいのか、やらないほうがいいのか。
という相談が非常に多いですね。
相談業務を得意とし、皆さんの問題を解決するお手伝いをさせて頂いているので、絶えず電話が鳴ってきます。

相談を受ける際に気をつけていることはあるのでしょうか。

相談者の方には、
「どういうことをしたいのですか?」
と、意思を確認することが大事です。
「何のために」
ということを確認しないと解決策を間違ってしまうので、
意思確認は絶えずおこなうようにしています。

どのような経緯で、税理士業務、
コンサルタント業務をおこなうようになったのでしょうか。

私は、1968年に商学科の大学を卒業し、それから一部上場の医薬品メーカーに就職しました。
研究者も入れて、5000人位いるような大きな会社です。
入社してみたら全国から100人くらい新入社員がいるんですね。
そうすると、希望としていた経理の仕事は私にはまわってこなくて、営業にまわされたんです。
25歳くらいまでの3年間程、全然薬の知識の無い私が、
お医者さんを相手に薬の説明をしたり、薬局に行き、
薬剤師さんに薬の説明をしてまわるという営業をしていました。

今で言う、MRという職種ですね。

そうですね。昔は、医薬プロパーと言ってました。

商学部出身ということで、基礎的なことも含め、相当、勉強が必要だったのではないですか?

そうですね。
入社してから3ヶ月間は工場に泊り込みの研修でした。
そこで、薬の化学式や図を見せられても、正直、さっぱりわからない。
なので、一番早い人は一ヶ月で会社を辞めましたね。
研修中に入社取り止めです。
そんな人が5人くらいいたかな。
研修が終わってから私は、神奈川県を担当することになりました。
10日間出張で、現地で寝泊りして、帰ってきて報告書を書いて、
また薬を車に詰め込んで仕事先へ出張。という生活を繰り返していました。
さらには、お医者さんというのは、診療中には営業の話なんて出来ないんです。
で、いつやるかというと、診療が終わったあと。
「ご苦労様でした。ちょっと気休めに食事してからお帰りになりませんか?」
と、お誘いして、一緒に飲みながら、色んな話をし、営業活動をする。
そんな生活ですから、昼間の仕事はパンフレットの配布でした。
夜から朝にかけて飲みの席で話をし、明け方に帰ってくる生活でしたから、
さすがに、こういう仕事は続けていられない。
私の性格には合わない。
と感じるようになり、辞めることにしたんです。
そのときに、大学の先輩や教授の方々が、
「会計を仕事にしたいのなら、紹介するよ」
と、紹介してくれた公認会計士さんの元で仕事をすることになったんです。
運やタイミングもよかった。
当時、直前にベテランの方が辞めて、今後、男性で、大学をちゃんと出て、税理士の勉強をしたい。という人を跡継ぎにしたいと考えていたタイミングでもあったので。
ただ一つだけ、私からも条件は出しました。
「前の仕事と同じお給料の額を支給してくれませんか?」 と。
その金額が出ないからといって、やらないわけではなかったのですが、
「このお給料を支給していただけませんか」
「その代わり、仕事はおっしゃられること100%やります」
と、伝えたんです。すると、すぐに、
「いいよ。明日から来なさい。」
という話になったんです。
お給料としては、当時、普通の会計事務所で、新人未経験者の人がもらえる額の倍以上でしたね。

凄いですね!

剣道という共通点もよかったのだと思います。
その公認会計士さんは剣道をやっていたのですが、私も中学時代に剣道をやっていたんです。
区の剣道大会で優勝もしていたので、意気投合してしまい、
「剣道をやっていたのであれば採用!」
と言ってくれことも大きかったですね。

薬の販売の営業職から会計事務所への転職という、大きな方向転換ですが、仕事はスムーズにできたのでしょうか?

最初の頃は、当然、会計事務所の仕事はさっぱりわからないですし、何をやっているのかもわからなかったです。
とはいえ、わからない。では、仕方が無いので、先輩税理士さんに、
「会計事務所って何をやるんですか?」
「どんなことをするんですか?」
と、とにかく聞いてまわっていました。
そして、先輩がやることを見て、勉強して、真似していました。
すると、自分で言うのもなんですが、
こいつは話ができるな。信用ができるな。
って思われるようになったみたいで、3,4年もしたら、どんどん仕事がやってくるようになちゃったんです。
あれもやって。これもやって。 って。
忙しくはなりましたけど、結果的にはいいことでしたね。
違った仕事がどんどんと舞い込んできて、勉強しないと追いつかないような状況でしたから。
入社後、最初の4年は税理士の勉強は全然せず、体作りのために、山登りばかりしていましたが、さすがに、これは本格的に勉強しなければいけないな。と、自然と気づいてくるわけです。
28歳くらいのときですね。
この仕事を続けるには、税理士という資格が無いと出来ない。 と。
そこで、通常、仕事は午後6時までなのですが、
「5時に終わらせてください。」
「水道橋の大原簿記学校に通う時間をください。」
と伝えたんです。

税理士の資格取得についてあまり詳しくないのですが、やはり相当な勉強が必要なのでしょうか?

そうですね。
平日の業務後に学校に通って勉強するのは当然で、
土曜日、日曜日も、朝9時から夜まで勉強をしていました。
税理士は、科目別に合格が認められていて、
簿記会計2科目と税法3科目の合計5科目全てに合格すれば税理士になれるんです。
働きながらでも、分割して、何年かかってでも、とにかく5科目に合格すれば、なれる資格なんです。
で、28歳から勉強をはじめて、29歳のときに一科目、合格しちゃったんです。
「あ。コレは簡単だな。」
「あと4年もあれば税理士になれるな。」
と思ったのですが、結局、全て合格するまで、19年かかってしまいました。

19年!?

合格したのは、平成5年でしたので、今から約20年前。
私が47歳の頃に税理士になれました。
仕事をしながら毎日勉強し、仕事が無い日は、朝から学校に通って、ひたすら机に向っていました。
だから、家に居ないわけです。
子育ては全部、奥さんに任せていました。

旅行とか息抜きは?

旅行?とんでもないですよね。
唯一、夏に相模湖の方にキャンプに行くだけでしたね。
それ以外は全て勉強でした。
支えてくれた奥さんには本当に感謝しています。

途中でやめようという気持ちにはならなかったんですか?

それは無かったですね。

19年も継続できるのが凄いですよね。
仕事もしているし、お金はとりあえず入ってくるわけですから、ついつい仕事を理由に諦めてしまいそうですが。。。
継続できた秘訣やコツを是非教えてもらいたいです。

税理士事務所というのは、税理士さんがいないと事務所の登録は抹消になってしまうんです。
株式会社とはちがって、税理士というのは個人に与えられた資格なので。
個人が死亡すると同時に事務所も無くなるわけです。
そこで、当時、お世話になった公認会計士さんから、
「諸田くん、うちを継ぎなさい。」
「あなたを私の跡継ぎにしたいから、頑張りなさい」
「うちのお客さんをあげるから。」
「勉強も積極的にしなさい。」
「1時間早く帰ってもいいから。」
と言ってもらえていたんです。
その理解が原動力でしたよね。
深夜2時まで勉強して、毎日4時間睡眠で昼間は仕事。
そして、土日も朝から夜まで必死に勉強しているのを知っていましたから。

~~~~~~~同行サポーターからの質問タイム~~~~~~~
お世話になっている公認会計士さんに、いくら理解があったとはいえ、
19年も諦めず取り組めたのは本当に凄いと思います。

実は10年で5科目のうち4科目は合格をしていたんですけどね。
最後の一科目がどうしてもとれず、簿記学校をあっちこっち変えてしまったんです。
それがよくなかった。
コロコロ変えているうちにあっという間に4年、5年と経ってしまったことも19年間、勉強をしていた原因ですね。

税理士の資格を取得されてからは、勤めていた公認会計事務所を独立されたのでしょうか?
それとも後を継ぐ形だったのでしょうか?

実は、私が税理士の資格を取得する前に、お世話になった公認会計士さんが肺がんで亡くなってしまったんです。
お子さんはいらっしゃったのですが、まだ中学生で、当然、税理士の資格は持っていません。
私もまだ税理士の資格を持っていませんでしたので、森岡という者が後を継ぐことになったんです。
税理士事務所としては、森岡税理士事務所として続けることになり、当時のお客さんも引き継いだ形で業務をすることになったんです。
その後、私も税理士の資格をとったので、現在も継続しているというわけです。

そうだったんですね。ありがとうございます。
~~~~~~同行サポーターからの質問タイム 終了~~~~~~
「29歳の頃はどんなことを考え、何をしていたのか。」
を聞かせてもらっているのですが、29歳の頃はまさに勉強ばかりといった状況だったのでしょうか。

そうですね。ひたすら机に向っていましたね。
ただ、30歳までに結婚したい!という気持ちがあったのは覚えています。
そして、30歳になって3ヶ月後には結婚式でした。

これからの夢、目標を教えてもらえますでしょうか。

まだまだやってみたいことだらけですね。
資産相続とか、事業承継について頼まれることが多いので、より的確に解決できるように努力していきたいですし、次の世代によりよく引き継いでいけるようにしていきたい。
今後はその幅をより拡げていきたいですね。
会社と税理士さんとの付き合い方も時代によって変化してきています。
税務以外においても、的確に答え、アドバイスができる税理士さんはまだまだ少ないですし、
何よりも相手に信用されること。
が求められていますので、より、自身が成長し、貢献できるように努力して取り組んでいきたいですね。

現在、私は取り組みの一つとして、雇用支援、社会参加支援に力を入れているのですが、
20代でなかなか就職できていない、社会に一歩を踏み出せていない人に対して、
20代のうちにやっておいたほうがいい事など、何かアドバイスがあればお願いします。

3つあるのですが、一つ目は、やりたい自分の仕事をしっかりと決めること。
多くの人が就職先を選ぶ時に大企業を選びます。
ただし、大企業を選んでも、やりたい職種につけるかどうかは別問題だと思います。
だったら中小企業でもいい会社は沢山ありますから、まずはやりたい自分の仕事を決めたらいいと思います。
やりたい自分の仕事を決めて、その仕事に取り組める会社を自分で選ぶことがまず第一。
二つ目は、入社後や社会参加後には、先輩のやっている仕事をとにかく真似して、自分のものにすること。
3つ目は、仕事をしていく中で、何か欠けているな。と思うことについて、勉強をする時間を自ら作り出し、取り組むこと。
私は、税理士であっても、話した内容が相手に上手く伝わらないとまずいので、話し方教室に通ったりもしました。
様々な自己研修、自己開発の勉強にも参加しました。
そういった自分の成長に少しでも繋がる取り組みをしていると、
会社にとっても、自分にとっても、何が欠けているか。が、より見えてきます。
そうすれば会社への定着率、求められる割合は高くなっていきますよね。
なので、是非、自分の能力の欠けているところを勉強して欲しい。
できないことをやるにはどうしたらいいか?
それは勉強するしかないですから。
すぐにではなくても、必ず何年か後にでも、自分の力になりますから。
そういう勉強を自分の中にどんどん取り込んでいくこと。
それに、気がつくか、気がつかないか。
が、とても大切でしょうね。
年齢は関係ないですけど、やはり、若い時ほど、そういう時間は沢山ありますから。
今、私にはこういうことが足りないな。
という、何が足りないかを見極める能力を養う事は大切です。
「気づくこと。と、解決する日常の努力。」
をされたらいいと思います。

やりたい自分の仕事を決める。とのことでしたが、やりたいこと。好きなこと。が、わからない人も大勢いるかと思います。

ごもっともです。

そういう人、特に20代の人はどうすればいいのでしょうか。

自分の性格をしっかりと理解されたらいいと思います。
自分を知る。ということですね。
会社のトップに立って、みんなを引っ張っていく性格なのか。
それとも経営者の補助をする性格なのか。
支える能力があるのか。
そのように考えた時に、
私はトップになれない。
けど、補助をする事に関しては長けている。
という判断を自分の性格に見出しましたから、会計事務所という職業が向いていると思ったんですよね。
そういう判断基準で自分の仕事を選ぶというのも一つのコツじゃないかな。と思います。

とはいえ、好きなことだけに取り組んでいては、成長に限界がありますし、
嫌なこと、苦手なこと対して逃げ癖がついてしまい、人としての幅、器量が小さなものになってしまうと思います。
諸田さんが、仕事をする上で心がけていること、意識されていることは何かありますか?

会社を選び、仕事を選んだら、自分の能力を高める
「仕事とは別のこと」
に取り組むようにしています。
仕事や職業とは関係ないところにもほんの少しの時間をかけてみることは大切だと思っていますので。
他の会社や仕事が見えてくると、自分のやっている仕事、自分のことが、より見えてきます。
とくに異業種の交流会には積極的に参加しましたね。
現在でも様々な業種の方と話をすることには、意識的に取り組むようにしています。
色々な業界の情報を得るということは財産になります。
それをまた、他の会社の経営者さんとお話をすることで、お役に立てることもあります。
是非、違った業種の人達の勉強もしてみることですね。
年齢制限はありませんし、20代の人が異業種交流会に参加してはダメ。
なんてことはないわけですから。
寝る間を惜しんでじゃないですけど、少しでも時間をとられたらいいじゃないかと思います。
世の中が変わって見えると思います。

そうですね。
ビジネス、社会においては、年齢制限なく同じ土俵で戦える!頑張った奴が勝つ!と、自分も20代の頃は様々な業界、業種、年齢層の人達に会うようにし、それが今では貴重な財産になっていますので、凄く共感します。
自分の仕事、業界しか見ていない人は、取り組む仕事に限界が出てきてしまうんですよね。

限界を拡げる努力はされるべきでしょうね。
自分の無かったものに気がつくこと。
無かったことを人の責任にしないこと。
気がついたら、それを勉強すればいいだけ。
自分で補えばいいだけですから。
それがすぐに明日の仕事に役に立つかどうかは別の次元の話ですけど、
少し先の未来のことを考えながら現在を取り組めるといいですよね。

では最後に29歳当時のご自分に向けた言葉を
色紙にお願いできますでしょうか。

今日はどうもありがとうございました!