106人目 小林正也さん:有限会社グローバルセント

小林正也さん
会社名 有限会社グローバルセント
URL http://www.global-scent.com/
公開日 2013年09月24日

106人目の「社長の29歳を振り返る旅」は、
有限会社グローバルセントの小林正也さんです!

まずは自己紹介をお願いできますでしょうか。

10年前から留学斡旋会社を経営させてもらっています
留学というと、長期をイメージされている方が多いと思いますが、当社の場合、1週間か2週間など1ヶ月未満の短期ホームスティを取り扱っています。
英語のレベルを上げたいけど、海外に行ったことがない。
英語に自信がないけど、海外の人と触れ合ってみたい。
という人のお手伝いをさせてもらっています。

留学先の国はどちらが多いのですか?

英語圏である、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドに絞っています。

短期というスタイルにおいても、ニーズがあるんですね。

そうですね。学生さんやOLさんとか。お盆を含めて1週間しか行けないけど、行きたい。という人などもいますね。
ホームスティをしながらプライベートな英語レッスンを受けて、一緒に料理をつくったり、パイケーキ作ったりと、カルチャー体験してもらっています。長期間のプログラムを扱うこともできますが、弊社はどちらかというと、
”海外に行くきっかけ”
を作りたいんです。
一人で行ける人はいいのですが、一歩を踏み出す自信がない。という人にほど、サポートが必要だと感じていますので。
必要としてくれる人に対して、お手伝いをしたいと考えています。

男性と女性ではどちらが留学に行く人の割合が多いのでしょうか?

9割は女性です。30代女性が多いですね。
おそらく男性は、抱えるものが大きいのかもしれません。
ポンって踏み出すのは女性が早いですね。

このような仕事を始められたきっかけを教えてもらえますでしょうか。

小学校、高学年のときに初めて中国に行ったんです。
そのときに初めて日本以外の国を見て、同世代が働いていることに、もの凄い刺激を受けたんです。バスを降りるたびに子供が竹とか石で作ったものを
「しぇんえん。しぇんえん。」
って、売ってくるんです。
千円のことなんですけど、どこに行っても、そういった光景があり、観光地では、ずっと後ろを付いてきたりする。そういった行動がすごく不思議で、添乗員さんに
「なんでこういうことをしているの?」
って聞いたら、
「生きるためだ。」
って教えてくれたんです。
生きるために何かをやっている同世代の人がいる。
この気づきが、もの凄く衝撃的だったんです。
そして、日本に帰ってきてから友達に、
「中国っていう国はこんなところがあって、子供たちが生きるために働いているんだよ!」
って話をしたんですけど、
「あぁ、そうなんだ。サッカーやろうぜ」
みたいになっちゃって、、、全然伝わらなかったんですよね。
子供心に、どうにか中国で見た子供たちの状況を、より良い状況にできないかな。って考え出したのが、一番のきっかけですね。
そして、何よりも、その時のツアーに付いていた添乗員さんが、もの凄くカッコ良かった。それも今の仕事に繋がる大きな理由の一つです。
その頃って、飛行機は時間通りに飛ばないし、バスも来ないし、トラブルが多くて、大人の人達がイライラしていたんです。にもかかわらず、その添乗員さんは、臨機応変に対応して、最後はお客さんから
「よかったよ!」
って感謝されて、抱き合っていたんです。
そんな光景を目の前にして、憧れが生まれたんです。
添乗員になれば、海外に行けるし、色々な国を見れる。
そう思い、添乗員になることを決めたんです。

小学生の頃から自分の夢を明確にし、それに向けて進めるというのは凄いですよね。僕なんか、大学3年生位までなりたい職業や夢や目標なんて何も無く、ただなんとなく。という惰性で進んできてしまいましたから。。

明確だったのかわからないですけど、厳しい状況の中でも、最後に
「ありがとう。」
を言われている姿に、とにかく憧れたんです。
なので、高校を卒業してからは、専門学校に2年間行って、資格をとり、旅行会社に入って、添乗員をしました。
直に人と触れ合えるし、良いも悪いも直接言ってもらえるし、ありがとう。の感謝の言葉も直接もらえるので、仕事自体はめちゃくちゃ楽しかったです。
ただ、イメージしていた添乗員とは実際には違うわけです。
とにかくハード!
国内の日帰り旅行の添乗をやっていた頃は、毎日、朝5時6時に新宿に集合して、夜10時頃に新宿に帰ってきて、また次の日の朝5時6時に新宿に集合して。。という生活。
平日は寝る時間もあまりないですし、土日は、領収書とかを精算したり、次の添乗の打ち合わせが入るんです。
休みがない上に、旅行業界は給料も少ないって言われてますからね。
ずっと独り身であれば別に問題は無いのかもしれませんが、やはり将来的には結婚して、、と、考えた時に、このままだと難しいかな。って思うようになっていったんです。
そこで、留学会社へ転職をすることにしました。

留学と旅行は異なるかと思いますが、旅行業界に未練はなかったのですか?

その頃は、もう旅行業界自体に薄さを感じるようになっていました。
チケットを取って、ホテルを取って、ツアーを組んで、添乗していなかったら、普通に物の販売しているのとそんなに変わらないなぁって。。その点、留学だったら、「留学で人生変えます!」という気持ちで取り組めますから。そのほうがいいかなと思って留学会社に転職を決めたんです。

世の中には結構、留学会社ってあるんですか?

今は100社以上あるみたいですね。
有名どころだと、留学ジャーナルとかがありますよね。
HISもやっていますから。

留学会社では何歳位まで勤められたのでしょうか?

20代後半くらいまでかな。独立したのが29歳。2003年3月なので。
僕、2002年の後半に結婚したんですよ。
意思が弱いので、逃げ道をなくすために(笑)
だから向こうの親に挨拶に行って、「会社辞めました」と言って、
「これから会社やります!何もありません。でも必ず幸せにします!」
って言ったんです。言ったら、やるしかないですから。

20代のうちに独立起業、チャレンジ!という意識はあったのでしょうか?

なんとなくですね。20代のうちには。という意識はありました。

インタビューのテーマとして、29歳を取り上げてお聞きしているのですが、
まさにその29歳に独立されたわけですけど、期待と不安、色んな感情があったかと思います。

そうですね。不安だらけでした。

留学会社に勤め続ける。という選択肢もあったかと思うのですが、どうして独立してやろう!と思われたのでしょうか。

実は、独立する前に働いていた会社のお客さんなのですが、東大出身者で超有名企業で働いているエリート街道の人がいたんです。
その方がエリート街道を捨てて、海外に行くプログラムを受ける!という話になったんです。
けれど、正直、怖かった。
こんなにいい条件のエリート街道があるのに、それを捨ててしまうなんて。と。
もちろん海外に行って人生が変わる可能性は十分にあるので、何度も、「本当にいいんですか?」と、確認しました。
1ヶ月以上話し合いをし、カウンセリングをした結果、
「小林さんを信じて行きます!」
という話になったんです。
そこまで信じてくれているのですから、僕も、全力でやろう!と思っていたんですけど、最終的にそのプログラムが提供できなくなったんです。社長から
「小林さん、そのプログラムできなくなったからお客さんに全額返してよ。」
って。。。会社の都合で、全額返して済む話じゃないので、社長と言い合いになったのですが、社長は、「しょうがないだろう」の一点張りで、、、
結局、そのお客さんとの縁は切れてしまいましたし、その人の人生をぶっ壊しちゃったっという気持ちが残った。
とにかく謝って、いろんな代案も出しましたが、その人は、その出来なくなってしまったプログラムに行きたかったわけですから、どうしようもないわけです。
僕が謝ったところで、何をしたって、その人の人生は変わらない。
本当に申し訳ない気持ちと、自分には力もないし、どうしようもないということ。
そして、当時の社長の対応や、留学業界自体の無礼な部分も痛感した。
お客さんも幸せじゃないし、そこで働いているスタッフも幸せじゃない。現地のスタッフも幸せじゃないし、そこにかかわったホストファミリーも幸せじゃない。お客さんが参加することによって全員が不幸になる。だけれども、会社だけが生き残る。そんな部分が多かった。
だから僕は、全部、その逆をやってやろうと思ったんです。
参加者が幸せになって、留学会社も幸せになって、現地のスタッフもホストファミリーも全員幸せになれるように。
そういうことをやるためには、どこかに所属していてはだめですよね。
自分でやるってことじゃないかな。と、熱い志が生まれてきたわけです。
独立のきっかけは、その一人のお客さんにやってしまった過去が大きいですね。

なるほど。ありがうございます。それでは29歳から30歳になる誕生日の思い出は何かありますでしょうか。

奥さんになる人にお祝いはしてもらったんですけれど、全く祝ってもらっているゆとりはなかったですね。

仕事が忙しすぎて?

いや、暇すぎて。。。怖くて。。。
独立したものの、生きていけるのか?っていう不安でいっぱいだった。
29歳。当時は立ち上げたばかりでもあり、全然お客さんもいないし、ホームページもない。顧客リストを持っていったわけでもなく、全くのゼロ。
お金も何も無かったので、とにかく自分で何でもやるしかなく、パンフレット作ったり、ホームページ作ったり。
そんな29歳だったので、30歳になる誕生日のゆとりは無かったですね。。

危機感いっぱいな30歳を迎えたんですね。

そうですね。
旅行だったらまだしも、留学という商品を扱っているので、そんな訳のわからない小さな会社に、
「行きます!お金払います!」
なんてなるわけないですし、お客さん目線で考えたら当たり前ですよね。
30歳になる誕生日の頃は、恐怖と情けなさとで、毎日、寝れない感じでしたね。周りからは、
「独立したって?」「おまえ、すげーじゃん。」
みたいなことを言われるんですけど、中身は、何も凄くないし、お金もお客も何もないし、ただ会社辞めただけ。。。っていう状況。社長なんか誰でもなれるわけです。

その気持ち、凄くわかります。

夜は、考えれば考えるほど寝れなくなる。
来年とか再来年とか、どうなっているのかなぁ。
ホームページが出来た時も、誰も問い合わせこないですからね。
真逆をやってやろう!と意気盛んに思っていたくせに、気づいたら、大手の真似をしてホームページを作っていたんです。結局、ちゃんと見せなきゃいけない。信頼してもらわないといけない。と格好よく作って、パンフレットも見栄えのいいように作っちゃったりしていたんです。
自分から、大手と同じ土俵にわざわざ上がりにいっている状況。だけど、自分では気づけずに、もがいていた。数年の経験を積んでいくと、バカだったなぁとは思うんですけれどね。
真逆をやっていかきゃだめなわけで、ホームページなんてそんなに格好いい必要はない。何でうちは選ばれるべきなのか。っていうことを伝えていかなければならない。パンフレットなんて別にあってもなくてもいい。会社名だってどうでもいいし。信頼してもらえればいいだけであって、実際、自分を信じてくれる人を増やしていくしかない。っていうところに気づけた。
気づくまでに1年半ほどかかってしまいましたけど。

その1年半は会社の売り上げはほとんど無かったわけですよね?

実はその1年半、土日はずっとバイトばっかりでした。
ただ、自分のやろうとしていることは正しいことだ!という軸は、信じていた。それは折れなかった。「志」だけじゃ食っていけないんですけれど、でも、やろうとしていることと、それがもしうまくいった時の状況は、絶対に誰もがいい状況になっている!という確信はあった。

その気持ちが、途中で諦めなかった支えでもあったんですね。

そうですね、ただ、そんな状況の中でもチラホラ何人かのお客さんは来てくれた。その中に、娘さんとお母さんが来てくれた時があったんですけど、お母さんが、
「会社自体は正直不安だらけです」
と、、はっきり言ってくれたんですよ。
「だけど、小林さんを信じて、うちの娘を預けます」
って言ってくれた。その時にスイッチが変わったんですよね。
この人が幸せになる、100%をやろう!ってね。
実は会社を立ち上げた頃も同じ思いを持ってはいたんですけれど、でも、1年半も、独立しながらもアルバイト生活をしていると、人のため云々も大事だけど、自分も生きていかなきゃいけない!食っていかなきゃいけない!という気持ちの方が強くなって、最初に持っていた気持ちが薄らいでいたんです。。
スイッチが変わってからはもう、会う人会う人に対して、利益とか全く無しにして、全て聞くように変えた。これまでは、僕は、こういう留学をやっていますよ。うちの会社はこういうのもありますよ。って、説明をしていたのですが、とにかく目の前の人の人生、考え、思いを聞くように変えた。
どうして留学をしたいと思ったんですか?
どういう人生を送ってきたんですか?
どういう家庭環境なのか。
将来どうなっていきたいのか。
全部、話を聞いた上で、こうしたらいいとか、時には、留学には行かないほうがいい。とアドバイスをすることもありました。
留学に行かせようとするのではなく、その人がどういうことをすれば、良くなっていくのか。
ということだけを常に考えるようにしていきました。
すると、留学には行かないほうがいいですよ。と、アドバイスした人が、友達を連れてきてくれたりするようになったんです。そしてその友達が満足して留学から帰ってきてくれて、またその周りの友達が口コミで紹介をしてくれる。
その人に100%満足してもらうのは当たり前なんだけれど、感動してもらって、この会社を誰かに教えたい!となってもらえるようになること。普通のお客さんと業者という関係の垣根をとることが一番はじめですね。これがすごく遠回りなようだけど、一番早いパターンだということに気づきました。
別に大手みたいに年間何千人も留学に送らなければいけない。ということもありませんので、景気が悪かろうがよかろうが、全く関係ないですね。安心なところには絶対来てくれると思うので。
現在でも、半分ぐらいのお客さんは紹介とか口コミですね。

お客さん自身が一番の営業マンになってくれているわけですね!
~~~同行サポーターからの質問タイム~~~
理想の人や、どういう人になっていきたい。と思い、取り組んでこられたのか。具体的にあれば教えてほしいです。

人のためになれる人間でありたいっていうのが、一番の理想ですけれど、そんなに力もあるわけではないので、ベースは家族のために誇れる自分でいたい。とは思っていますね。
凄い人って大勢いるので、誰を目標にしているとかはなかなか答えにくいのですが、経営者に会っていると、考え方とか行動とか、凄い人はいっぱいいる。会った人、一人一人から1個必ず何か吸収したい!という気持ちはある。絶対僕よりも凄いものを1つは持っているので。
それを一つずつ吸収していけば、1000人に会えば1000個。バージョンアップしていけますからね。

今後の最終的な目標。これだけはやっていきたい!というものを教えてもらえますでしょうか?

発展途上の国に、大袈裟なものではなくて、自分個人だったり、数人でできるような範囲で、海外の子供たちと日本の子供たちを繋げるようなことはしたい。
ただ支援とかではなくて、何かを繋ぐことを。
全部の国をやるのは難しいと思うので、一つ国を決めて、そこに自分がいながら日本と何かをやっていくっていうのは、将来的にはやってみたいかな。
一番の楽しみは子供がどうなっているか。子供にはどんどんどんどん世界に出てもらって、広い視野で生きてもらいたいですから。将来的には、若い世代、これから地球なり、日本を作っていく人に、何か手伝えることをしていきたいと思います。

僕はまだ20代なんですけど、これから人間的な部分を広げるには、どうしていけばいいでしょうか。

いろんな人と会う。ことがいいと思います。僕は初め、異業種の人と全然会わなかったんです。けど、やっぱりこれはダメだなぁって思って。本を読んでいても、結局、自分の価値観でしか読めないんです。
全く異業種の人と会うと、生き方も違うし、考え方も全く違うので、本当に常識が全部覆されてしまうようなことが多い。全く業種が違う方と酒を飲むとか会って話をする機会っていうのはすごい大事ですね。
1回は常識を疑う。
持っている常識を全部疑って、ゼロから考えてみること。
人と会い、話をさせてもらうことで、自分の愚かさもわかるし、足りないもの、いいものも言ってくれるので、よくわかる。長所は伸ばせばいいし、短所はなくしていけばいい。それは人と会わないと気づかせてもらえないので。
また、世代も感じていかなければならないので、いろんなもの、興味のないものであっても、いつも見るようにすることはいいかもしれないですね。

ありがとうございました!
~~同行サポーターからの質問タイム終了~~~
では最後に。
20代で就職や将来に悩んでいるという人もいます。
また、夢や目標を持てないでいる人もいます。
小林さんから、20代のうちにやっておいたほうがいい事など、何かアドバイスなどあれば教えてもらえますでしょうか。

自分の経験でしか言えませんが、信じることですね、自分を。
マイナスのことも、アルバイトしていることも、色んな苦労も挫折も、
「将来の為の準備」
と、考えれば、その瞬間瞬間ではハッピーと感じられないかもしれないけれど、将来の為の準備だ!って思えれば、何でも見方は変わってくる。
やりたい仕事があって、でも、その仕事に就けず、別の仕事をしていたとしても、その仕事の中で将来に繋がるものを1個見つけて、日々行動をしていけばいい。
それを1年でもやれば全然変わるし、5年やればもっと変わる。
やらされている。とか、やりたくないのにやっている。
っていう思考じゃなくて、もう少し、自分の信じるやりたいことは実現できる!
ということを常に信じて取り組むことが大事かなとは思います。
あと、関わった人に絶対幸せになってもらう。という、感謝の気持ちを持つことは、大事だと思います。

では最後に、現在の自分から29歳の自分に向けたメッセージを色紙にお願いできますでしょうか。

今日はどうもありがとうございました。


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:(2018年時点)
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指すこと11年目。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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