107人目 橋本昭博さん:株式会社K.E.I

橋本昭博さん
会社名 株式会社K.E.I
URL None
公開日 2014年01月21日

107人目の「社長の29歳を振り返る旅」は、
株式会社K.E.Iの橋本昭博さんです!

まずは自己紹介をお願いできますでしょうか。

空調設備関係の仕事で、主にメンテナンスをおこなっています。
会社を立ち上げたのは、30歳と一ヶ月の頃で、現在7年目となります。
仕事自体は、かなり大きな商社さんと直接取引があって、
上手く成長路線に乗る事が出来ており、
売上や利益も毎年増えてはいます。

空調設備機器のメンテナンスという仕事ですが、エアコンを取り付けるような仕事のイメージしか出てこないのですが、具体的にはどういった仕事になるのでしょうか?

僕達の仕事は特殊空調と言われるものになります。
例えば、様々な商品を生産する食品会社や製薬会社の工場には、クリーンルームというものがあり、そういった場所の機器、空調設備のメンテナンスを行う仕事になりますね。
医療関係の分野でもメンテナンスをさせてもらっています。
とくに危険性の高い病原体などを扱うような実験室や研究室です。
病原体を外部に漏らさないようにするために定期的なメンテナンスが必要ですから。
よく、ドラマや映画で見かけるかと思うのですが、ガラス扉の中に手をいれて実験をしているような場面をイメージしてもらうとわかりやすいかな。

クリーンベンチでしょうか?
僕自身、大学の頃、タンパク質の研究室にいたので馴染みがあります。
ガラス室の中でバーナーを燃やして、滅菌するんですよね?

そうそう!

なつかしいなぁ。全然、研究せずに大学を卒業したので、何度か手を突っ込んだだけですけど(笑)
ただ、そういった設備機器のメンテナンスとなると、一般の人には本当に馴染みがないでしょうね。

そうなんですよ。
なので同じ空調設備の業界でも、特殊な分野でもあるので、一件あたりの売上も大きくなりますね。特殊な事が出来る人材や会社も少ないですから。

どういった経緯でそのような仕事、会社を立ち上げようと思われたのでしょうか?

21歳から27歳まではサラリーマンとして会社勤めをしていました。
勤めていた会社がそのような空調関連の仕事を行っていたんです。
ただ、僕は経理職で入っていたので、営業やメンテナンス業務ではなく、経理として、普通に経理業務を行っていました。そんなある日、
「このお客さんだけ対応をお願いできない?」
と相談されて、一社だけ営業を任されたんです。
最初は営業に対するイメージがあまりよくなかったんですけど、やってみると、営業って楽しい!!ということに気づいたんです。

営業に対するイメージ、悪かったんですか?

当時は、、、そうですね。
やったことも無いのに、営業の仕事って、お金をつかって、宴会の席を用意して、接待をして。
というイメージが何故か強くあったので、営業の仕事って嫌だな。って思っていたんです。
ただ、実際に取り組んでみると、抱いていたイメージとは全く異なり、
お互い尊敬しあって、感謝しあって、お付き合いをしていく。
というのが理解でき、人と人との、とてもいいお付き合いができました。
それからというもの、営業職にのめり込むようになっていったんです。
また、ある日、現場に10人の人手が必要なときに、1人だけ足らない状況が起こってしまい、どうしても10人で行かなければならなかったので、
「何も出来ないですけど、僕が人数あわせで現場にいきます!」
と言って、現場に行かせてもらうことになったんです。
すると現場のみなさんに気に入ってもらえちゃって。。
今思えば、営業トークというか、冗談だとは思いますけど、
「橋本さんが来てくれるんだったら、他の人は来なくても大丈夫だよ!」
とまで言ってくれたんですよね。そこで現場作業の楽しみも学ぶことができたんです。

その間、経理の仕事はどうされていたんですか?

経理の仕事は、他の社員を入れて、要の部分だけを僕がチェックや管理をする。という流れで取り組んでいましたので、問題はありませんでした。
経理として入社し、経理として仕事をしていたのに、気づけば営業と現場の仕事にどっぷりはまっていっていたんですよね。

そんな中、どうして27歳で辞められたのでしょうか?

「この会社ではやりきった。」
という気持ちが強くなってきたんです。何かやりたいこと。目指すもの。が強くあったわけではないんですけど、ただ、会社の色に染まる前には辞めよう。という気持ちは入社当初からあり、
会社のいいところも悪いところも見えなくなったら嫌だ。
という気持ちを持っていたにも関わらず、当時は、会社の悪いところにも慣れちゃって、
嫌だな。どうにかしたい。改善しよう。
と、思わなくなっていたんですよね。
完全に会社の色に染まって、流されている自分がいることに気づいて、このままでは自分自身にも、会社にとってもダメだ!と思い、辞める決心をしたんです。

辞める決心をしたとはいえ、会社側も簡単に「はい。わかりました」とはならないと思うんですけど?

そうなんですよね。抱えていた仕事、お客さんがいることもあり、なかなか辞めさせてくれませんでした。そこで、
「お手伝いという形で、依頼してもらえたら個人事業として仕事は手伝います!」
という条件付で辞めさせてもらったんです。
表向きには、僕はやりたいことがあって会社を辞める。と、会社側には伝えて、あくまで「依頼されたときに余裕があれば手伝いますよ。」というスタンス。ただ、実際は、そんなにやりたいこと、目指すべきものがあったわけじゃないんですけどね。
見栄です。完全に。
そんな状況で、会社を辞めたはいいけど、それから2年くらいは、個人事業として、のらりくらりと会社の手伝いをしていました。とはいえ、辞めた手前、プライドみたいなものがあり、会社から手伝いを依頼されても、
「本業が忙しいので、手伝えません!」
と答えちゃったりするときも多々ありました。
本業なんて何も無いのに。
会社を辞めてから、サラリーマン時代よりは、上手く人生を歩んでいるように見せたかったんですよね。

気持ち、状況、凄くわかります。独立した!と言った手前、なかなか引き下がれないし、カッコもつけたい。上手くいっているように装っていないと、気持ちが折れそうになりますからね。

そうなんですよね。
ただ、そんなことでは、収入はほとんどありませんし、貯金は無くなっていきます。次第に、
いつまでこんな状態でやったらいいんだろう。
と思い悩むようになって、少しずつ、自分自身の強がり、プライドを反省するようになっていったんです。
変なプライドを持っていると、何も上手くいかないな。って。
そこで、今までのプライドを捨て始めたら、色々な事が見えるようになってきたんです。

ちなみに、そのプライドでどのくらいの貯金を失ったのでしょうか?

1年間で貯金のほとんど、400万円、減っていましたね。

1年間で?

そう。なにもしていないのに。ただ生活をするだけで。
実は当時、プライドだけは一人前に持ってカッコつけていたので、やたらいい手帳を持ち歩いたり、アタッシュケースもいいものに買い換えてみたり。
新築の家を借りて、家賃が高いところに住んでみたりしていたんです。
お金にならない出張にも、奥さんを連れて飛行機で行ったり。
「使ったお金はあとから返って来る!」
って、偉そうに言っちゃったりして(笑)
形から入って、どんどんお金を使っていました。

そのときはもう結婚されていたということですか?

そうです。結婚してから1年目くらいかな。
そんな状況ではあったけれど、奥さんは信じてついて来てくれていました。
とはいえ、プライドと見栄ばかりで、貯金だけがどんどん無くなる状況でしたので、だんだんと自分自身のメンタルが弱くなってきて、結構、思い悩んではいました。
なんとか打開しようと、当時は色んなセミナーに行ったり、自己啓発の本を沢山読んでいたのですが、無理に頑張っていると、結局、上手くいかないものなんですよね。
どんなにセミナーに参加して、どんなに沢山の本を読んでも、結局、状況は好転しなかった。
そんな状況の中、あるとき、地球探検隊の中村隊長(社長インタビュー5人目参照)に、夢を叶える宝地図で有名な望月俊孝さんのセミナーに誘われたんです。
望月さんの本は読んでいたので、参加したんです。
その内容が自分にはとても良くて、プライドを捨て、変わるきっかけの一つにはなりましたね。

地球探検隊の中村隊長とは良く交流を?

いえ。中村隊長とは5年に一回位のペースで旅の事後報告で会っていた程度で、そこまで深く付き合っていたわけではなかったんです。
ある日、電車に乗っていたら声をかけられて、それが5年ぶりの再会だったんですよね。
それ以来、社長仲間のキャンプに誘ってもらったり、望月さんのセミナーに誘ってもらったりして、色んな人を紹介してもらったり、世界を見させてもらい、色んなきっかけをもらいました。
社長だらけのキャンプに誘われたときは、気まずさ、恥ずかさが強くて、躊躇しましたけどね。

恥ずかしい?

だって、僕だけ個人事業で、社長というわけでもなく、仕事も上手くいっていない状況ですから。
「こんな僕が。こんな場所に。」
という気持ちはあったんですけど、ここで逃げたらダメだ。と思って、参加させてもらったんです。その場は、全員社長さんだったので、ところどころで、
「僕だけ社長じゃないんだ。」
と、正直、思う事はありましたけど、でも、その出来事がきっかけで、少しずつ、「社長」という職業に対して意識をするようになってきたんです。

社長という職業に意識が向き始めたとはいえ、お金が減っていく事実に変わりはありません。貯金が残り100万円程になったとき、
このまま100万円を使い切ったら、何もしないでサラリーマンに復帰しなきゃいけない。
どうせなら、最後に、この残り100万円を何かに使おう!
と思い、残りの貯金100万円で叶えられる夢って何か無いかな?って、以前作った10個から20個の夢のリストを眺めて、一つ一つ調べていったんです。
家を買うのに100万円じゃ無理だ。
欲しい服で100万円を使うのはもったいない。
というふうに。
また、やり残したことはなんだろう?と振返りもしました。そこで出てきたのが、
「人生を変えるほどにいい経験だった!と思える旅」 と、「結婚式」
この二つ。
でも100万円では両方は無理だよな。と諦めていました。
そんなことを思っているときに、偶然にもテレビで、ラスベガスで安く結婚式ができる。という情報が流れてきたんです。
これなら出来る!
と気持ちは固まり、残りの100万円の貯金の使い道を、奥さんと一緒にアメリカ旅行に行くことに決めました。ラスベガスを通り、モニュメントバレーとグランドキャニオンにも行くツアーを探し、シカゴからサンフランシスコへの3週間のトレックアメリカに。
ちょうど旅の期間中に、奥さんが誕生日を迎えるので、プレゼントとして、サプライズの結婚式をラスベガスで行うことも企んでいました。これができたら、思い残すことなく、サラリーマンに戻れる!って思えたんですよね
そして、旅をしながら、途中で奥さんの誕生日を迎え、サプライズ結婚式を実行したんです。

いや~素敵☆キュンキュンしますね。とはいえ、アメリカから日本に戻ってきてから、100万円を使い果たしてしまってるわけですよね。すぐに転職活動をされたのでしょうか?

転職して、サラリーマンになるという以前に、日本に帰ってきたら、お金が3万円しか無かったので、とりあえず家賃をどうにかしなきゃいけない危機的状況。そこで、日雇い派遣に行く事になりました。夫婦そろって(笑)
カッコ悪いとか言ってられない状況なので、二人とも吹っ切れたんです。
金銭的にも社会的にも、ある意味、どん底を経験させてもらいました。
夫婦そろって日雇い派遣って、どんだけカッコワルイんだよ。
って思っていた気持ちも、どうでもよくなって、逆に楽しかったです。
この経験は今振返ってみると、本当によかった。
失うものが何も無いからこそ、登ってこれる。
どん底を見た人は、やはり強いですから。
で、結局、日雇い派遣で生活する日々を過ごしていると、二人で日雇いでもなんとか生活できる。ということがわかったので、これは、プライドを捨てて、来るもの拒まず。という気持ちさえ忘れなければ、意外とどうにかなるかもしれない。と気づきだしたんです。
それまでプライドをもって、見栄を張ってカッコつけて断っていた前の会社の仕事に対しても考え方が変わってきはじめたんです。そこで、前の会社に伺い、
今まで中途半端に関わっていましたが、これからは本気でやろうと思います。仕事が来たら全て受けます。
これからはさらに気持ち入れ替えてやりますので、改めてお願いします!
って挨拶に行ったんです。
すると、今まで以上に仕事をもらえるようになったんです。
これがちょうど29歳の頃。30歳になる4ヶ月くらい前かな。

プライドを捨てて、謙虚に、素直になったからこそ、相手も認めてくれたんでしょうね。いよいよ30歳になるという頃ですけど、30歳に向けて意識したり、色々と考えたりはされましたか?

そうですね。自分はなにがやりたいんだろう。と考えてもいたので、過去の自分は将来何をやりたいと思っていたのか。と、小学校、中学校の卒業文集を読んでみたりもしました。
見ていたら、文集には「社長」って書いてあったんです。
何の社長とは書いてなかったんですけど、確かに、「社長」という言葉を自分自身で書いていたんです。高校生のときには、
電車に乗ってレールに敷かれたような人生は生きたくない。
右に行きたければ右に曲がれる。左に行きたければ左に曲がれる。
自分の行きたいところに車に乗って行きたいように行けるような人生にしたい。
って書いていた。そこで、気づいちゃったんです。
単純に、いま個人事業で取り組んでいることを会社としてやればればいいだけなんだ。と。
今やっていることを会社にしてやるだけ。
個人事業でやっている延長で、ただ、会社を立ち上げるための初期費用だけがかかって、それ以外は何もリスクは無い。
じゃ、会社つくろう!
って感じで起業に向けて動き出したんです。
30歳までに会社の立ち上げをするにはもう時間がなかったので、30歳にはなってしまうけど、30歳と一ヶ月以内には絶対に会社を作ろう!と目標設定をして。

30歳までには。という、、ちょっとした焦りみたいな感情はありますよね。

そうですよね。
20代前半の頃からずっと思っていたことなんですが、30歳までに自分の人生、どう生きたいかが決まっていなくても、なんとなくこっちの方向。ということだけは決めておきたかったんです。
20代は、日々の生活は楽しかったんだけど、自分の「道」「生き方」だけに関しては、答えが出ないで、苦しんでいましたから。
友達は社長になるやつもいれば、お店を開業するやつも出てきている。
僕は才能もないし、何も無いし、どうしたらいいんだろう。
そんなふうに周りと自分を比較してしまい、余計な焦りやプレッシャーばかりがありましたから。

29歳から30歳に切り替わる誕生日の思い出は何かありますか?

奥さんからもらった誕生日のメッセージがとても印象に残っています。
応援してくれていて、ものすごく嬉しかったし、とにかく頑張ろう!という気持ちにさせてもらいました。実は、会社を作る!と決めたときは、出張先のホテルから電話で伝えたんです。
「あのさーちょっと今、ひらめいちゃったんだけど、会社を作ろうと思うんだよね」
って。

その時の電話の反応は?

あ。そう。くらいの反応でした(笑)
僕が忘れられないのは、その時に奥さんに、
だめだったら私が派遣で稼いでも20万円くらいにはなるでしょ。
だからもし失敗して、ゼロになってもなんとかなるよ!
って言われたこと。
それを言われたら、一生裏切れないな。という気持ちになりますよね。

これからのビジョンを教えてもらえますでしょうか。

空調関連の事業では、大阪の方にも支店を出そうという計画があるので、2,3年後にはできるようにしたいですね。あとは2013年11月に自宅カフェと新宿御苑にベーグルのカフェをオープンしたので、この2店舗の運営も軌道に乗せることです。

カフェ事業は、空調の仕事とは全く異なる分野ですが、どのようなきっかけ、考えではじめられたのでしょうか?

今まで、僕のやりたいようにやらしてもらって、奥さんには苦労をかけてきたので、
僕の犠牲者になって欲しくない。
自分の生きたいように。自分はこれで生きた!
というものを何か一つ持ってもらいたい。
という気持ちで、奥さんに「カフェでもやったら?」と。最初は軽い冗談のつもりで話をしたところ、それがだんだんと具体的になりだして、形になってきたんです。
まずは自宅カフェからはじめるつもりだったのですが、そんな話をしている絶妙なタイミングで、地球探検隊の中村隊長から、「新宿御苑でカフェをやらないか?」という提案を頂いたんです。
ほとんどの人が、そんな連絡を受けても、何かしらの出来ない理由が先にくるとは思うのですが、その時の僕は、
来るべくして来た!
と思えたので、「やる!」とお答えしたんです。カフェをやろうとした矢先に、新宿のカフェスペースの提案を頂いたのですから、これも一つのチャンスだと捉えています。

~~~同行サポーターからの質問タイム~~~
何かを決める時の一番大切にするもの、基準は何かあるのでしょうか?

お金とか好みとか。判断基準は色々あると思うんですけど、到底できないだろうな。っていうことをやる!という決断力は大事にしています。
やる。って決めたら、人もお金も進みだす。
やる。って決めたら、無いお金でなんとかしだす。
そうやって結果って出てくるので、やる。って決めることが何よりも先だと思っています。

ありがとうございました。
~~~サポーターからの質問タイム終了~~~
では、最後にこれから新しいことにチャレンジしよう!と思っている20代の人たちに向けて、何かアドバイスがありましたらお願いします。

なんでも、できない。と思わないことかな。
ありきたりの言葉になっちゃうんですけど、到底できそうにないこと、達成できそうにないことに対しても、どうやったらできるか。を考えることが物凄く大事だと思う。
子供の頃に、サッカー選手になりたい。野球選手になりたい。と思っていたのと同じように、できるできないを考えないで、純粋に思えた感覚を20代になっても忘れず持ち続けて欲しいし、それでいいと思う。
できない理由を考える人が多いと思うので、どうやったらできるかを考える。
きっとできる方法って何かしらあると思うので。
自分が思い描いていた形とはちょっと違うかもしれないけども、それでも強引に形にしてやり始めちゃえば、意外と動き出すものだということは、自分の経験から感じていますので。

ありがとうございました。
それでは29歳当時のご自身に向けたメッセージを色紙にお願いします。

今日はどうもありがとうございました!


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指す。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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